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2018年8月31日 (金)

人生意気に感ず「空飛ぶ車の実現する社会。宮川選手のパワハラ問題。座間事件9人殺害の闇」

 

◇空飛ぶ車という夢のような話が実現化に向けて動き出した。誰もが車で空を飛ぶ時代がタイムスケジュールに乗り出した感がある。 

 2年後の東京五輪パラリンピックで、空飛ぶ車を使って聖火台に火をともす構想もあるらしい。政府は29日、「空飛ぶ自動車」の実用化を目指す官民協議会を開いた。

 

 空飛ぶ自動車は空中を走るから新たな道路の建設は必要なく、信号、地上の建造物など、既存のインフラに妨げられない。多くの課題を解決して安全な実用化の時代がくるに違いない。地上の自動車の無人化の技術も急速に進歩している。最近の電子技術などの進歩は目覚ましく、新たな産業革命の時代に入りつつある感すらする。

 

◇体操の宮川選手のコーチ暴力問題が関係者に深刻な衝撃を与えているようだ。パワハラ問題の難しい一面を示す例である。どのように決着がつくのか大変興味がわく。東京五輪パラリンピックが近づくにつれて難しい問題が姿を現す例なのか。

 

 体操の世界選手権女子代表候補の宮川紗江選手はコーチの暴力を伴う指導を認めた上で、体操協会のコーチの処分は重すぎると主張。「私は訴えていない」と言い、暴力行為は喝を入れるためと受け止めていた、現在も「何があっても一緒にやると決めている」という。

 

 協会は、暴力は暴力である、被害者の立場の申立の有無とは別である、「暴力の根絶を徹底したい」と主張。この点は筋の通った見解だろう。教育の場で体罰が禁じられ、体罰の定義とそれに当たるか否かがよく問題になるのと似ている。頭を叩く、髪を引っ張るなどが長い間繰り返されたとすれば、処分は止むを得ない。問題は「無期限登録抹消」という処分の重さである。仮にこの点が訴訟になれば、この処分が協会の自主裁量の範囲内か否かということになるだろう。この種の事件の解決の仕方は同種の問題の基準となり得るから慎重に、しかし明確な判断を下すべきである。

 

 また、宮川選手は協会からこの問題に関してパワハラを受けたと主張し問題がややこしくなっている。

 

◇9人殺害の座間事件が殺人罪などで一括起訴となる。白石容疑者につき責任能力を問えることが明らかになったからだ。自殺志願者の女性が次々に殺された不可解な事件で現代社会の不気味な病理と繋がっているようだ。(読者に感謝)

 

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2018年8月30日 (木)

人生意気に感ず「一杯やる。『へいわ』は核と原発。事故は人災。空飛ぶ自動車」

 

◇28日、久しぶりに夜友人と酒を飲んで歌った。私は朝が早い。普通、午前2時には起床して読書や原稿に向かう習慣なので、夜の誘いはなるべく断ることにしているが、この日はふるさと塾の塾生の誘いということもあり、腹を決めて二次会まで付き合った。

 

 翌日は、早朝から水曜日恒例の「へいわの講義」が8時半から行われるので、厳しかった。

 

 睡眠時間を短くしていつものようにブログを書き、「へいわ」の準備をした。これは手を抜いてはいけないと自分に言い聞かせている大切な仕事である。この日、第57回であった。

 

◇「へいわ」のテーマは「核と原発」であった。7月から8月にかけ、核をテーマにしたが、その中心は広島と長崎の原爆であった。原爆を終えて原発に移ったのは、原爆と原発は同根であるという強い認識に基づく。核分裂によって生じるエネルギーの平和利用が原発である。原発はコントロールを誤ると危険な放射能が発生する。福島第一原発事故は発生から7年以上経つが未だ終息しない。講義ではこのような流れの中で、事故は「人災」だったという国会事故調査委員会の検証結果を説明した。検証結果報告書には驚くべき事実が多く挙げられているが、この日は「最悪のシナリオ」を取り上げた。

 

◇時の首相は管直人であった。首相は事故直後、拡大する事故状況に対し、どこまで発展するかの予測をつくらせた。国民を守る使命をもつ首相として当然である。専門家たちは3日間徹夜でコンピューターを駆使させて結論をまとめた。それは正に衝撃的で、放射能の強い被害は250キロメートルにも及び、首都圏3000万人が対象になるというものだった。問題はこれを国民に知らせずに隠したことだ。

 

 政府は国民のパニックを恐れた。情報は誰のものか。国民のものだ。情報が提供されなければ国民は身を守ることが出来ない。結果は最悪の事態に至らなかったが、これは巨大災害に伴う情報官吏の極めて重大な根本的問題である。今後予想される南海トラフ型巨大地震に際し生じる問題でもある。「へいわ845」では今後、何回か福島第一原発事故に関する問題を取り上げる。

 

◇空飛ぶ自動車の時代に入りつつある。度胆を抜かれるとはこのこと。「空の移動革命」、「空飛ぶタクシー」、「東京を世界で最初のエアモビリティ都市に」と。正に夢の実現が近づいている。(読者に感謝)

 

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2018年8月29日 (水)

人生意気に感ず「地方議会の形骸化は民主主義の危機。日中友好協会の理事会。中国語講座」

 

◇地方議会の形骸化が進む。民主主義の原点は地方にあるから、これは民主主義の危機を意味する。来年は県議選の年である。私が県会議員の頃から、無投票当選の地区がかなりあった。来年の県議選も立候補者が少ないために無投票のところが多くできるのではなかろうか。市や町村の選挙に至っては一層深刻で、選挙を実現するために条例を改正して議員の定数を減らす所が各地で出始めている。

 

