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2018年8月26日 (日)

小説「死の川を越えて」第110話

 

 万場軍兵衛は、指で文面を辿りながら話す。

 

「国は絶対隔離政策を進めている。絶対隔離とは生涯出さないことじゃ。優秀な国民を育成するためにハンセン病患者を消滅させようとしているように見えるというのじゃ。ある国立病院では断種まで行っているというのだ。恐ろしいことじゃ」

 

「断種となれば、正に生きるに値しない命は消せ、ではないですか」

 

「その通りじゃ。人権も人道も地に落ちたと言わねばならん。まかり間違えば、正太郎君もこの世に現われなかったことになる」

 

 正助は、黙って深く頷いた。

 

 政府は第一次世界大戦を通して、ドイツが総力戦で敗れたことを深刻に受け止めた。そこで、内務省に保険衛生調査会を設置、新たな衛生政策の方向を探った。この動きの中から、国民の体力強化を軸にした衛生政策への転換が図られ、結核、性病、ハンセン病、精神病などの対策が重視されるようになり、長期的に心身共に優秀な国民の育成が図られていく。ハンセン病については、放浪する患者の隔離から全患者の一生の隔離へと向かうのであった。

 

 このような政府及び医学界を主導した人が全生病院院長の光池剣助であった。光池は、ハンセン病患者の逃走を防ぐために、絶海の孤島に隔離せよと主張した。光池は、保険衛生調査会委員として離島を調査し、沖縄の西表島を最適と結論した。これには、さすがに政府は同意しなかった。それは、絶海の孤島であることの他にマラリアの蔓延地であったからである。結局、離島隔離の島は、岡山県、内戸内海の長島に実現することになった。光池は、ハンセン病に関しては最高の権威であったが、絶海の孤島でマラリア蔓延の地を選ぶことに、人命と人権を無視する姿勢が現われている。学者たちは、光池の権威に抵抗出来なかったが、ほとんど唯一人、小河原泉は自身の信念を貫こうと最大限努力した。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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