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2018年9月30日 (日)

小説「死の川を越えて」第122話

 

 二三日後、正助は万場老人に呼ばれた。

 

「実はな、わしは人生の幕引きを考えて、色々話そうとしたのじゃ」

 

 万場軍兵衛は正助の顔を見るなり切り出した。

 

「えー。そうだったのですか。先生、幕引きなんて淋しいですよ。俺たちの指導者じゃないですか」

 

「うむ。しかし、さやさん、とめさん、正太郎君、みんながこの大変な時代に真剣に生きていることを見せつけられて、わしは考えを変えたぞ。湯の沢の歴史を知りたい。人間として生きたい。そう言って、わしを訪ねたのは正助、お前だった。そして、わしは初めてハンセン病の光を口にした。これらのことを振り返ってな、少し位年を取ったといって旗を巻くのは恥ずかしいと気付いたのじゃ。この光を活かして命の火を燃やさねばならぬことに気付いたのじゃ。人に話すことではない。しかし、私の人生の何度目かの出発にあたり、お前に話さねばならぬと思って、今日は来てもらったのだ」

 

 重大な雰囲気に正助は身を固くし姿勢を正して座り直した。そして、何が語られるのかと老人の口元を見詰めた。

 

「人間は精神の生き物。精神は年と共に豊かにすることが出来る。わしは、こういう身になって、いわば隠れて住むようになった。年をとったから引退というのは肉体活動を続けた人が言えることで、わしなどは口にする資格はない。それに気付いたのじゃ。は、は、は」

 

 正助は、先日の老人の思い詰めた表情を思い出し、納得した気持ちになって言った。

 

「先生の後ろの書物の山、凄いですね。さやが京都大学を訪ねた時、小河原先生の研究室が同じように本でいっぱいで、ここと様子が似ていてほっとしたと言っています」

 

「ほう、そうであったか。今日は、私の身の上を少し話さねばならぬ。風に飛ばされる浮草では信じられぬじゃろうからな。は、は、は」

 

 老人はそう言って、決意を固めるかのように言葉を止めた。そして口を開いた。

 

「実はな、万場軍兵衛というのは本名ではない。この湯の沢でも多くの者が本名を名乗っていない。身元が知れて縁者に迷惑がかかるのを恐れる故じゃ。この湯の沢の偉いところは、偽名を承知で受け入れ、仲間にすることじゃ。お前には真実の絆をつくるために今日は思い切って話すつもりだ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月29日 (土)

小説「死の川を越えて」第121話

 

「あなたたちに励まされ、正太ちゃんの元気な姿に勇気付けられて、お子さんを持つご夫婦が出て来たのです。お子さんたちがすくすく育つ姿は、ハンセン病が遺伝病だという迷信を破る証拠になるに違いありません。素晴らしいことです」

 

 さやは泣いていたが、涙を拭って言った。

 

「皆さんに助けられたから出来たことです。聖ルカ病院の先生に教えられて京都大学へ行き、偉い先生に会って遺伝病でないことを確信できたのも皆さんのお陰です。正太郎が今、すくすく育っているのも皆さんのお陰、そしてこの集落のお陰です。私は本当に感謝しております」

 

「私にも一言」

 

 そう言って、そっと手を上げたのは先程紹介された市川とめであった。

 

「私は子どもをこの手で絞め殺そうとしていたところをさやさんご夫婦に助けられました。あの時、さやさんが、子どもを殺すのでなく、子どもを生かすために命を懸けるのよ、そこに生きる喜びが生まれるのよと言ってくれたことが耳にこびりついています。その通りになりました。これも、この湯の沢だから出来たことと今、分かりました。。本当に、私、有り難くて有り難くて」

 

「ほおー、そういうことだったのか」

 

 万場老人が驚いたように言った。そして、万場老人はさや、とめ、こずえ、正助と一人一人の顔を見詰めると、何を思ったか視線を落として口をつぐんでしまった。人々は何が起きたかと訝った。不思議な沈黙が一瞬流れた後、老人は口を開いた。

 

「実は、皆と話していて心に生じたことがある。今日は、済まぬがここまでにしてくれぬか」

 

 人々は老人が疲れたものと思い笑顔で頷いたが、正助だけは老人の視線に何か違うものがあることを感じていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月28日 (金)

人生意気に感ず「宇宙の寿命が分かった。福島の原発事故は公害」

 

◇宇宙はあと1400億年以上存続するという。すべてのものについて永遠ということはない。身近なものは人生で、はかないという言葉がよく使われる。限りある命は星も同じ、そして宇宙もということだ。太陽は40数億年で、今寿命のおよそ半分といわれる。宇宙はビックバンで始まり、約138億年経た。宇宙は加速的に膨脹を続けており、それはどこまでか。投げ上げたものが頂点に達し落下するように膨脹が止まり収縮に転じるのか。落下は重力により引き戻されることであり、上昇は投げ上げる力の強さによる。

 

 宇宙にもこの二つの力がある。ダークエネルギーと暗黒物質である。ダークエネルギーは投げ上げる力で、暗黒物質は重力をもち引き戻す力、収縮させる力だ。この二つの力のせめぎ合いで膨脹を続けるか収縮に転じるかが決まる。いずれにしろ、どこかの時点で宇宙は崩壊、あるいは消滅する。

 

 しかし、人類が心配する問題ではない。あの恐竜は数億年にわたって存在したが人類はこの先、あっと言う間に滅亡するのではないか。しかし、その束の間に宇宙進出することになりそうだ。宇宙時代の人類の末路はどうなるのか。

 

◇福島第一原発事故は公害か。従来原子力災害は公害とされなかった。私は典型的な公害だと思う。公害の原点は鉱毒で汚染された渡良瀬川である。田中正造はこの公害に生涯をかけた。正造が目指したものは時を超えて続いている。それは鉱山の鉱毒が今も続いていることだけではない。熊本水俣病事件、神通川イタイイタイ病事件、そして最新の福島原発事故問題である。今日、田中正造がいれば福島の原発問題にどう取り組むかと想像する。

 

 公害とは「人為的責任による社会一般に対する害」だと思う。福島第一原発事故が全く不可抗力な自然災害なら公害といえないだろう。国会事故調査委員会は様々な根拠を示して「人災」と結論づけた。人災である以上、明らかな公害である。史上最大の公害に対して田中正造のように国会で絶叫し、身を捨てて住民の先頭に立つ政治家がいない。かつて明治の学生は鉱毒悲歌をうたって現地を視察した。今、大学は社会で何が起きても学生は静かである。若者は情熱を失い公憤ということを忘れている。魂を失ったような若者を叱咤する正造の声が聞こえるようだ。日本の危機である。(読者に感謝)

 

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2018年9月27日 (木)

人生意気に感ず「貴乃花の訴えること。伊方再稼働。田中正造と福島原発事故」

 

◇相撲協会はどうなっているのだろう。伝統の国技の世界は連日満員御礼の人気。一方で不可解な因襲を引きづっているように見える。貴乃花親方が退職届けを出し角界を去ることになった。記者会見を見たが、内閣府へ提出した告発状の内容について事実無根であることを認めるように圧力を受けたと言っている。

 

 真相は分からないが、貴乃花の姿は相変わらずカチンコを貫いているように見える。こういう不器用な男の存在を許さないところに今の角界の限界があるのではないか。告発した内容を知りたい。誰もがそう思うのではないか。協会側も自信があるのなら堂々と四つに組んでガチンコで争えばよい。今の相撲の人気を本物にし維持するために、貴乃花が投げかけた問題点は大きいのではないか。

 

◇広島高裁は伊方3号機の再稼働を容認した。130キロ離れた阿蘇カルデラのリスクがポイントだった。同高裁は大規模な破局的噴火が起きる可能性が根拠をもって示されていない。原発に火砕流が到達する可能性は小さいと指摘した。

 

◇相当な確率で確実に近づいている超巨大地震と巨大大津波、「南海トラフ」をなぜ争点にしなかったのかと思う。

 

 また、東日本大地震は未だ終わっていないのは確かで、あの衝撃は九州にも及んでいる筈。熊本地震があった。そして桜島は現在活発化している。阿蘇カルデラの下は本当に大丈夫なのか。今回の高裁の判断は裁判官が変われば国民の運命に関わることが簡単に変化する例である。

 

◇このところ田中正造にのめり込んでいる。足尾銅山の鉱毒事件は日本の公害問題の原点である。正造はこの問題に生涯をかけた。渡良瀬川は命あふれる美しい川であった。沿岸住民の多くは漁業で生計を立てることができた。正に命の川であったが、鉱毒によって死の川に変じた。「児をはらむも空しく流産し、ああ昔は豊田千里とうたわれし関東の沃野」と荒畑寒村は記述した。公害は戦後も続いた。熊本水俣病事件、神通川のイタイイタイ病事件と。美しい流れは「神が通る川」と呼ばれたがカドミウムの汚染は深刻悲惨だった。この時代の流れで最大の公害は福島原発事故である。この事故を人災と位置づけたとき、「公害」が分かる。現在田中正造がいたら。正造の訴えた問題は永遠であるとの感を深める。(読者に感謝)