 形骸化とは形だけの議会を意味する。それは質の低下の姿でもある。選挙がなければ増々議会は活力を失い形だけになり、それは地方住民の不幸につながる。現在、地方には少子高齢化や災害の多発など難題が山積しているが、この解決には地方議会がぎりぎり頑張らねばならない。しかし形だけの議会にはその力を期待できない。

 

◇最近の全国の調査では、52%の地方議会の議長が、議員選挙の立候補者が減っていることを感じているという。その原因はどこにあるのかが問われている。単純ではないが、私は住民の関心の低さが第一だと思う。今日の社会で、多くの人は自分本位であり、進んで社会のために働こうという意欲を失っている。政治不信が加速しているが、政治から魅力が失われていることが拍車をかけ、悪循環に陥っている。住民の自覚が求められている。足下の出来ることから始めるより他はない。選挙の投票率が下がり続け、各地で50%を割っている。投票所に行くことから始めねばならない。「消滅自治体」という言葉は不気味である。それは、地方の自治体が泥舟となって沈んでいく不気味さがある。

 

◇昨日(28日)、日中友好協会の臨時理事会が開かれた。中国視察旅行の実施が議論された。私は会長として挨拶し、その中で中国の変貌ぶりは大変なものがあるから、それを肌で感じることの重要性を訴えた。現在、米中間の「貿易戦争」に世界の目が集まっているが、それは中国がアメリカに対抗し得る力をもって立ち現れたことを意味する。意義のある視察を検討して実現することになった。

 

◇日中友好協会が実施している中国語講座の修了式が昨日行われ、私は修了証を私ながら挨拶した。「言葉は中国を知る手段です。その実態を知るための中国語です。皆さんの努力が日中の有効と絆を生むことにつながります」と。(読者に感謝)

 

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2018年8月28日 (火)

人生意気に感ず「ハンセン病と“人権の礎”。国賠訴訟勝利との関係。私の小説“死の川を越えて”」

 

◇「人権の礎」を建立することになった。ハンセン病療養所栗生楽泉園自治会が「人権のふるさと」として、碑の建立を進める。自治会長は藤田三四郎さんである。楽泉園の納骨堂には2千余人の人々が墓もなく眠っている。この人たちの「生きた証」として「人権の礎」の碑を建立することには格別な意義がある。

 

 ハンセン病国賠訴訟という歴史的快挙を最も喜んだのは、これらの納骨堂に眠る人々に違いない。その霊に応えるためにも、碑の建立は楽泉園自治会の切なる願いであった。自治会長の藤田三四郎さんは現在92歳にして未だその闘志は衰えず人権の理想を目指す精神は清新である。私も「呼びかけ人」の一人になった。

 

◇この企画を何としても実現したいという思いで、私は過日福田康夫元総理を訪ね「呼びかけ人」の一人になって頂くことを懇請し快諾を得た。納骨堂に眠る多くの人々の歓喜の声が聞こえるようである。

 

 ハンセン病国賠訴訟に於いて、原告は熊本地裁で勝訴したが国は控訴の意思を固めていた。控訴されたらその先はどうなっていたか分からない。控訴断念を決意した人は時の総理大臣小泉純一郎氏で、当時の官房長官は福田康夫氏であった。

 

◇私の小説「死の川を越えて」には次のような場面がある。小説では首相は小林純一郎、官房長官は福原康夫として、草津の同志水野高明が首相にあて控訴断念を求めて手紙を書くのである。そこに至る会議である人は「控訴断念は無理だろう」と言った。これに対し正助は憤然として言った。「首相は自民党をぶっつぶすと言って政治の改革を訴えている。それに福原官房長官は群馬の人で人権感覚に優れた人だから重監房を国の恥、群馬の恥と思っているはずだ。何かここに可能性があるのではないか」。これに動かされて水野は手紙を書く決意を固めそれは福原事務所を通して届けられた。それには次のような訴えがあった。

 

「行政は国民の幸に奉仕するものです。だとすれば行政改革は硬直した行政に温かい血を通わせ人間を生かすものでなければなりません。控訴はこれに逆行するものです。私たちに残された人生はわずかです。どうかこの状況を救ってください。そのために天下に御英断を示されることを切にお願い申し上げます」福原長官の秘書官は首相がこの文を読んだと伝えた。(読者に感謝)

 

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2018年8月27日 (月)

人生意気に感ず「小説“死の川を越えて”が上下2巻の書に。草津楽泉園で講演を」

 

◇上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」が上毛から出版される。何回か校正を重ねて完成に近づいた。ハンセン病に対する差別と闘う人間ドラマで、連載は約1年に亘った。新聞連載は産経新聞(群馬版)に「至誠の人・楫取素彦物語」を一年間連載したのに続いて2回目であった。

 

 新聞でハンセン病を小説として正面から扱うには新聞社として勇気の要ることであった。ハンセン病の患者を書く視点によって社会の様々な反応が予想されたからである。

 

 私は上毛新聞の英断を傷つけることがないようにと決意して筆を進めた。難しい問題を易しく表現することを心掛けると共にドラマの展開を面白くするよう苦心した。

 

 物語は死の川の辺のハンセン病の集落から始まる。ここに万場軍兵衛という不思議な人物が書物に埋もれて暮らしていた。ある時、正助という一人の少年が軍兵衛を訪ね「人間として生きたい」と言った時、軍兵衛は「この集落にはハンセン病の光がある」と不思議なことを語った。

 

 この物語の展開は日本が歩んだ時代背景と不可分である。それは戦争の時代であった。日本は、中国大陸へ進出、日中戦争、そして太平洋戦争へと進んだ。それは個人の権利よりも国家目的を第一に考える軍国主義、全体主義の渦中であった。戦争遂行の妨げとなるハンセン病は国辱とされ、人権無視の隔離政策がとられた。その象徴が悪魔の牢獄重監房であった。軍兵衛たちは重監房の人を救うためにカツオブシを差し入れた。

