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2018年8月20日 (月)

人生意気に感ず「玉音放送と平成天皇のお言葉。岩田亀作さんはニューギニアで終戦」

 

◇今月のふるさと塾は73年前の8月の出来事を中心に取り上げた。8月15日の昭和天皇が終戦を告げるお言葉は国民にとって正に晴天の霹靂で、日本人の心に異常な衝撃を与えた。

 

 それまで、天皇は雲の上の存在で、天皇の声を聞いた一般国民はいない。8月15日の朝、各紙は号外、または特報で次のように報じた。「今日、正午に重大放送が行われる。眞に未曽有の重大放送であり、一億国民は厳粛に必ず聴取せねばならない」

 

 終戦を告げることを予想した国民もいたが多くは固唾をのんでその瞬間を待ち受けた。

 

 塾生には知らせていなかったが、特別の人を招き終戦を当時どう受け止めたかを語ってもらった。地獄の戦場からの生還者岩田亀作さんである。前日に打合せを行った。

 

◇73年という歳月は特別の意味を持つ。あの戦争を知り、天皇のいわゆる玉音放送を聞いた人の多くはこの世を去りつつさるからだ。戦争を風化させてはならない。戦争の悲惨さを受け継ぐことが平和を守るために第一に大切なことである。

 

◇私は73年前の昭和天皇の言葉と今年の平成天皇の言葉を結びつけて受け止めることが大切だと語った。

 

 昭和天皇は「堪え難きを堪え忍び難きを忍んで万世のために泰平を聞かんと欲す」と述べた。「万世のための泰平」は永久の平和を意味する。つまり昭和天皇のこの言葉は堪えるのが難しいことも堪えて永久の平和を築いていくという決意を示したのだ。これに対して平成天皇は。お言葉で「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、(中略)今後戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」と述べられた。両天皇のこの部分を見れば、平成天皇は昭和天皇の平和のバトンを受け取って「長きにわたる平和な歳月」を続けてきたことを訴え、更に次代につなげようとしていることが窺える。私はこのように塾生に話した。

 

◇岩田亀作さんは、昭和20年8月のことを語った。それによると8月15日には未だニューギニアだった。四日後の19日、部隊長が終戦の詔書を伝えた。敗戦を知り、皆呆然となり、自決した者もあった。10日間かけて日本に着いたが、その間十数人が亡くなった。前橋駅に着くと赤城山、榛名山がよく見えた。このようなことをしっかりとした口調で語った。塾生から百歳を祝した花束を贈られ嬉しそうだった。(読者に感謝)

 

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