 

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2018年9月26日 (水)

人生意気に感ず「次々と世を去る人々。弔辞を読む。古書店で恩師林健太郎先生を」

 

◇2週間ちょっとの間に3人の大切な友人が世を去り、私はそれぞれに弔辞を読んだ。人の命のはかなさをつくづく思う。24日のSさんは数え年で71歳。行動派の人であった。入院して2週間足らずで逝ってしまった。病院嫌いの人で、奥さんがうるさく言っても検査を受けなかった。ぎりぎり差し迫ったことを実感したのだろう。自分から言い出して検査を受けた時は手遅れであった。2人に1人がガンに罹り3人に1人がこの病で死ぬ時代である。その恐ろしさを身近に感じた。一方で医学の進歩は目覚ましい。ガンの時代を乗り切る術は日頃の生活習慣の工夫、そして近代医学と上手に付き合うことである。

 

 この人は村中が重宝がった建築業で、いつも現場で奥さんと一緒だった。酷暑のこの夏も奥さんと屋根に立ちペンキを塗る姿が見られた。ケータイは奥さんだけが持ち、全ての要件は奥さん経由であった。弔辞ではこの点にも触れ「一心同体でしたね」と語りかけた。

 

◇身近な人が次々と世を去る。一方で人生は増々長くなり、百歳まで生きることが珍しくなくなりつつある。このような情況の故か人々の死生観に変化が生じていることを感じる。人生が長くなった分、生への執着が薄くなっているのではないかという気がする。

 

 物があふれ、物欲が渦を巻き、刹那主義が支配的となっている。心が貧しくなったことは生きる力、生きることへの執着心のなさを意味すると思える。

 

◇昨日、煥乎堂の古書部で数冊の本を見つけた。その中で、これは良いものを見つけたと思ったのは「私の書斎Ⅲ」である。13名の人物が取り上げられているが、その最初の人が林健太郎先生である。杉並区荻窪、善福寺のお宅へは何度もお邪魔した。何枚かの写真は庭の木々、書斎等で懐かしいものだ。不思議な御縁で先生の死の直前までお世話になった人生の恩人である。用いられている写真からは静かな、そして品格と強い意志が伝わる。県議選に徒手空拳の状態で出馬した時、手弁当で県民会館(現ベイシア文化ホール)に駆け付け、「歴史を活かした政治家になれ」と励ましてくれた。私は先生の西洋史のゼミ生だった。不肖の弟子は最近先生の著作を読み返し始めたところであった。壮大な世界史の視野に立って先生は天国から今日の世界の状況を憂えているだろう。(読者に感謝)

 

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2018年9月25日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾で貞観地震と原発事故を。原発事故は公害だ」

 

◇22日の「ふるさと塾」はおよそ40名が参加して盛会だった。テーマは近づく巨大地震。2011年の東日本大地震は未だ終わっていないことから始めて先日の北海道大地震に触れ、特に弘仁と貞観の地震を取り上げた。

 

 弘仁大地震は赤城山麓歴史地震として、「群馬は大丈夫」に対する警鐘として捉えるべきもの。818年のことで前橋の西部、北部にも多くの地割れの遺跡が発掘されている。類聚国史には「上野(こうずけ)の国に大きな地震があり死者は数えきれない」と記されている。

 

◇貞観大地震は福島原発事故が「人災」であることを論ずる上で特に重要である。東北大学の箕浦教授は地質学の視点から巨大津波の発生を分析し論証し、福島第一原発事故発生の前に学会で発表した。しかし学会は、新たな津波対策が必要だとする教授の警告に耳を傾けなかった。

 

 地質学の方法とは津波が運んで堆積した地層の分析である。日本の学会が無視するので教授はアメリカの学会に論文を発表した。

 

 箕浦教授の警告を含め、東電及び国は打つべき対策を怠った。そして、予言が示す如くに巨大津波が押し寄せ、未曽有の壊滅的大災害を迎えた。国会事故調査委員会は福島第一原発事故を「人災」と結論づけた。

 

◇今回の「ふるさと塾」では、この「人災」論を踏まえて、福島原発事故は「公害」であるという私の考えを訴えた。環境基本法などは原子力災害を公害とは捉えない。それは、原発事故を人災と捉えるか否かと深く関わることである。公害の定義は、「人為的な原因から公共一般が被る害」である。つまり単なる自然災害なら公共一般の害がいくら大きくても公害ではない。だから、福島第一原発事故を「人災」と捉える時、この事故は「公害」だといえることになる。私は、原発事故の社会的な意味と責任者の責任を追及するために「公害」と捉え、福島第一原発事故は史上最大の公害と位置づけるべきだと考える。塾でもこう訴えた。

 

◇私は今、田中正造に首を突っ込んでいる。正造は鉱毒公害を追及した人で公害告発の元祖ともいうべき存在だった。福島に現在正造がいたら彼はどう動くか。足尾銅山と同様な福島原発事故の構図を前に思う。足尾銅山の鉱毒流出は人災、福島原発事故も人災。原発事故に関しては「田中正造」がいないままに時は過ぎる。(読者に感謝)

 

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2018年9月24日 (月)

小説「死の川を越えて」第120話

 

 大門は身を乗り出して言った。

 

「余りに大きな問題じゃ。いずれ話そう。そして、じっくり取り組むことにしよう」

 

 他の者たちも不安を顔に現しながら頷いた。

 

「兎に角じゃ、ハンセン病の患者にとって、最大の敵は戦争なのだ」

 

 万場老人は語気を強めて言った。

 

「どういうことですか。もう少し詳しく教えて下さい」

 

 正助が問う。

 

「よいか。重要じゃが単純なこと。戦争になれば、国民は皆協力しなければ非国民と言われる。国の乏しい税金は戦争に使わねばならない。ハンセン病のために使う余裕などないということになる。しかも、ハンセン病の患者は病気を広めて戦力をなくす。国辱と言われるのだ」

 

「ああ、もうやめて下さい。分かり過ぎるくらい分かります」

 

 さやの声であった。

 

「わたしたち、どうしたらいいの。どうなるの」

 

 こずえがさやの手を握って言った。

 

「うむ。確かに我々は世界の波にもまれているが、遠くばかり見てもしようがない。大切なことはこの湯の沢を守ることじゃ。理想のハンセン病の里で自治会は続いている。ハンセン病の光は消えていない。リー先生のような方が支えてくれるのもその現われだ。我々が助け合って頑張ることは、親分が言うように世間の御荷物にならぬことを意味する、そう思わんか。我々が必死で頑張る姿は世間に勇気を与えるはずじゃ」

 

 これを聞いて正助が顔を上げて言った。

 

「先生、世の中に勇気を与えることが出来るなんて。俺たちが世間の役に立つなんて信じられないようだ」

 

 万場老人は大きく頷いた。そして老人はさやに視線を移して言った。

 

「ところで正太郎君は元気か」

 

さやが頷いて何か言いかけた時、リー女史がそっと手を上げて言った。

 

「あなたたちご夫婦の勇気をずっと見守っていました。さやさんは立派な子どもをお産みになった。正太ちゃんこそ、ハンセン病の光が生んだもの。いえ、光そのものだと思います」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月23日 (日)

小説「死の川を越えて」第119話

 

こずえだけではなかった。誰もが不思議な世界に引き込まれたようにじっと耳を傾けていた。

 

「ご隠居様、お話しに力が入って、興奮されている御様子。あまり疲れてはお身体に毒。今日はここまでになされては」

 

 こずえの声に万場老人は嬉しげに頷いた。

 

 こずえは自分の身にも関わるこの重大な秘密を改めてしっかり聞きたかったのだ。

 

「話したいことは山ほどあるぞ。しかし、ここまでじゃ。この次は我々の運命に関わる社会の変化を話さねばならぬ」

 

 次の集まりでは顔ぶれに変化が見られた。マーガレット・リーと大門親分が参加したのだ。

 

 万場老人は一同を見て、これはこれはという表情で言った。

 

「今日は、世の中が急激に激しくなって、我々が増々肩身が狭くなっている話しをせねばならぬ」

 

「難しいお話しらしいわね」

 

 こずえは皆に気をつかっている様子である。

 

「前に、リー先生も参加して、ドイツ人のカールさんが『生きるに値しない命』という考えを問題にして皆で憤慨したことがあったな」

 

 万場老人の視線を受けてリー女史が頷いた。

 

「あれが、我々に強く関わる思想だと増々感じるようになってきた。じわりじわりと匕首が迫ってきおった」

 

「どういうことですか」

 

 リー女史が驚いた顔で言った。

 

「日本が戦争に向かっている。経済が非常に悪い。こう言えばわかるであろう。戦争に参加出来ない者、工場や田畑で働けない者は、税金だけかかる御荷物ということになる。日本はドイツのように、無用の人間を殺したりしないが、税金の無駄づかいという声が聞こえてくるようじゃ。誠に辛い」