 

◇時代は大きく転換する。開闢以来の敗戦を契機に人間尊重の日本国憲法が生まれたのだ。軍兵衛は死の床で「憲法を活かして国を相手に裁判せよ」と言い遺して世を去った。

 

 湯の沢集落には、元熊本帝大で人権を教えていた水野高明という人物がいた。水野は熊本県に住む元教え子から熊本地裁で始まった訴訟の情報を得ていた。草津の人々は軍兵衛の遺志を守り訴訟の勝利を目指して頑張る。物語の様々な動きは細流となって、国家の犯罪を追及する大河に合流する。

 

◇9月15日、草津楽泉園の中央会館で、「死の川を越えてを書き終えて」と題した私の講演会が開かれる。午後1時から3時まで。また、10月20日には愛知県の浄土真宗大谷派別院で同様な内容の講演が予定されている。(読者に感謝)

 

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2018年8月26日 (日)

小説「死の川を越えて」第110話

 

 万場軍兵衛は、指で文面を辿りながら話す。

 

「国は絶対隔離政策を進めている。絶対隔離とは生涯出さないことじゃ。優秀な国民を育成するためにハンセン病患者を消滅させようとしているように見えるというのじゃ。ある国立病院では断種まで行っているというのだ。恐ろしいことじゃ」

 

「断種となれば、正に生きるに値しない命は消せ、ではないですか」

 

「その通りじゃ。人権も人道も地に落ちたと言わねばならん。まかり間違えば、正太郎君もこの世に現われなかったことになる」

 

 正助は、黙って深く頷いた。

 

 政府は第一次世界大戦を通して、ドイツが総力戦で敗れたことを深刻に受け止めた。そこで、内務省に保険衛生調査会を設置、新たな衛生政策の方向を探った。この動きの中から、国民の体力強化を軸にした衛生政策への転換が図られ、結核、性病、ハンセン病、精神病などの対策が重視されるようになり、長期的に心身共に優秀な国民の育成が図られていく。ハンセン病については、放浪する患者の隔離から全患者の一生の隔離へと向かうのであった。

 

 このような政府及び医学界を主導した人が全生病院院長の光池剣助であった。光池は、ハンセン病患者の逃走を防ぐために、絶海の孤島に隔離せよと主張した。光池は、保険衛生調査会委員として離島を調査し、沖縄の西表島を最適と結論した。これには、さすがに政府は同意しなかった。それは、絶海の孤島であることの他にマラリアの蔓延地であったからである。結局、離島隔離の島は、岡山県、内戸内海の長島に実現することになった。光池は、ハンセン病に関しては最高の権威であったが、絶海の孤島でマラリア蔓延の地を選ぶことに、人命と人権を無視する姿勢が現われている。学者たちは、光池の権威に抵抗出来なかったが、ほとんど唯一人、小河原泉は自身の信念を貫こうと最大限努力した。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年8月25日 (土)

小説「死の川を越えて」 第109話

 

「人間も資源ですね」

 

「人的資源というではないか。最も重要な資源じゃ。そこで問題がある。人間を大切にしない国柄のところでは、人間を勢い物質と見ることになる。人間を消耗品と考えるから悲劇が始まるのじゃ」

 

「つきつめると、戦争に役立たぬ人間は不要ということですか」

 

「恐ろしい。戦争は人間をそこまで追い込むことになる。カールさんの訴えたことを肝に銘じなければならぬ。ところでな、日本がいよいよ危い方向に動き出しているように思えてならぬ」

 

 万場老人はそう言って、書類の袋を取り上げた。

 

「お前は、小河原泉という学者の名を覚えているか」

 

「はい、先生。忘れてなるものですか。俺がシベリアの時、さやがこずえさんと京都大学を訪ねて貴重な意見を聞いた人です。お陰で女房は勇気をもらって正太郎を産んだんですから、俺たちの恩人です」

 

「そうだな。わしは、さやさんたちから小河原先生のことを聞き感動した。そして、礼状を書き、その後も時々正太郎君のことなどを報告してきた。また、小河原先生からも時々手紙を頂いた。これは先生から届いたものじゃ」

 

 万場老人はそう言って、封の中から書類を取り出した。正助は何事かと老人の手元をじっと見つめた。

 

「学界で孤立しながらも信念を貫いておられる。ハンセン病は治らない病ではない。感染力は非常に弱い。この信念で、日本でただ一カ所、京都大学が外来の診療をやっておる。先生は、この湯の沢のことを大変注目しておられる。この山奥から京まで、女がお腹の子の運命に関わることを相談に行ったのだから先生としても忘れられない出来事らしい。その後、正太郎君がすくすくと成長していることを我が事のように喜んでおられるのじゃ。その小河原先生が日本の現状を大変心配されておられるのがこれじゃ」

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年8月24日 (金)

人生意気に感ず「台風の季節。米中貿易戦争。電気自動車の時代。中国の変貌」

 

◇台風の季節に突入し、早くも19号、20号となった。毎回のように襲われる西の地域は気の毒でならない。群馬は大丈夫と言われて久しいが、そうでもない状況がやがて来るに違いない。台風といえば、米中の貿易戦争も世界を巻き込んだ台風に似ている。どこまで続くのか。古来、日本は台風には慣れている。この人間界の新たな台風に日本の企業は耐え抜かねばならない。

 

