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2018年8月16日 (木)

人生意気に感ず「原爆慰霊式に出た。草津の橅に泊まる。天皇のお言葉」

 

◇8月15日、嶺公園の原爆慰霊式に出た。初めてのことである。私の参列に驚く人もあったようだ。深い緑に囲まれた空間であるがねっとりと暑い。紹介されると聞かされていたが、意外にも挨拶の機会が与えられた。私は、広島・長崎の平和式典で語られたメッセージを引用して、その平和への思いを自覚し共有することが必要だと述べた。実行委員長の角田さんは式典終了後、私の手をとって「こういう時代ですから立場を超えて協力しましょう」と言った。

 

 牧師による献奏があり、参加者全員で歌を歌った。その歌の中に「夾竹桃は咲いたけど」及び「ヒロシマの有る国で」があった。

 

 原爆の放射線のために草木も育たないといわれる状況で最初に咲いたのが夾竹桃だった。「夾竹桃は咲いたけど眠った人は帰らない」と参加者は口をそろえて歌った。「ヒロシマの有る国で」はかつて慰霊祭で、美空ひばりが歌ったという。今年のように暑い夏で、暑さを気遣う人にひばりは焼かれて死んだ人のことを思えば、と言って暑さの中で歌ったという。参加者の声は森の緑にこだまして人々は暑さを忘れたようであった。

 

◇13日、かねての予定に従って草津の旅荘で長男周平と一泊を楽しんだ。小さな宿は、滋養の旅「橅」(ブナ)である。私が関わった劇団ブナの団員が始めたものである。静かで深いおもてなしは都会の喧騒を忘れさせた。

 

 女性経営者と昔のことを懐かしく話した。岩田亀作さんのニューギニア体験を広い会場で披露したことがあった。私の著書「今見る地獄の戦場」を亀作さんの体験を交えながら、この女性が朗読した。あの亀作さんが今年百歳となり、19日の「ふるさと塾」に登場すると話したら、彼女は「まあー」と瞳を輝かせていた。

 

◇激動の平成の終わりを象徴する出来事、それが「終戦の日」の天皇のお言葉だった。来年4月末の退位で平成の元号も変わる。次は平成天皇としての最後のお言葉の主要部である。「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と。一語一語に象徴天皇としてのぎりぎりの思いが刻まれていることを感じた。(読者に感謝)

 

 

 

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