 

「ドイツの危険思想を唯非難するだけでは済まないということなのね」

 

 リー女史の目つきが厳しくなっていた。

 

「そうじゃ、あの時は、そんな考えは間違っていると攻撃したが、ではどうしたらよいかを論じなかったのじゃ。よわったものだ」

 

「難しい理屈は分からねえが、この湯の沢のように自治会があって、リー先生のような支えがある所は、お上に頼る部分が少ねえから上等だと思うが」

 

 大門の親分が言った。

 

「その通りじゃ。ところが、この湯の沢集落の将来も最近不安になってきた。誠に重大な問題なのじゃ。湯の沢集落の移転と解散に繋がることだ。腰を据えて対策を考えねばならぬ」

 

「えっ、そんな深刻な問題があるとは聞き捨てならねえ。じっくり聞かせてもらいてえもんだ」

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

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2018年9月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第118話

 

「賛成、その通りだと思います」

 

 正助がすかさず言った。正助はそれに応えて大きく頷く老人の顔を見ながら更に続けた。

 

「先生に、尋ねたいと思っていたことがありますが、いいですか」

 

「おお、何でも聞くがよい」

 

「俺は朝鮮で不思議な経験をしました。ハンセン病の集落の頭は、先生と浅からぬ御縁があって、こずえさんのおばさんと結婚されたと申しました。その人とこずえさんのお母さんは双子だそうで、そのお子さんの明霞さんが草津に来たなんて本当に不思議です。これらは草津、そして湯の沢とどう繋がっているのでしょうか」

 

「うーむ。いずれ話さねばと思っていた。その時が来たのじゃな。よく聞いてくれた。話そう」

 

 万場老人は、そう言って目を閉じ、そして開くと過去を辿るように遠くに視線を投げた。何が語られるのか、静寂があたりを覆っていた。

 

 

 

二、ハンセン病の頭、鄭東順

 

 

 

「明霞の父となる鄭東順は昔、吾妻の鉱山で働いておった」

 

「まあー」

 

 と押し殺した声にならぬ声を発したのはこずえであった。

 

「朝鮮の虐げられた人々を束ねる家の若者だということは秘密であった。そういう素性だと知れると、警察などから何かと目をつけられるからじゃ。半ば、強制連行されてきたらしい。日本では朝鮮人ということで差別され酷い目にあっていた。眉目秀麗の好漢で学問もあり、控え目に振る舞っていたが朝鮮人の中で異彩を放っていたという。ある時、この若者は白砂渓谷に何かの作業に来て谷に落ちて大怪我をした。そこでわしの一族が六合で医者をやっていたので治療することになった。医師は、男の裸を見たとき、腕に斑点がありハンセン病の兆候だと気付いたが警察に届けるようなことはしなかった。

 

 鉱山の方から、何としても助けるように要請があったと聞く。この時、献身的に看病したのが後に明霞の母となるお藤であった。実はな、正助に話すのは初めてのことじゃが、お藤は昔、ある事情から、騙されて女郎屋に売られるところを助け出されたのじゃ。お藤は女郎屋から助け出された後、わしの縁者の医者の所に身を寄せていたのじゃ。お藤は医者と共に現場に走った。目も見えない状態で運び込まれた時、若者はお藤の手をしっかりと握りしめていた。お藤は、前橋まで薬を取りに走ったり、草津へ氷を取りに行ったり、夜も寝ないで看病した。意識を回復した時、鄭東順は涙を流して感謝していた。二人の心はその時一つになっていたに違いない。鄭が韓国へ帰れることになったとき、お藤は離れたくないと言った。誰も止めなかったのだ」

 

「ご隠居様、まるで、お話しの世界のようね」

 

 こずえの頬は紅潮していた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月21日 (金)

人生意気に感ず「中国大使館の情況と安倍首相の記者会見。ふるさと塾は大地震」

 

◇19日の中国大使館では、パーティの席で福田元首相は中国、ロシアとの対応についてかなり細かく深い話をされた。それは、昨日(20日)の安倍首相の記者会見と結びつく部分があり、振り返ってなるほどと納得の感じがする。福田さんは中国の更なる発展には日本の協力が必要だと語った。アメリカと激しく対立する現在の状況からすれば一層のことであるが、福田さんは目先のことでなく将来を見据えて語っていた。正に「友情の絆を」なのである。また、ロシアのプーチンについては、ロシア経済が低迷している原因は日露平和条約を提携しなかったことにあると述べた。シベリアの開発には日本の力が絶対要件で、それは平和条約なしには発揮されないというのだ。最近プーチンが突然年内に平和条約を結ぼうと言いだした背景はここだなと、私は受け止めた。プーチンの支持率は予想以上に下落しているらしい。日本とすれば北方領土を解決して平和条約を結ぶチャンスなのだ。

 

◇安倍首相の記者会見の姿には、総裁選に圧勝して得た自信が強く現われていた。この成果を踏まえてトランプに先ず会い、次に訪中して習近平に、その先にはプーチンに会うと表明した。水面下では色々な準備が進んでいるに違いない。「一強」ということが批判されているが、一強でないと今の国難を乗り切れないのは事実である。野党が弱すぎる。

 

 安倍首相は金正恩とも直接会うと決意を示した。金委員長が日本の経済力に救いを求めることはプーチンの比ではない。国家の存立がかかっている。拉致を解決する千載一遇のチャンスなのだ。様々な課題が山積するが、日本国内の最大の懸案は憲法改正である。「一強」を心配することの要点は独走を牽引する力の欠如である。そしてこの牽制力の本質は国民の力、世論であることも私たちは忘れてはならない。

 

◇今月の「ふるさと塾」(22日)は、「大地震、次はどこ」を話す。北海道大地震があってにわかに次が迫った感じである。首都直下型、そして東海、東南海、南海などの巨大地震が本当に心配になってきた。東京都は震度6強で倒壊するビルの実名を挙げた。これは東京だけでないことを物語る。関東大震災から90年を経た。この時は群馬も立っていられない程揺れたと言われる。依然として安全神話にあぐらをかいている群馬の人々に警鐘を鳴らしたい。(読者に感謝)

 

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2018年9月20日 (木)

人生意気に感ず「中国大使館で友情の絆を刻む。米中の対立激化と日本の役割」

 

◇原稿書きから走る運動に至る一連の日課を一時間早く終え、私は7時前に家を出た。だいぶ涼しくなった朝の空気は心地よい。前橋駅前には既に数人の人々が集まっている。予定の20人を乗せてバスは7時半に出発した。

 

 目指すは中国大使館である。黒沢局長に促され私はマイクを握る。植樹記念碑序幕式とパーティについて話す。話しの中で、記念碑の「友情の絆を」の意味と日中両国の役割について触れた。

 

 11時少し前に中国大使館に着く。数人の警察官の動きから緊張感が伝わる。門を過ぎるバスの中で米中の貿易摩擦の行方についてちらっと思いを巡らせた。

 

◇中は別世界であった。木立に囲まれた光景はトランプとも習近平とも無縁の空間に思えた。大使及び元総理と共に除幕式の場に向かう。雲間から五葉松に陽光が差していた。ここでの私の挨拶は重要だ。そう意識して私は語った。「友情の絆を」は日中の未来を願って私が考えました。書は元総理です。日中の歴史は長く、その間様々な絆をつくってきました。今日、日中平和友好条約40周年を迎え、日中の関係は極めて重要です。この関係を進化させるために「友情の絆を」育てねばなりません。こう述べた後、元総理、大使、私、関根県議で除幕のひもを引いた。福田さんの品格ある文字が現われる。それは五葉松と一体をなして日中の未来を象徴する姿にみえた。

 

◇トランプ大統領は約22兆円相当の中国製品に対し10%の関税を上乗せする制裁第3弾を発動すると発表した。中国も即座に報復を表明した。

 

 貿易摩擦が激化する中、日本企業も対応を迫られている。例えば三菱電機は工作機械の一部を大連から名古屋の工場に移管した。このように製造業を中心に生産の場を日本へ移す動きが広がっている。

 

 菅官房長官は「米中両国が世界経済の安定的な成長と発展に繋がる関係を築くことが極めて重要である。日本は両国と意思疎通を図り適切に対応していきたい」と述べた。

 

 正に日本の正念場である。両国と「意志疎通」を図るため、アメリカは同盟国だから日本がその気になればできる。要は中国との良好な関係である。中国大使館の歓迎ぶりの中に中国が日本に求めるものを感じた。「友情の絆を」、これを深める意義は大きい。(読者に感謝)

 

 

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2018年9月19日 (水)

人生意気に感ず「総裁選で一票。中国大使館へ。友情の絆を。再生エネルギーの未来」

 

◇昨日(18日)、自民総裁選で一票を投じた。総裁選は次の首相になる人を選ぶ選挙である。憲法改正を初めとして多くの難題を抱える日本。国際政治の面でも、日本の立場は極めて重要である。私として、日本丸の舵取りを託す人物を熟慮の上決めた。