 米中の火花が激しくなることと、中国が日本に接近することは関係あるように見える。中国はしたたかな国だから、対米の戦略の一つとして日中の関係改善を考えているに違いない。日本は、経済の分野では経済の理論でうまくしたたかに動けばよいと考える。

 

◇電気自動車の時代が加速に向かっている。そんな中、中国との関係で次世代充電規格の統一に乗り出す企画が報じられている。

 

 中国は世界最大の電気自動車の市場である。日本発の自動車向け急速充電規格普及を担うチャデモと中国の業界団体が新たな充電の統一規格をつくる。その結果、シェアは世界の9割を超える。この事態に乗ることにより日本からの電気自動車や関連部品の輸出が増えるだろう。

 

 日本側は充電器の技術やノウハウを提供するという。新規格が実用化するとトラックなど大容量電池を容易に充電できる。更に複数の車を同時に充電でき、充電の時間を減らすなどの技術改良や、コスト低下などにも道が開けるだろう。

 

◇中国の変貌ぶりには目を見張らされる。かつて自転車の海のような光景が見られた。それが政策転換によりあっという間に世界の工場となり、そこから技術を吸収してハイテク国家を目指すまでになった。一党独裁の国家では号令一下目標に向かって奔流のような動きが出来る。十四億の国民の中にある格差や不平等がこの動きを加速させる要素になっている。

 

◇この暴走ともいえる中国の動きの先にトランプの米国が立ちはだかった。これが米中貿易戦争である。この貿易摩擦は間もなく終わるに違いない。長いスパンで考えた場合、米中の対立はどうなるか。アメリカの衰退は明らかであるが、中国には発展途上国としての強みがある。一帯一路を掲げ、巨竜はどこまで走るのか。米中の対立は民主主義と全体主義の対立でもある。間にあって日本の役割は大きい。(読者に感謝)

 

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2018年8月23日 (木)

人生意気に感ず「高校野球を振り返る。魔法の言葉。中国大使館に友情と絆」

 

◇高校野球が終わると秋が来る。これは長く続く日本の情景である。今年の高校野球、そして夏を私は特別の思いで振り返る。異常な酷暑だった。それにも拘わらずスタンドは超満員。暑さを跳ね返す球児の活躍は日本中の人々の胸を打った。

 

 高校野球百回記念を飾るにふさわしいドラマが随所に見られた。大阪桐蔭の春夏連覇と秋田金足農の活躍は甲子園の歴史に長く刻まれるに違いない。特に公立金足農という東北勢の健闘は深い意味をもつ。私は時々群馬の勢多農を連想しながら観た。金足農の選手たちは全員が秋田県内中学の出身者だった。

 

 全国から優秀な球児を集める私学のチーム作りは「勝利至上主義」を連想させる。秋田の人たち、否全国の高校野球ファンが産地直送の本物に爽やかな感動を覚えたに違いない。103年ぶりと言われる金足農の快挙は、地方の時代の象徴でもある。テレビで、秋田の女性が「胸を張って秋田駅に帰ってきてください」と言っていた姿が象徴的であった。

 

◇済美高校の逆転劇と同校の校歌に感動した。「やればできるは魔法の合言葉、腕をとり肩を組み信じてみようよ、素晴らしい明日が開けるから、力いっぱいこの時を生きよう」

 

 逆転ホームランで奇跡の勝利をつかんだとき、生徒たちは魔法の合言葉を実感したに違いない。どんな学校なのだろうか。野球以外の学校の光景を窺ってみたい。

 

◇昨日(22日)、赤坂の福田康夫元総理の事務所を訪ねた。虎の門から最近赤坂に事務所が移ったばかりである。いくつか重要なお願いがあったがいずれも真摯に耳を傾けてくれ快諾を頂いた。

 

 メインのものは群馬県日中友好協会に関することであった。私たちは中国大使館の中庭に立派な五葉松を植えた。日中平和友好条約40周年を記念した植樹であった。その根元に石を置き、「友情と絆」の文字を刻むことになった。文は私であるが書くのは協会最高顧問で元総理の福田さんにお願いすることになったのである。9月の後半の日に、程中国大使もいれて盛大な除幕式を行うことになった。

 

 中国は現在大きく変貌を遂げつつある。日中の関係は極めて重要で日本の役割は重大である。真の「友情」は常にイエスマンであることではない。時には言いづらいことも言わねばならない。それによって真の「絆」が生まれる。(読者に感謝)

 

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2018年8月22日 (水)

人生意気に感ず「スポーツ界の不祥事はどこまで。外国での買春行為。障害者雇用の水増し」

 

◇スポーツ界の不祥事はどこまで続くのか。ジャカルタのバスケットアジア大会での出来事である。男子代表の4選手が公式ウエアを着て夜の歓楽街で買春行為をしたことが明らかになった。日の丸を汚す破廉恥な行為である。日の丸を汚すとは、スポーツだけでなく日本と日本人の名誉と誇りを踏みにじることを意味する。

 

 私は日頃から、多くのアジアの留学生に接する立場にあるが、彼らは日本を礼節の国と見て尊敬している。日本の現状を知る者としては、「礼節の国」と言われることには、彼らの買い被りを警戒する思いもわく。日本の代表選手がジャカルタで買春したニュースを知ったら留学生たちは二度と「礼節の国」とは言わなくなるのではないか。日本の代表選手4人の意識の底には「旅の恥はかき捨て」及びアジアの後進国を軽視する価値観があったかも知れない。

 

 スポーツ界の不祥事の連続には驚くばかり。例えばカヌーではライバルに禁止薬物を服用させる事件、レスリングのパワーハラスメント、そしてボクシングでは助成金流用と反社会的勢力との交際等である。

 

