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2018年8月14日 (火)

人生意気に感ず「長崎の原爆と市長の訴え。非核化の新しい動き」

 

◇昭和20年8月9日午前11時2分だった。原爆投下の第一目標地は小倉であった。雲の状況で視界が悪かったために長崎の投下となった。

 

 田上富久市長は平和宣言の冒頭で原爆の惨状を訴えた。「真夏の空に炸裂した一発の原子爆弾により長崎の街は無惨な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるもの全てが焼き尽くされ、廃墟と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と身体に深い傷を負い、今も放射線の後遺症に苦しみ続けています。原爆は人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです」

 

 核廃絶を求める高慢な理論も、市民が現実に被った残虐な現実の上に成り立つ。それ故に市長は平和宣言をつくるのに、この現実を如何に表現するかに苦心し、またそれ故にこの部分を冒頭に置いたに違いない。

 

 田上市長のこの部分の訴えには胸に響くものがあった。これに続くいくつかのポイントは市長が挙げた冒頭の被爆の実態を想像しながら聞くことによって、その意味が納得できた。

 

 そのいくつかを以下にあげたい。①73年たった今も世界には1万4950発の核弾道が存在している。しかも核兵器は必要だと平然と主張し核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに被爆地は強い懸をもっている。②朝鮮半島の新しい動き、つまり後戻りすることのない非核化が実現することを被爆地は大きな期待をもって見守っている。日本政府はこの絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向け努力して欲しい。③長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は高校生の発案で始まった。④市民社会こそ平和を生む基盤。「戦争の文化」でなく「平和の文化」を市民社会の力で世界中に広げていこう。⑤東日本大震災の原発事故から7年経過した今も放射線の影響は福島の人々を苦しめている。長崎は福島の人々を引き続き応援していく。これら5つの点はいずれも深い意味を持つ。若い力、平和の文化、福島原発との関係、これらを「へいわ」の講義で取り上げるつもりだ。長崎はカトリックの縁の地である。(読者に感謝)

 

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