 

◇今日は、早朝バスで中国大使館へ向かう。大使館の中庭には多くの県の樹木が植えられているが、その中でも最も良い位置に群馬県日中友好協会は日中平和友好条約締結40周年を記念して立派な五葉松を植えた。今日は懸案だった植樹記念碑の除幕式である。「友情の絆を」の選文は私で、書は元内閣総理大臣の福田康夫氏である。

 

 日本と中国を結ぶ絆は限りなく多い。それは両国の関係の長い歴史に基づくともいえる。しかし、真の友情から生まれる絆こそ、今求められている。この思いを込めた「友情の絆を」である。群馬県日中友好協会は、2013年両国が一触即発ともいうべき険悪な状況下で船出し、試練を経て今日を迎えた。この経験から学んだことは真の友情とは何か、真の友情こそ真の絆を育てるということであった。記念碑の文字はこのことを物語る。

 

 除幕式には、元内閣総理大臣福田康夫氏、程永華駐日本国特命全権大使等が参加する。

 

◇私が代表する勉強会「ミライズ」は今、再生可能エネルギーを取り上げている。そこでの意見は、「太陽光や風力などは、社会を支える安定したエネルギーではない。補充的なものだ」が主流だった。しかし、驚いたことに、世界では意外な潮流が生まれつつある。その発信源は2016年に発効した「パリ協定」である。これを受けて太陽光や風力などの再生可能エネルギーで電気を100%まかなうぞと目標を宣言する企業や自治体が日本でも増えだした。この動きは世界的に加速しているという。リコー、富士通、イオングループなど、また自治体では岩手県葛巻町や福島県南相馬市などがある。

 

 企業に関しては、これを宣言した企業はそのイメージと評価を高めている。世界的企業の中には下請け企業に取引の条件とするところも出て来た。企業は社会的存在である。社会に貢献しながら発展することが本来の姿である。二酸化炭素による地球温暖化は地球の危機、人類の危機を招いている。新しい動きに企業の良心を感じる。大地震の被災地である東北の自治体がいち早く宣言したことは示唆的である。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年9月18日 (火)

人生意気に感ず「草津楽泉園の講演。原告弁護士の参加。藤田三四郎さん。書道展」

 

◇15日、ハンセン病の本拠地ともいうべき草津楽泉園で私の講演は行われた。近くには「死の川」が流れ、更にそれより近くにハンセン病患者隔離政策の象徴、重監房跡地がある。

 

 人々が身じろぎもせず私の話に耳を傾ける姿が、私の心の刺激となっていた。小説の題名は「死の川を越えて」。上毛新聞で一年余にわたり連載された。冒頭で執筆の動機を語る中で、ハンセン病をテーマにした小説を新聞が取り上げることは稀で、これは上毛新聞の英断であると述べた。ハンセン病については視点の違い、価値観の違いにより微妙な問題が多くある。それに備えて上毛新聞は、背景となる史実等についてスタッフを配して誤りがないことを期したらしい。挿絵はベテランの岡田啓介氏が並々ならぬ力を注いだ。私は上毛新聞のこの姿勢に応える決意で筆を進めた。

 

 物語は死の川の名の由来と、この川の辺の自治の集落から始まる。謎の人物万場軍兵衛は人間として生きたいと訴える少年正助に、この集落にはハンセン病の光が出ていると不思議なことを語った。物語はこの光を求めて展開される。万場老人は、新憲法を活かして国を相手に裁判せよと言い遺して世を去る。ハンセン病の学者水野高明は、なぜ裁判に向けて立ち上がらないのかと教え子の弁護士等に求める。勝訴を勝ち取った時、人々は軍兵衛の墓前に報告した。正助は、墓石に向かって、先生がハンセン病の光が出ていると昔語った意味が分かりましたと語りかけた。

 

 この日の講演の参加者に訴訟を闘った弁護団の一人がいて、裁判官の心を打った証言のエピソードなどを手を上げて発言してくれた。楽泉園自治会長の藤田三四郎さんは、92歳の高齢ながら車いすで参加し、最後まで最前列におられた。目と耳が不自由なこの人は、心眼ともいうべき姿で私の話を受け止めてくれたのだと思う。私の本は、上下2巻として10月初旬出版される。10月20日、愛知県の浄土真宗の拠点で私は草津と同じような講演を行うが、出版はそれに合わせるように進められている。

 

◇この日、3時近くに講演が終わると、急きょ前橋へ飛んで書道の大きな催しに出席した。器械文明が異常に進み、人は文字を書かなくなった。これは人間の退化に繋がると挨拶で話した。小説を読む人も少なくなり、新聞は一つの危機を迎えている。これは社会の危機でもある。(読者に感謝)

 

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2018年9月17日 (月)

小説「死の川を越えて」第117話

 

「湯の沢で、森川様が初めて私を見て大変驚かれたわけが分かりました」

 

「うむ。お品の子が成長した姿を見て、いかにも感慨深げであった。じゃがよいかな。わしがここでお前に言いたいことは別にある。よく聞くがよい。わしの人生は差別との闘いだった。お前の父もそうであった。しかし、人間の本質はそんな上っ面のものではない。マーガレット・リーさんが財産と命を投げ打って闘っているのはこの人間の本質を信じるからじゃ。ドイツ人のカールさんが生きるに値しない命について熱く語ったのも同じ、人間の尊さを知るからじゃ。お前に言いたいことは、父のことを決して引け目に思うことなく、大きな誇りにせよということじゃ。お前の母は夫のことを大変尊敬しておった。妹のお藤も同様だった。あの海底洞窟に入ったのも、少女のころ助けられたことへの恩返しだけでなく、義兄を心から尊敬していたからに違いない。今日は、お前に関することをお前だけに話したかった。ほっとしたぞ。胸につかえていたのだ。あとは、正助など揃ったところで話すことがある。今日は、ここまでじゃ」

 

 それから暫くして万場老人から声がかかりいつもの人たちが集まった。老人がおやという目を向けた。その視線の先に見慣れぬ女の姿があった。老人の表情に気付いた正助が言った。

 

「市川とめさんです。赤ちゃんを連れてこの湯之沢に来て、生きることの大切さを知った人です。仲間に入れてやって下さい」

 

 正助とさやは、かつて幼い娘を殺して自分も死のうとしていたとめを偶然助けた出来事を思い出し、この勉強会に誘ったのであった。

 

「おうそうか。大切な同志ですな。歓迎しますぞ」

 

 老人は嬉しそうに言った。

 

「正助が初めてここを訪ねた時のことを思い出す。お前は、あの時、ハンセン病と戦って人間として生きるために湯の沢の歴史を知りたいと言ったな。わしは驚き、そして嬉しかったのだ。わしはあの時、確かハンセン病の光を語った筈じゃ。あれから歳月があっという間に過ぎた。この間の世の中の変化は目を奪うばかり。我々ハンセン病の身も、社会の動きそして世界の動きと結びついていることを正助の体験からも知った。わしも、お前たち若者にずいぶんと教えられたのだ。わしは今、老いの身で決意したことがある。それは、我らが経験したことをバラバラにしておくのでなく、一つにつなげて理解することが力になるということじゃ。そのために、わしの知識が役立てばと思うぞ」

 

 そう言って、老人は、分かるかなという目で一人一人の顔を覗き込んだ。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月16日 (日)

小説「死の川を越えて」第116話

 

 こずえは老人が何を話すのか恐かった。湯川の音も耳に入らず身を固くして老人の口元を見守った。

 

「お前の家は前橋でも有数な製糸会社をやっておったが、不況の波をくらって危機に陥ってな、打開を求めて相場に手を出し、大失敗した。一家は地獄に落ちた。祖父母の悲しい出来事は、お前も薄々知っていよう。それは語らぬぞ。今は、お前の母親のことだ。お前の母のお品と妹のお藤は双子で、評判の器量良しであった。まだあどけない少女の身で東京に奉公に出されることになった。実はお屋敷で働くというのは嘘でな、2人は女郎屋に売られる手筈となっていた。それを知って、それこそ命懸けで動いた若者がいた。お前のとこの会社で働いていた大川一太、お前の父親じゃ」

 

「まあ」

 

 こずえは息を呑んだ。懐かしい父親の顔が甦った。

 

「お前の父は賢く正義感の強い若者だった。しかしな、差別された一族の出であることを悩んでいた。そういう背景の中で、わしや森山抱月さんと交流があった。お前の母たち姉妹が大きな借金のために売られると知った時の一太少年の動きは目を見張るものがあった。女郎屋に乗り込んで袋叩きにされたこともあった。しかし、それで事態は動いたのじゃ。森山さんの組織が重要視して行動した。廃娼運動で実績を上げた救世軍の組織と知って、女郎屋の方は大きな社会問題になることを恐れた。かつて、救世軍が娼婦の救出にかけた執念は凄まじかった。女郎屋にとってまさに天敵。その記憶は彼らから消え去るものではない。お前の父が受けた傷害を警察が取り上げたことも利いたであろう。遂に姉妹は危ないところを救出された。感激したお品が激しく泣いたのをわしは忘れられぬ。それは、お前の父と母の出会いであった。あの事件がなければ、お前もこの世に居ないであろう。お前の父が海底洞窟に呑まれたことは前に話したが、お藤がどうしてもと言い張って、洞窟に入って運命を共にした理由がよく分かるであろう」