 これらはスポーツ界が享楽の世界の中で、それに害されている姿である。今回のバスケット選手の買春行為は、志を忘れた日本人が享楽と歓楽の罠にはまった事態である。

 

◇このような不祥事にまみれたスポーツ界で青空に光を放った存在が高校野球だった。それは百年の節目を飾るにふさわしく、甲子園球場には百万を超える観客が訪れ、日本中を感動させた。それは本物がもつ魅力であり、不祥事の中での救いであった。五輪が近づく今、スポーツ界はその原点に立ち返って再生を期すべきである。高校野球はその原点である。逆転劇で天下を沸かした済美高校の校歌に「やれば出来るは魔法の合言葉」という一節があった。

 

◇中央省庁の雇用障害者水増し問題は重大である。このところ、賄賂問題をはじめとした不祥事で、行政に対する信頼が大きく失われつつある時にこの水増し問題である。数字を水増しすることで、障害者の雇用機会が奪われた可能性が生じている。単に数字上の問題ではない。障害者を軽視する姿勢の現われではないか。今、障害者が胸をはって生き生きと生きられる社会を目指すべき時、これに冷水をかけ逆行する動きである。(読者に感謝)

 

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2018年8月21日 (火)

人生意気に感ず「荒畑寒村10巻を買う。谷中村滅亡史。幸徳秋水の死刑」

 

◇つい先日、荒畑寒村著作集全10巻を煥乎堂古書部で購入した。箱入りの新品状態で定価通りなら2万4千円のものを一冊600円ということで6千円であった。古本漁りは面白い。私の少年時代からの趣味である。

 

 荒畑寒村は熱血清冽な社会主義者であった。大逆事件で処刑された幸徳秋水や管のすが等と交流があったが、私が特に関心を抱くのは田中正造との関係である。寒村が弱冠20歳の時、政府の谷中村強制収容に痛憤して一気呵成に書き上げたのが「谷中村滅亡史」であった。20歳の筆先に遠慮などはない。刃から血がしたたるような容赦のない攻撃振りのこの書は発行と同時に発売禁止になった。この谷中村滅亡史は著作集第一巻に収められている。そこでは、後に復刻出版された時のことを56年ぶりに死児に再会するようだと語っている。

 

 私は、現在田中正造に打ち込んでいるが、資料として岩波文庫版を寒村の熱血に衝き動かされるように一気呵成に読んだ。

 

 田中正造が帝国議会で鉱毒問題で政府を追及したのは日本の運命がかかった大変な時代であった。田中正造は、住民運動でも議会活動でも鉱毒被害の解決に道が開かれないことに失望して一大決心する。それが明治天皇に対する直訴である。議会を辞し、妻に別れの手紙を書き、決行に及んだのは1901(明治34)年のことであった。直訴状を書いたのは社会主義者幸徳秋水であった。

 

 この時、進んでいた日本の運命を左右する大事件とは日露戦争である。その開戦は直訴事件のおよそ3年後、1904(明治37)年であった。政府の指導者とすれば、世界最強の陸軍国ロシアとの戦いが遥かに重要である。田中は「鉱毒によって国民の命を奪う政府に、国民に戦争に命を捧げることを強制することはできない筈だ」と絶叫した。

 

 そして、幸徳秋水や荒畑寒村等社会主義者は日露戦争に反対であった。でっち上げと言われた大逆事件はこのような状況で、1910(明治43)年に起きた。政府は戦争に反対する社会主義者を根こそぎにする狙いであった。

 

 荒畑寒村と結ばれていた管野すがは大逆事件に連座して処刑された。30歳であった。一方荒畑寒村は94歳まで生きた。彼は91歳の時、モンブランを訪れて「名にしおう、ユングフラウの立ち姿、わが初恋の女に似たりし」とうたった。気高くそびえる高峰に管野の姿を重ねたのか。(読者に感謝)

 

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2018年8月20日 (月)

人生意気に感ず「玉音放送と平成天皇のお言葉。岩田亀作さんはニューギニアで終戦」

 

◇今月のふるさと塾は73年前の8月の出来事を中心に取り上げた。8月15日の昭和天皇が終戦を告げるお言葉は国民にとって正に晴天の霹靂で、日本人の心に異常な衝撃を与えた。

 

 それまで、天皇は雲の上の存在で、天皇の声を聞いた一般国民はいない。8月15日の朝、各紙は号外、または特報で次のように報じた。「今日、正午に重大放送が行われる。眞に未曽有の重大放送であり、一億国民は厳粛に必ず聴取せねばならない」

 

 終戦を告げることを予想した国民もいたが多くは固唾をのんでその瞬間を待ち受けた。

 

 塾生には知らせていなかったが、特別の人を招き終戦を当時どう受け止めたかを語ってもらった。地獄の戦場からの生還者岩田亀作さんである。前日に打合せを行った。

 

◇73年という歳月は特別の意味を持つ。あの戦争を知り、天皇のいわゆる玉音放送を聞いた人の多くはこの世を去りつつさるからだ。戦争を風化させてはならない。戦争の悲惨さを受け継ぐことが平和を守るために第一に大切なことである。

 

◇私は73年前の昭和天皇の言葉と今年の平成天皇の言葉を結びつけて受け止めることが大切だと語った。

 

 昭和天皇は「堪え難きを堪え忍び難きを忍んで万世のために泰平を聞かんと欲す」と述べた。「万世のための泰平」は永久の平和を意味する。つまり昭和天皇のこの言葉は堪えるのが難しいことも堪えて永久の平和を築いていくという決意を示したのだ。これに対して平成天皇は。お言葉で「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、(中略)今後戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」と述べられた。両天皇のこの部分を見れば、平成天皇は昭和天皇の平和のバトンを受け取って「長きにわたる平和な歳月」を続けてきたことを訴え、更に次代につなげようとしていることが窺える。私はこのように塾生に話した。

