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2018年8月28日 (火)

人生意気に感ず「ハンセン病と“人権の礎”。国賠訴訟勝利との関係。私の小説“死の川を越えて”」

 

◇「人権の礎」を建立することになった。ハンセン病療養所栗生楽泉園自治会が「人権のふるさと」として、碑の建立を進める。自治会長は藤田三四郎さんである。楽泉園の納骨堂には2千余人の人々が墓もなく眠っている。この人たちの「生きた証」として「人権の礎」の碑を建立することには格別な意義がある。

 

 ハンセン病国賠訴訟という歴史的快挙を最も喜んだのは、これらの納骨堂に眠る人々に違いない。その霊に応えるためにも、碑の建立は楽泉園自治会の切なる願いであった。自治会長の藤田三四郎さんは現在92歳にして未だその闘志は衰えず人権の理想を目指す精神は清新である。私も「呼びかけ人」の一人になった。

 

◇この企画を何としても実現したいという思いで、私は過日福田康夫元総理を訪ね「呼びかけ人」の一人になって頂くことを懇請し快諾を得た。納骨堂に眠る多くの人々の歓喜の声が聞こえるようである。

 

 ハンセン病国賠訴訟に於いて、原告は熊本地裁で勝訴したが国は控訴の意思を固めていた。控訴されたらその先はどうなっていたか分からない。控訴断念を決意した人は時の総理大臣小泉純一郎氏で、当時の官房長官は福田康夫氏であった。

 

◇私の小説「死の川を越えて」には次のような場面がある。小説では首相は小林純一郎、官房長官は福原康夫として、草津の同志水野高明が首相にあて控訴断念を求めて手紙を書くのである。そこに至る会議である人は「控訴断念は無理だろう」と言った。これに対し正助は憤然として言った。「首相は自民党をぶっつぶすと言って政治の改革を訴えている。それに福原官房長官は群馬の人で人権感覚に優れた人だから重監房を国の恥、群馬の恥と思っているはずだ。何かここに可能性があるのではないか」。これに動かされて水野は手紙を書く決意を固めそれは福原事務所を通して届けられた。それには次のような訴えがあった。

 

「行政は国民の幸に奉仕するものです。だとすれば行政改革は硬直した行政に温かい血を通わせ人間を生かすものでなければなりません。控訴はこれに逆行するものです。私たちに残された人生はわずかです。どうかこの状況を救ってください。そのために天下に御英断を示されることを切にお願い申し上げます」福原長官の秘書官は首相がこの文を読んだと伝えた。(読者に感謝)

 

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