 

 万場老人の話は衝撃的で、その一語一語はこずえの胸に、湧き出す泉の水のように広がるのであった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月15日 (土)

小説「死の川を越えて」第115話

 

正助は、湯の沢集落に帰って、万場軍兵衛に報告した。

 

「そうか。牛川知事に会ったか。着任してそれ程経っていないが既に名県令との噂が出ている。大震災後の財政の難局を緊縮財政で乗り切る決意を示している。知事への信望がなければまとまらないことだ。それからもう一つ、県庁舎の改築を決断した。これは、初代の楫取県令以来の懸案に断を下したことを意味する快挙なのじゃ」

 

 万場老人の声には熱がこもっている。正助は難しいことは分からないが、偉い知事に会ったのだということに今更ながら驚いていた。万場老人は正助の真剣な眼差しを確かめるようにして続けた。

 

「実はな、県庁は初め高崎に決まりかけていたのを楫取県令が強引に前橋に持ってきた。高崎市民は怒って裁判まで起こしたが動かなかった。以来、高崎は長い間、この問題にこだわっている。県庁舎は県政の殿堂であり、県民の心の拠り所じゃ。ぐらぐらしていては、県政の発展の妨げとなる。この度、牛川知事が前橋市の10万円の寄付を受け入れて、県庁舎改築に踏み切ったことは、積年の問題に決着をつけることを意味する。県議会では高崎出身の議員を含めて誰も反対しなかったという。これは一重に牛川知事の人徳じゃ。恐らく楫取と並ぶ名県令との評判が出ることであろう。正助よ、お前はこんな偉い知事に会ったのだ。このことはきっと、湯の沢のためになるに違いない」

 

万場老人はきっぱりと言った。

 

 70歳を過ぎてから万場老人は時々、体力の衰えを訴えるようになった。時代は昭和が近づき、内外の情勢は増々風雲急を告げていた。万場老人の元へは、どこからか様々な情報が入るらしかった。その度に、憂える様子がこずえには良く分かった。

 

 ある時、老人がいつになく何か語りたげな顔をこずえに向けた。

 

「お前に話しておかねばならぬことがある。時を失すると取り返しがつかぬからな」

 

「改まって何でございますか。ご隠居様、何か恐いみたい」

 

「わしも、いつまでも生きるわけではない。話しておくことと、あちらへ持っていくことを分けねばならぬ」

 

「まあ、そのような御冗談を」

 

「お前の生まれについては敢えて語らぬことがあった。お前の心の成長を待つべきと思ったからだ。その時が来たようじゃ」

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月14日 (金)

人生意気に感ず「死の川・最終校正。草津の講演。不思議な縁の友の死」

 

◇上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」の実質的最終校正が終わった。上・下巻の表紙の絵ができ、帯の文も決まった。表紙の絵は挿絵から選んだ。挿絵は上毛の岡田啓介氏が毎回力を入れたもので、大変好評を博した。題字は書家郭同慶氏。帯の文は、上毛新聞「ひろば」に投稿された読者の文の一部を用いた。紹介すると「ハンセン病、差別、人権という重いテーマながら小説ならではの構成と意外な展開に毎回引き込まれ感銘を受けています。命を大切にする心の糧となることを切望して長門の地からエールを送ります。」山口県長門市、池信宏証(上毛新聞「ひろば」投稿文より)。

 

 この人は山口県長門市、極楽寺住職で、上毛の掲載文を取り寄せて読んでおられた。

 

 下巻の主要な場面は訴訟である。万場軍兵衛は「憲法をいかして国を相手に訴訟せよ」と言い遺して世を去った。人々はハンセン病の光を求めて動く。訴訟の場面が進む中で私の元へ感想文を寄せる読者も多くなった。下巻の帯は一人の読者の文の一節である。

 

「裁判の様子は伝えるのが難しいと思いますが小説風に面白く分かり易く記述され、さすがと膝を打ちました。人権尊重の問題を見事に描いた名作品です。(新聞連載の一読者より)」

 

 いよいよ明日(15日)、午後一時から草津町、国立療養所栗生楽泉園に於いて、「“死の川を越えて”の連載を終えて」と題して、私は講演を行う。

 

◇昨日、中崎敏雄弁護士が亡くなり奥さんから連絡があった。何カ月も植物人間の状態にあった友人である。17日の葬儀で弔辞を行うことになった。不思議な縁を感じるこの人の死は感慨深い。出会いは大学一年の時。懐かしく忘れ難い思い出がある。夜、本館の一部屋で勉強していると、離れた別の部屋で勉強している男が中崎君だった。井之頭線の沿線にある東大教養学部のいわゆる「駒場」には、構内に大学寮と時計台の本館がある。寮は騒然としているので、私は夜抜け出して秘かに本館で勉強した。近くで下宿していた中崎君も良い所を見つけたとばかりに利用していた。管理人も黙認してくれていた。中崎君と私は駒場を去る時、この人にお礼を言った。中崎君は兵庫県の人であるが、卒業後に私を頼って前橋にきて弁護士になった。2人の間には一冊の本にするくらいの思い出がある。弔辞ではその一端に触れたいと思う。人の死を重く受け止めた。(読者に感謝)

 

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2018年9月13日 (木)

人生意気に感ず「へいわの講義で大地震を。トランプ批判の渦。草津の講演。中国大使館」

 

◇12日、「へいわ845」第59回は予定を変更して北海道大地震を話した。東日本大地震と同じ震度7。この地震は私たちにとって何を意味するのか。一つは、どこでこのような地震が起きてもおかしくないこと。日本は地震の巣の上にある。もう一つは、この地震が市民生活に与えた影響の大きさ。特に大停電による医療機関の打撃は深刻だった。そして、次はどこか。東京も危ない。多くの留学生を抱える日本アカデミーはその安全対策を真剣に考えねばならない。このようなことを力を入れて話した。受講生は職員であるが、熱心に聴いていた。このところ、彼らの姿勢には私の話に対する熱意が感じられる。

 

◇トランプ政権はどうなるのか。その中枢から大統領を無能呼ばわりする声があがる。小学生くらいの能力しかないと酷評する声も。それでもトランプを強く支持する基盤があるらしい。オバマ前大統領は最近トランプを厳しく批判した。極めて異例のことだという。この状況はアメリカの分断を意味する。アメリカには大統領が存在しない感すらある。世界をリードする指導者が存在しないことは、アメリカを追い越そうとしている中国を大いに助けている。

 

◇このような時、「FEAR(恐怖)」が出版された。ワシントンポストの看板記者ウッドワードによるトランプ政権の内幕を描いたもので、最初から百万部も出版された。伝えられる中味は正に恐怖である。トランプは在韓米軍の家族を韓国から退避させるツイートを投稿しようとして周囲から強く反対されて中止したという。金正恩はアメリカの攻撃が迫っていると考え自暴自棄になり核攻撃に踏み切る恐れがあるというのだ。過去には一発の銃声という偶発的なことから大きな戦争に発展した事実がある。一発のツイートが核戦争に発展し日本が巻き込まれるのはたまったものではない。

 

◇今月は非常に忙しい。「死の川を越えて」の出版が近づき最後の校正に追われ、15日には草津の楽泉園で「執筆を終えて」がテーマの講演を行い、19日には中国大使館のセレモニーが。そして、10月6日には群馬会館で「帰ってきたおばあさん」の上演があり、その準備に今追われている。群馬会館と中国大使館の企画は日中友好協会の仕事である。中国の動きは驚くべきものがあるが、今年は友好平和条約締結40周年で、19日は記念植樹の除幕式である。(読者に感謝)

 

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2018年9月12日 (水)

人生意気に感ず「嵐の中のみなかみ町。不気味な座間事件起訴」

 

◇みなかみ町が嵐の中にある。前田町長は町議選に大敗した。セクハラ問題で町議会から不信任決議を受けていた。町議選では定数18のところに29人が立候補。現在、地方自治体は立候補者が少なくて選挙にならない所が多い。みなかみ町の今回の状況は町民が町政に危機感をもった結果である。前田町長は県庁に出向いて記者会見を行った。町長は町議会に辞職願を出した。これから町長選が行われるが前田町長の去就が注目される。セクハラ問題で世論の袋叩きにあっている。私は町議選の前に電話して、この人の考えを聞いた。セクハラ問題については高崎のある弁護士を頼んで訴訟の場で決着をつけると決意を語っていた。

 

 私は県会議員の時、中小企業同友会の若者たちと力を合わせて群馬県中小企業憲章の案をつくり県議会に提出し成立させたことがある。この時、勉強会に参加していた若者の一人が前田氏であった。政治家の公私に関わる問題での決断は難しい。