 

◇岩田亀作さんは、昭和20年8月のことを語った。それによると8月15日には未だニューギニアだった。四日後の19日、部隊長が終戦の詔書を伝えた。敗戦を知り、皆呆然となり、自決した者もあった。10日間かけて日本に着いたが、その間十数人が亡くなった。前橋駅に着くと赤城山、榛名山がよく見えた。このようなことをしっかりとした口調で語った。塾生から百歳を祝した花束を贈られ嬉しそうだった。(読者に感謝)

 

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2018年8月19日 (日)

小説「死の川を越えて」第108話

 

 正助たちは、キリストの生涯に始まって、ローマ帝国の権力と闘う人々の歴史に次第に引き込まれていった。海を囲むという壮大なローマ帝国、それを支配する強大な力、諸民族の戦い。正助は、時と空間を超えた人間のドラマに息をのんだ。目をつむるとゴルゴタの丘で十字架にかけられ槍で刺されるイエスの姿が目に浮かんだ。正助には、ローマ帝国の強大さと重なってイエスの存在が大変重いものに感じられた。リー女史は、イエスの死は、1900年も前のことだが、その教えは不滅だと言った。リー女史がイエスを語り、それに心を揺さぶられる自分がいる。この事実こそリー女史の話が絵空事でないことを雄弁に物語っていると思えた。

 

 ある時、正助はさやとこずえに向かって言った。

 

「俺の胸にはどうやら小さなイエス様がお住まいになっておられるようだ」

 

「まあ」

 

 2人は同時に叫んだ。

 

「私たちも同じなの」

 

 さやがこずえを見ながら言うと、こずえは大きく頷くのであった。

 

 ある日正助は万場老人を訪ねて言った。

 

「先生、朝鮮人の虐待を見ていると、カールさんの言ったドイツの恐い話は日本でも起こりそうな気がしてなりません」

 

「うむ。わしも同じ思いなのじゃ。日本が危ない方向に向かっておる。そのことがハンセン病対策に現われておる。お前は、今回の世界大戦に参加し、従軍して大陸に渡った。日本は戦場にならなかったが、シベリアに行ったから戦争の地獄が分かったであろう」

 

「その点、カールさんのドイツは大変だったのでしょうね。国が戦場になり、その上敗戦だから」

 

「今度の戦争の特色は総力戦ということじゃ」

 

「総力戦とはどういうことですか。これまでの戦争とどう違うのですか」

 

「文字通り国の総力をあげた戦いということじゃ。戦場の兵士だけではない。全国民、全ての資源、科学の力、あらゆるものを注ぎ込まねばならない。全ての要素の総和が戦力なのじゃ。」

 

 

 

※土日祝日、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年8月18日 (土)

小説「死の川を越えて」第107話 

 

正助も、さやも、こずえも、リー女史の輝くような瞳に圧倒された。目の前の女史は老女ではなく、若く美しい西洋の女に見えた。3人はリー女史に神が乗り移ったと見て、神とはかくも不思議なものかと呆気にとられたのであった。

 

 リー女史は3人の表情に頷きながら静かに語り出した。さやは、以前、岡本女医がイエスについて話したことを思い浮かべながら耳を傾けた。

 

「お聞き下さい。今から1900年も昔のことです。西洋の世界はローマ帝国の支配下でした。その帝国の片隅でイエス様はお生れになりました。帝国には多くの奴隷がおり、その他にも虐げられた多くの人々がおりました。ユダヤの民もその一つで、イエス様はユダヤの民に属しておりました。イエス様は隣人を愛しなさいと人々に説きました。皆様、この意味をどうお考えになりますか」

 

 リー女史は微笑みながら問いかけるのであった。

 

 こずえがそれに答えた。

 

「人間はいつも動きますね。だから隣人は決まった人のことではないと思うの。誰が隣りになっても隣人だとすれば、隣人とは全ての人を意味するのではないかしら。貧しい人も病の人も、ハンセン病の人も」

 

「おう、ワンダフル。あなた大変賢い。その通りです。隣人を愛せよとは、全ての人を愛しなさい、人種も上下の差もなく、人間は皆同じように大切という考えです。イエス様はローマに逆らう者だと密告され、ゴルゴタの丘で磔(はりつけ)になりました。しかし、イエス様の考えは不滅です。私たちは、イエス様は復活され、その考えを訴え続けたと信じています。私は遠くイギリスからこの国にやって参りました。海を越え幾つもの国を越え、言葉も違う国に来て、病と差別に苦しむ皆様を知りました。皆様は隣人です。私はこずえ様の言葉で、今改めてイエス様の隣人を愛せよの意味を噛み締めております。私は皆様のお陰で、ここにイエス様がいらっしゃることを感じております」

 

 リー女史が少女のように高揚する姿を見て、3人も神の雰囲気に知らぬうちに浸っていた。

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年8月17日 (金)

人生意気に感ず「水素社会の到来。スポーツの闇、今度は居合道か」

 

◇広島、長崎の原爆投下が訴える問題は原発のない国の実現でもある。原爆と原発は同根の問題である。福島第一原発事故は7年が経過したが未だ終息しない。原発のエネルギーを極力少なくは、今時代の大きな潮流である。

 

 私が代表を務める「MIRaiZ」は、最近新エネルギーを取り上げたが、「水素」は新エネルギー源として注目すべき存在である。

 

 今、私たちが期待するのは福島県で進められている世界最大級の水素製造工場である。予定の場所は福島第一原発の近くであり、別の原発建設予定地であった。東北電力は住民の反対で遂に原発を断念した。私たちは、着実に近づきつつある水素社会の先がけとして、この構想に注目する。

