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2018年8月18日 (土)

小説「死の川を越えて」第107話 

 

正助も、さやも、こずえも、リー女史の輝くような瞳に圧倒された。目の前の女史は老女ではなく、若く美しい西洋の女に見えた。3人はリー女史に神が乗り移ったと見て、神とはかくも不思議なものかと呆気にとられたのであった。

 

 リー女史は3人の表情に頷きながら静かに語り出した。さやは、以前、岡本女医がイエスについて話したことを思い浮かべながら耳を傾けた。

 

「お聞き下さい。今から1900年も昔のことです。西洋の世界はローマ帝国の支配下でした。その帝国の片隅でイエス様はお生れになりました。帝国には多くの奴隷がおり、その他にも虐げられた多くの人々がおりました。ユダヤの民もその一つで、イエス様はユダヤの民に属しておりました。イエス様は隣人を愛しなさいと人々に説きました。皆様、この意味をどうお考えになりますか」

 

 リー女史は微笑みながら問いかけるのであった。

 

 こずえがそれに答えた。

 

「人間はいつも動きますね。だから隣人は決まった人のことではないと思うの。誰が隣りになっても隣人だとすれば、隣人とは全ての人を意味するのではないかしら。貧しい人も病の人も、ハンセン病の人も」

 

「おう、ワンダフル。あなた大変賢い。その通りです。隣人を愛せよとは、全ての人を愛しなさい、人種も上下の差もなく、人間は皆同じように大切という考えです。イエス様はローマに逆らう者だと密告され、ゴルゴタの丘で磔(はりつけ)になりました。しかし、イエス様の考えは不滅です。私たちは、イエス様は復活され、その考えを訴え続けたと信じています。私は遠くイギリスからこの国にやって参りました。海を越え幾つもの国を越え、言葉も違う国に来て、病と差別に苦しむ皆様を知りました。皆様は隣人です。私はこずえ様の言葉で、今改めてイエス様の隣人を愛せよの意味を噛み締めております。私は皆様のお陰で、ここにイエス様がいらっしゃることを感じております」

 

 リー女史が少女のように高揚する姿を見て、3人も神の雰囲気に知らぬうちに浸っていた。

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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