 

◇座間事件で東京地検は容疑者を起訴した。男女9人を殺して切断した。容疑は強盗強制性交殺人と強盗殺人、死体遺棄・損壊の罪。かつては強盗強姦殺人といったが、強姦の罪名が強制性交となったため、強盗強制性交殺人という長い罪名となった。強盗殺人犯が「強制性交」を犯し、その上殺人まで犯したのだ。

 

 不可解な猟奇事件である。当然、責任能力が問題になった。自分がやろうとしていることの意味を理解しながら敢えて踏み切った点に責任を問う根拠がある。それは、実行時の精神状態にかかる。起訴は、責任能力があるという鑑定結果に基づく。

 

 起訴状によれば、自殺志願者の8人の女性を誘い出し、乱暴した上ロープで首を絞めて殺し、現金を奪った。被害女性の中には邑楽郡の女子高生もいた。白石被告の人格は全く不可解である。捜査関係者はこの被告につき「生への執着が感じられない」と話す。この事件は果てしない闇につながっているようだ。多くの若い女性がツイッターで自殺を志望するとは何を物語るのか。8人の女性の背後には同じように死を考える若者が無数にいるのではないか。病んだ現代社会はどこに向かうのだろうか。公判に現われる事実を通して真相を知りたいと思う。

 

◇北海道地震の死者は41人となった。首都直下、南海トラフと巨大な闇が立ちはだかる。(読者に感謝)

 

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2018年9月11日 (火)

人生意気に感ず「大地震と電力と市民生活。硫黄島の火山活動の意味」

 

◇今回の大地震の情況を見て先ず思ったのは、電気の重要さである。現代の市民社会にとって電気は血液であり命である。暗闇は人間にとって恐怖と絶望の象徴である。現代人は光明に慣れているから暗闇には耐えられない。ちょっとした停電でも、パッと明かりがついた時は心の中まで明るくなり、ワッと歓声を上げる。ましてや大地震の中の長時間の停電である。北海道の人たちの心の中は察するに余りある。

 

◇今回、停電の恐怖で深刻だったのは、医療機関である。医療は命の砦であり、それは電気にかかっている。北海道の全域停電は医療に重大な衝撃を与えた。外来診療を取りやめる病院が続出した。透析や妊婦の診療に支障が出たと言われる。今日、医療技術の進歩は目覚ましいがそれは多く電力に依存している。

 

 非常用電源の備えの充実は急務である。今回、北海道被災地の病院で最大の課題は発電機を動かす軽油の確保だった。発電装置の設置もあらゆる医療機関で完備とはいえないことが明らかになった。発電装置のない診療所では、電子カルテや超音波機器が使えなくなる。地域に密着した小規模な医療機関こそ、地域の人々の安心と安全を支える。

 

◇電力の重要性は7年前の東日本大震災で経験済であった。それがまだ教訓として十分に生かされていないことが判明した。次の大災害の時、大停電が起きた場合、災害対策に責任をもつ関係者は「想定された事態」として責任を問われるだろう。巨大地震は必ずくる。7年前の東日本、それに今回の北海道、これらを生かして、大災害発生時の電力対応のシュミレーションを根本から見直すべきある。今回、多くの方が命を落とし、または被害を受けた。その人たちの苦痛にむくいる道は、来るべき大災害に生かすべき教訓をその方々から引き出すことである。

 

◇硫黄島で異変が起きている。火山性地震が頻発と報じられている。小笠原諸島に属する火山島。日本列島の北で大地震があり、次はどこと息を止めて見守る状況下の出来事なので、その動向が気がかりである。太平洋戦争の激戦地である。

 

◇北朝鮮で大規模な洪水が発生している。76人が死亡し、75人以上が行方不明となっている。この国では猛暑、干ばつによる農耕地の被害も深刻だと報じられた。軍備最優先の国、制裁によって国民の生活が破滅寸前の国は悲しい。(読者に感謝)

 

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2018年9月10日 (月)

人生意気に感ず「東日本大地震と北海道大地震。群馬は。トランプはカンフル剤か」

 

◇6日は深夜から日本列島に日本人の胸に激震が走った。北海道で起きた震度7の大地震である。この大地震の受け止め方は人によって様々であろう。私は7年前の東日本大地震を直ちに連想した。あの巨大地震はしばらく続いた静安期の日本列島の眠りを覚ます一撃だと言われた。あれ以来日本列島はにわかに動きが激しくなった。

 

 日本列島が東へ5.3m動いたのだ。天の怪物が日本列島を両手でつかんでぐらぐらやったかのようだ。地震の巣で辛うじてバランスを保っている部分がこの力で影響を受けるのは当然だと素人の頭で考えた。

 

 以来、内陸の地震があちこちで頻発。火山も動き出した。あの力がマグマにも影響を与えるに違いないから火山の活発化も当然だろう。そういうところに今回の北海道大地震である。

 

 次はどこか。群馬は果たして大丈夫なのか。

 

 群馬にも赤城南麓に弘仁の大地震があった(818年)、そして浅間の大噴火も(1783年)。安全神話にあぐらは、自然を畏れぬ人間の傲慢な姿である。今回の北海道地震は人間の作り出したものがいかに砂上の楼閣であるかを見せつけた。市民生活はその楼閣の上の束の間の営みである。天の警鐘を謙虚に受け止める時がきた。「次はどこだ」を真剣に考えねばならない。

 

◇北海道の大地震で衝撃的なのは大規模な土砂崩れである。箱庭の土をスコップでえぐったような惨状である。古代の噴火で降り積もった火山灰や軽石が原因と言われる。これらで出来た地層は脆く、水を含むと容易に崩れてしまう。群馬は広い地域が火山灰や軽石で覆われている。それは山地も同様である。住宅地に迫る山や岳が危険な存在であることを認識しなければならない。

 

◇トランプ大統領の傍若無人が止まるところを知らぬようだ。強気を辛うじて支えているのはアメリカ経済の驚くべき好調かも知れない。アメリカは、アメリカの威信と誇りをめぐり、これを取り戻さねばと必死なグループとそんなものより目先の利を求めるグループに分かれ一国が分裂している。この混乱は敵を利している。アメリカの衰退は相対的に中国の存在感を高める。トランプ政権の高官がトランプのことを「衝撃的で敵対的、卑しくて役立たず」とこきおろした。世界中から拍手が聞こえてくるようだ。(読者に感謝)

 

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2018年9月 9日 (日)

小説「死の川を越えて」第114話

 

 森山議長に案内されて知事室に近づくと秘書らしき人がドアの前で待っていた。

 

「やあ、この若者ですか。森山先生が草津まで行かれて会われたという人は。お座り下さい」

 

 知事は手を差し出して正助に椅子を進めた。

 

 正助はたった今、知事室に来る途中、森山議長から、この知事は富山県出身、東京帝大出の傑出した知事だと聞かされたばかりなので、その緊張は大変であった。しかし、牛川知事の如才ない対応は正助の心を直ぐにほぐした。

 

「湯の沢集落には、ハンセン病患者による患者のための自治の組織があると聞きますが左様ですか」

 

 知事は単刀直入に質問した。正助は、湯の沢集落のことについて真剣に語った。直前に森山県議に語ったことをしっかりと伝えたのだ。ハンセン病の光のことは特に丁寧に語った。正助の胸に、さや、正太郎たちの姿があった。

 

「うーむ。群馬の誇りとすべきことであるな」

 

 知事は頷きながら正助の顔に鋭い視線を注いだ。群馬の誇りという言葉が胸に深く届き、正助は熱いものが湧くのを感じた。知事の質問は、更にリー女史のこと、シベリア出兵のことに及んだ。正助が額に汗を浮かべながら話し終えると、知事は有り難うという表情を笑顔で示しながら言った。

 

「湯の沢集落のこれからについて君の思いを聞かせて下さい」

 

「はい、ありがとうございます。申し上げます」

 

 正助は、ここが自分の正念場と思い姿勢を正した。

 

「湯の沢集落を守って下さい。湯之沢集落は私たちの宝です。ハンセン病の光が放たれています」

 

 正助は牛川知事を見据えてきっぱりと言った。傍らで森山抱月が静かに頷いていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著、小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

 

 

 

 

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2018年9月 8日 (土)

小説「死の川を越えて」第113話

 

「ドイツ人宣教師のカールさんという人が韓国から来て、リー先生たちと一緒に、カールさんの話しを聞き大変勉強になりました」

 

 正助は、カールが「生きるに値しない命」というドイツで最近出た論文について話したとこを語った。そして、リー女史がこの思想についてキリストの教えに反することだと怒りを示した姿に心を打たれ、それがきっかけでキリストについて勉強を始めたと述べると、森山は立ち上がって正助の手を握って言った。

 