 

 具体的な構想は次のようなものである。東北電力が原発建設のために確保した広大な用地の一角。19年度中に完成予定の工場で作られる水素は燃料電池車一万台が一万キロ走れる量だという。

 

◇国は日本のエネルギー政策として、水素を本格的に利活用する「水素社会」の実現に向けた取り組みを加速させることを決定した。(2014年4月11日閣議決定)

 

 この動きに基づいて、産学官からなる水素・燃料電池戦略協議会が作られ水素社会の実現に向けた取り組みの目標が時間軸の上で示された。また環境政策では温室効果ガスの削減を最大限追及する主要な対策として「水素社会」の実現が位置付けられた。

 

◇水素エネルギーは、エネルギー安全保障と温暖化対策の切り札であり、世界に先駆けて水素社会を実現させるため政府は一体となって取り組むことにしている。(第193国会における安倍総理の施政方針演説)

 

 このような国の政策は地方の動きに影響を与えている。その例が浪江町の水素工場であるが、県として全力を挙げて取り組もうとしているのが山梨県である。山梨県は、2030年度の水素エネルギー社会の実現に向けてロードマップを作り具体的に取り組んでいる。

 

◇スポーツ界の不祥事が続く。今度は全日本剣道連盟の「居合道」部門で最上位の八段への昇段審査で多額の現金が動いていたという。侍の武道よ、お前もかという感を抱く。この問題は他の分野に波及するのではないか。(読者に感謝)

 

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2018年8月16日 (木)

人生意気に感ず「原爆慰霊式に出た。草津の橅に泊まる。天皇のお言葉」

 

◇8月15日、嶺公園の原爆慰霊式に出た。初めてのことである。私の参列に驚く人もあったようだ。深い緑に囲まれた空間であるがねっとりと暑い。紹介されると聞かされていたが、意外にも挨拶の機会が与えられた。私は、広島・長崎の平和式典で語られたメッセージを引用して、その平和への思いを自覚し共有することが必要だと述べた。実行委員長の角田さんは式典終了後、私の手をとって「こういう時代ですから立場を超えて協力しましょう」と言った。

 

 牧師による献奏があり、参加者全員で歌を歌った。その歌の中に「夾竹桃は咲いたけど」及び「ヒロシマの有る国で」があった。

 

 原爆の放射線のために草木も育たないといわれる状況で最初に咲いたのが夾竹桃だった。「夾竹桃は咲いたけど眠った人は帰らない」と参加者は口をそろえて歌った。「ヒロシマの有る国で」はかつて慰霊祭で、美空ひばりが歌ったという。今年のように暑い夏で、暑さを気遣う人にひばりは焼かれて死んだ人のことを思えば、と言って暑さの中で歌ったという。参加者の声は森の緑にこだまして人々は暑さを忘れたようであった。

 

◇13日、かねての予定に従って草津の旅荘で長男周平と一泊を楽しんだ。小さな宿は、滋養の旅「橅」(ブナ)である。私が関わった劇団ブナの団員が始めたものである。静かで深いおもてなしは都会の喧騒を忘れさせた。

 

 女性経営者と昔のことを懐かしく話した。岩田亀作さんのニューギニア体験を広い会場で披露したことがあった。私の著書「今見る地獄の戦場」を亀作さんの体験を交えながら、この女性が朗読した。あの亀作さんが今年百歳となり、19日の「ふるさと塾」に登場すると話したら、彼女は「まあー」と瞳を輝かせていた。

 

◇激動の平成の終わりを象徴する出来事、それが「終戦の日」の天皇のお言葉だった。来年4月末の退位で平成の元号も変わる。次は平成天皇としての最後のお言葉の主要部である。「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と。一語一語に象徴天皇としてのぎりぎりの思いが刻まれていることを感じた。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年8月15日 (水)

人生意気に感ず「長崎平和記念式典と若者。国連事務総長グレーテス」

 

◇グレーテス国連事務総長が平和式典に参列した。長崎の平和記念式典に国連トップが参列するのは初めてのこと。この人はポルトガルの出身で、ポルトガルと日本の繋がりは5世紀に及ぶと述べた。鉄砲伝来(1593年)やザビエルの日本布教(1594年)を指しているのだろう。ザビエルの布教活動がきっかけで、特に九州でカトリックが広まった。長崎は特にカトリックとの関わりが深い。カトリックの遺跡が世界遺産に登録された程だ。神はこの地に原爆が投下されることをなぜ許したのか。

 

 グレーテス氏は、核に対するリスクが大きくなっていると懸念を表明。ノーモアナガサキ、ノーモアヒロシマと言い続けなければと語った。

 

◇長崎の記念式典が少年少女たちの動きに注目した。市長は、長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名運動は高校生の発案で始まったことに触れ、若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っていると訴えた。

 

 その通りだと思う。現在、若者の政治離れ、そして社会問題への関心の低さは深刻で憂うべきことである。各地で選挙の立候補者が少なく民主主義の危機が叫ばれている。

 

 若者の自主的な行動という点では、平和式典の「人間の鎖」も注目される。「原爆投下中心地碑」を多くの高校生が手をつないで囲んだ。中にはハワイの高校生2人もいた。若者たちの胸にはこの時何があったか。様々な地獄の資料と結び付け、ここで骨や肉が溶け、泣き叫びもだえ苦しむ人々の姿が描かれたことだろう。ハワイの高校生は「二度と起こらぬよう若者が団結し、凄く力強く感じた」、「罪なき人々の人生が原爆で強く影響を受けたことを家族や友人に伝えたい」と話していた。現代の若者たちに理想を求め、不正に怒る心がないのではない。心の扉は内から開かれるという言葉の通り、彼らをその気にさせる状況をつくることが重要なのだと思う。広島や長崎の若者、そこから離れた地の若者、皆同じ血が流れている。これは世界にもいえることである。長崎市長が「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を市民社会の力で広げようと訴えたことが、この日に紹介された若者たちの行動と結びついている。彼らの行動は正に民主社会力であり、平和の文化の動きなのだ。(読者に感謝)

