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2018年8月19日 (日)

小説「死の川を越えて」第108話

 

 正助たちは、キリストの生涯に始まって、ローマ帝国の権力と闘う人々の歴史に次第に引き込まれていった。海を囲むという壮大なローマ帝国、それを支配する強大な力、諸民族の戦い。正助は、時と空間を超えた人間のドラマに息をのんだ。目をつむるとゴルゴタの丘で十字架にかけられ槍で刺されるイエスの姿が目に浮かんだ。正助には、ローマ帝国の強大さと重なってイエスの存在が大変重いものに感じられた。リー女史は、イエスの死は、1900年も前のことだが、その教えは不滅だと言った。リー女史がイエスを語り、それに心を揺さぶられる自分がいる。この事実こそリー女史の話が絵空事でないことを雄弁に物語っていると思えた。

 

 ある時、正助はさやとこずえに向かって言った。

 

「俺の胸にはどうやら小さなイエス様がお住まいになっておられるようだ」

 

「まあ」

 

 2人は同時に叫んだ。

 

「私たちも同じなの」

 

 さやがこずえを見ながら言うと、こずえは大きく頷くのであった。

 

 ある日正助は万場老人を訪ねて言った。

 

「先生、朝鮮人の虐待を見ていると、カールさんの言ったドイツの恐い話は日本でも起こりそうな気がしてなりません」

 

「うむ。わしも同じ思いなのじゃ。日本が危ない方向に向かっておる。そのことがハンセン病対策に現われておる。お前は、今回の世界大戦に参加し、従軍して大陸に渡った。日本は戦場にならなかったが、シベリアに行ったから戦争の地獄が分かったであろう」

 

「その点、カールさんのドイツは大変だったのでしょうね。国が戦場になり、その上敗戦だから」

 

「今度の戦争の特色は総力戦ということじゃ」

 

「総力戦とはどういうことですか。これまでの戦争とどう違うのですか」

 

「文字通り国の総力をあげた戦いということじゃ。戦場の兵士だけではない。全国民、全ての資源、科学の力、あらゆるものを注ぎ込まねばならない。全ての要素の総和が戦力なのじゃ。」

 

 

 

※土日祝日、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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