「感動的な話ですな。その思想については私も教会を通して耳にしておった。キリスト教の立場から許し難いのは勿論ですが、宗教を離れた人道上からも許せない。将来、日本とドイツが手を握るようなことがあれば、日本はこの思想に強く影響を受ける可能性がある。それにしても、この思想がきっかけとなって、君がイエス様と出会ったとは、不思議なことだ。湯の沢集落のことは、このことからも疎(おろ)そかにはしませんぞ」

 

 森山の口元には静かな決意が現われていた。

 

 正助は、湯の沢のことは疎そかにしないという森山の口元を見詰めながら、その真意は何かと思った。出発前の万場老人の言葉を思い出したからである。そこで正助は自分たちは湯の沢の光を育て人間らしく生きる決意を強くもっている。だから、そのことに反する移転には強く反対すると述べた。森山は大きく頷いてみせた。

 

「君の考えはよく分かった。承知していたが改めて確認したまでじゃ。ところで、正助君、君には今日もう一つ大切な仕事があるのだ」

 

 森山は、微笑みながら切り出した。

 

「何でしょう」

 

「今日、牛川知事が君に会いたいと言っている」

 

「えっ、県知事様が何で私に」

 

「うむ、牛川知事は立派な人物でな、湯の沢集落のことには重大な関心を持っておられる。先般君たちが県議会に来た様子を耳にしたそうだ。そして、この度、是非君に会いたいと申されておる。シベリアのことにも強い関心をもっておいでだ。では、知事が待っておられる。行くとしよう」

 

 正助はえらいことになったと思った。

 

 

 

※土日祝日は、小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月 7日 (金)

人生意気に感ず「震度7の巨大地震が遂に再び。次はどこか」

 

◇6日午前3時、私は既に起床しいつものように原稿に向かっていた。3時8分、緊急の地震速報で非常に強い地震、震度6強が報じられた。この数値はその後改められて震度7となった。日本では、0・1・2・3・4・5弱・5強・6弱・6強・7の10段階である。つまり7は最強なのだ。東日本大震災で最も大きく揺れたのは宮城内陸の栗原市で、7を記録した。今回の震源厚真市は内陸なので津波は起きなかった。仮に震源が海で、原発があったなら、正に東日本大震災の地獄が再現していたかもしれない。ぞっとする。

 

◇今回の巨大地震は想像されていない内陸部で起きた。日本は正に地震の巣という感を深める。これは日本列島で絶対安全な所などは存在しないことを意味する。安全神話に胡座(あぐら)をかいている人と地域への天の警鐘である。群馬県は天の声を謙虚に受け入れねばならない。

 

 そして、地殻の構造上予想されている巨大地震が確実に一歩近づいたのではないか。

 

 今回の巨大地震は市民生活が砂上の楼閣であることを示した。電気によって都市は命を握られている。295万戸が停電した光景をテレビが報じた。街が闇の中に消滅していく。停電により信号は止まり、病院は機能停止、交通機関も鳴りを潜めた。

 

◇新たにケータイの充電切れという事態が生じた。災害時に情報の伝達は命の綱である。家族や会社への連絡にケータイは不可欠である。極めて便利なこの機器の機能は充電にかかっていることを今回の大地震は突きつけた。立ち往生した人々は充電の機会を失うのだ。これを解決する技術も早急に開発することが求められる。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」は22日であるが、テーマは予定を変えて「巨大地震の歴史、次はここだ」に決めた。日本民族は、過去幾多の大地震を乗り越えてきた。それを知ることから勇気と解決のヒントを得ることができる。千年に一度ともいうべき大災害の時代が東日本大災害から始まり、今そのただ中にある。巨大地震は確実に近づいているが、それに加える新たな情況は地球温暖化による異常気象である。

 

◇市民生活や経済活動に対する深刻な影響が広がっている。今回の大地震を気象庁は「平成30年北海道胆振東部地震」と命名した。誰でもが話題にできるようもっと短い呼称がよい。追い打ちのように北海道は今日雨とか。(読者に感謝)

 

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2018年9月 6日 (木)

人生意気に感ず「台風21号が語るもの。総裁選。震度6強の今後」

 

◇台風21号の凄まじさは何を物語るのか。風速60m近い風は尋常ではない。私たちは、この台風が今回限りの例外的なものと考えるべきではない。地球温暖化が要因であるとすれば猛烈な台風は常態化するだろう。最早、「想定外」という言葉はつかえない時代に入ったと考えざるを得ない。平和で安全な国日本は、自然災害の面からも大きく揺れ出した。「安全神話」という用語は泰平に鳴れて危機意識を忘れた日本人を戒めるためにあるとも思える。89mのタンカーが流されて橋脚に衝突した光景は象徴的である。日本列島が未曽有の強風で流される様を想像してしまう。このような日本に追い打ちをかけるように南海トラフ型巨大地震が近づいている。日本丸の舵取を託せる船長は誰か。

 

◇自民党総裁選がまっただ中にある。安倍か石破かに絞られ安倍の圧倒的優勢が伝えられている。自民党の総裁は次の首相である。この国際化時代に於いて首相は世界の舞台で活躍できる人でなければならない。外交はそれゆえに重要である。

 

 安倍に対立する石破は特異な顔つきをしている。「暗い」、「目が恐い」という点を挙げる人が多い。顔は履歴書といわれる。政治家の履歴書をどう評価するかは複雑で難しい。民主主義が衆愚政治に陥っていると懸念されている。各地で大小選挙の季節に入りつつある。それぞれの一票が日本の内憂外患に結びついている。

 

◇早朝、この原稿を書いている時、テレビは北海道の強い地震を報じた。震度6強である。これは唯事ではないぞと私は直感した。このところ、日本各地で地震が多くなっている。世界でも大地震が多くなっている。まるで地球全体が連動しているかのようだ。「6強」は何を意味するのか。次のどこかの大地震の前触れなのか。悪いことは重なると言われる。21号の台風で日本列島が大打撃を受けた直後の震度6強である。群馬の人は、群馬は大丈夫と思っているに違いない。今こそ、「安全神話」を私たちの胸の奥から排除すべきである。

 

 近くの泊原発のことが報じられた、核燃料は安全に冷却されているとのこと。

 

◇5日の「へいわ845」は第58回で、テーマは「核と平和」。原発事故は人災。その第一として事故時、東電の会長、社長が不在で初動の対策が出来ず正に「安全神話」に胡座だったと話した。(読者に感謝)

 

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2018年9月 5日 (水)

人生意気に感ず「女優神田さち子さんのサプライズ。異常台風の常態化」

 

◇9月3日、女優神田さち子さんを迎え、副知事、群馬会館、上毛新聞社に案内した。10月6日、「帰ってきたおばあさん」上演の打ち合わせ及びPRが目的であった。実は、神田さんの心意気に関するサプライズがあった。

 

 この企画は、群馬県日中友好協会が主催するもので、内容はある中国残留婦人の数奇な運命の物語である。中国残留婦人は、太平洋戦争の敗戦によって中国大陸に残留を余儀なくされた日本人女性のことである。この人たちはいわゆる満州移民の悲惨な姿でもある。 満州開拓のため、大陸に渡り敗戦によって地獄に巻き込まれた。旧ソ連の侵入により、特に女性と子どもたちは筆舌に尽くし難い情況におかれた。「帰ってきたおばあさん」はこのような動乱の中を生きた日本人女性が老境を迎え、ふるさと鹿児島に一時帰国する物語である。かつての夫に会うことはできるのか。

 

 当初、今回の企画は費用がかさむ理由でビデオ上映とし、本人は20分トークで出演する予定だった。サプライズというのは、女優神田さち子さんが私たちの対応の姿勢に心を動かされたと言って、突然「ボランティアで生の実演をします」と発言したのだ。かくして急遽「ビデオ上映」から本人による生出演となったのである。これは上毛新聞訪問の直前で、上毛は翌日このサプライズを踏まえて記事にした。図らずも、日中国交回復40周年を飾るにふさわしい事業となった。私たちは全力を尽くして神田さんの熱意と誠意に応えなくてはならない。10月6日、群馬会館ホール、13時30分開演、先着400名、入場無料である。

 

◇瞬間風速60m、全長89mのタンカーが橋脚に衝突、空港が冠水、大型トラックが横転等々、台風21号の凄まじさは記録ずくめで信じ難い程だ。屋根がめくれてまいあがり、地上に叩きつけられる様は戦争の爆撃を想像させる。

 

 この夏は異常な酷暑だった。台風21号の異常さはこの夏の酷暑と無関係ではない。いずれも地球温暖化の結果に違いない。我々は、このような異常が日常化する世界の入口に立っているのだと思う。

 

◇中国大使館に群馬の五葉松が青々と天に向かって枝を広げている。その根元に石を据え字を刻んだ。「友情と絆を」。この度、元総理福田康夫さんが書いた。今月19日、盛大にオープニングのセレモニーが行われることに。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年9月 4日 (火)

人生意気に感ず「大逆事件の幸徳秋水を読む。狂乱の時代の死刑」

 

◇幸徳秋水を読んだ。古本市場で全集9巻を求めた。このところ、田中正造に打ち込んでいるが秋水は田中正造に深い関わりをもったである。

 

 秋水といえば大逆事件に連座して40歳で刑死した男として余りに有名である。正造は死を覚悟して、明治天皇に直訴したが、その直訴状を書いた男が秋水であった。土佐の少年時代から神童の誉れ高く、漢詩に優れ、万朝報の記者として社会主義の論陣を張った。志の高い覚悟の人生を送った社会主義者である。私がまず読みたかったのは、死刑に臨んだ秋水の最期の書簡である。次は石川半山に宛てたもので、死刑宣告後3日目に書いたもの。石川は毎日新聞の主筆で、天皇直訴を田中正造に勧めた人と言われる。死刑宣告後3日目の夜に書いた。ちなみに明治44年1月8日判決、同月24日執行だった。ぐっとくる部分をきりとると、「人間誰でも一度は死ぬんだということは問題ではないよ。顧みて40年の生涯甚だ幸福で甚だ愉快であった。そして最早親もなし子もなし財産もなし浮世の執着となるものは一つもなし常に君の厄介になった。眞に得難き友であった息のある中に感謝しておく。さらば是がお別れじゃ。今日も堺が最後のいとま乞いに来てくれて相見て浩然大笑いして別れた」

 

 革命に命をかけた男は死を前に淡々と文を書いている。次の部分は更に死刑をものともしない姿を示している。

 

 秋水は、刑の宣告から6日後の1月24日「死刑の前」と題して文章を書いていた。そしてこの日の独房の朝食に特別に塩焼きの小鯛が膳に乗っていたので、彼はその日が来たことを直ちに悟った。秋水は鯛のにおいをかいだだけで残し白湯をすすって文を書き続けた。それは死についての半生を振り返った運命観だった。第一章・死生、第二章・運命と続く筋書きだった。「病死と横死と刑死を問わず、死すべきの時一たび来らば、十分の安全と満足とを以てこれに就きと思う。今や即ちその時である。以下少しく私の運命観を語りたいと思う」。ここまで書いた時廊下に靴音がして刑の執行を告げられた。秋水は書きかけの原稿にしめくくりをつけたいと願い出たが拒絶された。刑の執行は明治49年1月24日午前8時6分だった。公判開始、判決、執行、この間の異常な速さは狂ったような国家権力の姿を物語る。この年、いわゆる特高(特別高等警察)が設置され狂乱の時代は増々加速する。およそ2年後田中正造は73歳で世を去った。(読者に感謝)

 

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2018年9月 3日 (月)

人生意気に感ず「マケイン上院議員の死。真のアメリカファーストとは。行政による障害者水増し」

 

◇真の「アメリカファースト」とは何か。マケイン上院議員の死で考えさせられた。米共和党の重鎮ジョン・マケイン氏。81歳だった。同じ共和党のトランプ大統領の政策や政治姿勢を厳しく批判し続けた人だった。

 

 ブルームバーグ元ニューヨーク市長はマケイン氏こそ真の「アメリカ第一主義」だと語った。それは、アメリカの建国の精神である自由と平等の理念をもってアメリカの誇りとする姿勢である。トランプの掲げる目先のアメリカの利益を優先させるのとは違う。トランプが掲げる旗は偏狭なナショナリズムに通ずるものだ。マケイン氏はベトナム戦で5年半も捕虜になり、拷問にも耐えた男である。複数回にわたる皮膚がんの手術にも耐えた。公私にわたり、壮烈な人生だった。この人の人生に、私はアメリカの独立革命以来の、真にアメリカ第一と叫ぶにふさわしいアメリカの品格を重ねるのだ。

 

◇行政による障害者雇用の水増しには憤りと悲しみを覚える。政治家の不祥事には驚かない。日本の官僚制度は信頼できると長いこと思ってきた。それが文科省幹部の不正入試問題などの不祥事が続き、官僚よお前もかという感を強めた矢先に、今回の障害者雇用率の水増し不正事件である。障害者を人間的に平等の扱うことは憲法の掲げる理念ではないか。率先して尊守すべき官庁が何としたことか。これではパラリンピックを国を挙げて闘う姿勢が疑われるだろう。責任の所在と問題点を徹底的に追及し、障害者政策の原点に立ち返るべきである。

 

◇東京五輪、パラリンピックでは、日本という国の品格が問われる。人間尊重の平和憲法はみせかけか。サムライの国は過去のものか。かつてエコノミックアニマルと批判されたのは今も続く本質か。これらが世界の目に晒されるのである。偽物の国、詐欺と享楽の国と化しつつある日本の現状に対し、立ち直る試練の場とすべき機会が近づく東京五輪パラリンピックである。それを推進する柱の一つである官庁が白ありに食われたようにぐずぐずになっている。それを物語るのが生涯者水増し問題だと思える。

 

◇ネット依存症が急増し、中学生の7人に1人が当たると厚労省が発表。学校を遅刻、欠席、家庭内暴力、そして重症化すると脳の傷害など様々な傷害が生じている。これは便利な利器に人間が屈服していく姿であり、国家の危機である。(読者に感謝)

 

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2018年9月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第112話

 

 

 

「県議会の動きは聞いておる。ハンセン病は恐ろしい伝染病だから隔離せよというのが、県議会の空気らしい。湯の沢は草津の温泉街に接していて非常に危険だというのだ。今度の牛川知事は非常に立派な人物と聞くがどうやら同じ考えをもっているらしい。偉い人にも無知と偏見があるのじゃ。湯の沢集落の歴史と意義、そして我々の決意を県議会に分かってもらわねばならぬ。そのために、森山さんは重要な人物じゃ。お前の役割は大きいぞ」

 

「俺には、大変過ぎる仕事ですね。不安です」

 

「なんの。飾らず力まず、思うことを伝えればよい。シベリアの体験を思えば何でもあるまい」

 

 万場老人はきっぱりと言った。

 

 それから数日が過ぎたある日、正助は県会議長室で森山抱月と向き合っていた。イエスを学んでいることをリー女史が伝えていたせいか、正助は森山の態度に親しみを感じた。森山は歩み寄り口元に微笑を浮かべて言った。

 

「正太郎君は元気かな」

 

「はい、いたずらで妻が手を焼いています」

 

「は、は、は。利発で将来が楽しみじゃ。ところで、湯の沢集落のことだが、世の流れは複雑じゃ。国の方も関心を示し始めた」

 

「湯の沢集落が動くとか、なくなるとかいうことがあるのですか。私たちはとても心配です」

 

「うむ、わしは湯の沢集落を訪ね、君たちの話しを聞いて、あの集落の素晴らしさを知った。その後、調査もして、君たちの言っている意味がよく分かった。マーガレット・リーさんがあれほど魂を入れ込んでいることも重視しなければならぬ」

 

「もし、湯の沢集落が解散とか移転とかいう方向なら私たちは闘わねばなりません」

 

 正助の気迫を受けて森山の目が光った。

 

「勇ましいことを言う。何か最近変化がありましたか」

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年9月 1日 (土)

小説「死の川を越えて」第111話

 

 

 

 万場老人の話を聞いて正助は頬を紅潮させていった。

 

「偉い先生だったんですね。正太郎も俺たち夫婦も幸せでした」

 

 それからしばらくしたある日、リー女史から正助に会いたいと連絡があった。聖ルカ病院の一室に入るとリー女史が待っていた。

 

「森山先生が正助さんに会いたいと言っています」

 

 開口一番、女史は言った。

 

「えっ、あの県会議員の」

 

 正助が驚いて言った。正助の胸には妻と正太郎を連れて県議会に招かれた時の光景が甦っていた。その後、県議会でハンセン病のこと、湯の沢集落のことがどう話し合われているか、正助は気にかけていたのだ。

 

「正太ちゃんも県議会へ行ったそうですね。森山先生が、大変お利口な子どもだと感心されておりました」

 

「正太郎は誉められて、得意になり俺たちより張り切っておりました。子どもは恐いもの知らずで、大勢の偉い先生もまるで眼中にありません」

 

「ほ、ほ、ほ。それが子どものよいところ。若い心は純で無敵なのよ」

 

「ところで森山先生の御用とは」

 

「県議会で湯の沢集落の移転に関することが議論されているそうです。前に、湯の沢に来て皆さんと話して実態は分かったが、集落を移すかどうかというと重大なので、私の考えを聞きたいというの。それなら正助さんにお聞きなさいと申し上げましたら、それがいいということになりました。それから、正助さんがイエス様を勉強していると申し上げたら大変驚いておいででした」

 

「そうですか。そのことを森山先生に聞かれたら俺、恥ずかしいな」

 

 正助はこう言って頭をかいたが、その表情は嬉しそうである。

 

 それから数日が過ぎ、リー女史が森川議員と打ち合わせした日が近づいた。正助は、湯の沢集落の運命に関わる話かと身構え緊張していた。正助は出発に先立って万場老人に意見を訊いた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

 

 

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