 

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2018年8月14日 (火)

人生意気に感ず「長崎の原爆と市長の訴え。非核化の新しい動き」

 

◇昭和20年8月9日午前11時2分だった。原爆投下の第一目標地は小倉であった。雲の状況で視界が悪かったために長崎の投下となった。

 

 田上富久市長は平和宣言の冒頭で原爆の惨状を訴えた。「真夏の空に炸裂した一発の原子爆弾により長崎の街は無惨な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるもの全てが焼き尽くされ、廃墟と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と身体に深い傷を負い、今も放射線の後遺症に苦しみ続けています。原爆は人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです」

 

 核廃絶を求める高慢な理論も、市民が現実に被った残虐な現実の上に成り立つ。それ故に市長は平和宣言をつくるのに、この現実を如何に表現するかに苦心し、またそれ故にこの部分を冒頭に置いたに違いない。

 

 田上市長のこの部分の訴えには胸に響くものがあった。これに続くいくつかのポイントは市長が挙げた冒頭の被爆の実態を想像しながら聞くことによって、その意味が納得できた。

 

 そのいくつかを以下にあげたい。①73年たった今も世界には1万4950発の核弾道が存在している。しかも核兵器は必要だと平然と主張し核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに被爆地は強い懸をもっている。②朝鮮半島の新しい動き、つまり後戻りすることのない非核化が実現することを被爆地は大きな期待をもって見守っている。日本政府はこの絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向け努力して欲しい。③長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は高校生の発案で始まった。④市民社会こそ平和を生む基盤。「戦争の文化」でなく「平和の文化」を市民社会の力で世界中に広げていこう。⑤東日本大震災の原発事故から7年経過した今も放射線の影響は福島の人々を苦しめている。長崎は福島の人々を引き続き応援していく。これら5つの点はいずれも深い意味を持つ。若い力、平和の文化、福島原発との関係、これらを「へいわ」の講義で取り上げるつもりだ。長崎はカトリックの縁の地である。(読者に感謝)

 

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2018年8月13日 (月)

人生意気に感ず「広島の記念式典と自国第一主義。子ども代表の訴え」

 

◇8月6日、今年も広島の平和公園で記念式典が行われた。市長の訴えと2人の子ども代表の言葉を私は特別な思いで聞いた。

 

 松井市長は、惨状を訴える。目も眩む一瞬の閃光。100万度を超える火の玉から発する強烈な放射能と熱線、猛烈な爆風。人が焦げる臭気の中を赤い肉をむき出しにして亡霊のようにさまよう人々、と。

 

 次に市長は今日の世界情勢に触れた。一つは現在、自国第一主義が台頭していること。もう一つは、朝鮮半島の緊張緩和である。今後対話によって平和裏に緊張緩和が進むことを願うと訴えていた。

 

 自国第一主義はトランプの出現によって慌かに緊張の事態となった。北朝鮮、中国、ロシアはもともと独裁の国で自国第一主義だから驚くに当たらない。問題はアメリカなのだ。自由と民主主義の元祖として世界を指導していたアメリカが突然アメリカファーストを露骨に叫び出したのだから大変である。広島市長は、アメリカの姿を指し、世界に偏狭なナショナリズムが広がることを恐れているに違いない。

 

 広島の原爆の元である第二次世界大戦はこの偏狭なナショナリズムによって起こされた。歴史は繰り返す。最近の世界情勢は危険なものを漂わせている。記念式典は、このことを訴える最適の舞台なのだ。

 

◇2人の子ども代表の姿は印象的で私の心を打った。6年生の新開美織さんと米広優陽君。2人は「助けて」、「うちの息子はどこ」と叫ぶ人々を挙げ「広島は赤と黒だけの世界になったのです」と訴えた。そして「苦しみ、憎しみを乗り越え、平和な未来を造ろうと広島の人々は懸命に生きてきました。私たちはそれを伝える伝承者になります」と。

 

 この子どもたちが訴える「憎しみを乗り越える」の意味は大きい。憎しみや怨みが世界中で争いの原因となっている。地獄が展開された現場から発する少年少女たちの魂の叫びは平和のメッセージとして全世界に広がったことであろう。平成の時代が終わる。平成最後の広島の平和式典のメッセージであった。今年の酷暑はかつてないものである。これは73年前の火の玉の熱さを忘れるなという天の声かもしれない。

 

 アメリカファーストを叫ぶトランプ大統領はこの平和式典をどんな思いで見ていたのだろうか。戦争の足音が遠ざかり、また近づく。(読者に感謝)

 

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2018年8月12日 (日)

小説「死の川を越えて」 第106話

 

「その意味が山田屋で初めて分かった気がするの。神様の命令と思っていらっしゃるのね。異国の神様って分からないけど何か凄(すご)い力なのね」

 

「俺もそう思うんだ。俺はシベリアで大変な体験をした。撃たれて土に埋まって、もう駄目だと諦めた時に救われた。今思い出しても身の毛がよだつのは海底洞窟だ。今振り返ると神様に救われたと思えてならない。さや、俺は、あの日から心にかかっていたのだが、リーさんに近づいて神様のことをもっと知ろうと思うのだがどうだろう」

 

「まあ、あなた」

 

 さやはそう言って、大きく見開いた目で正助を正視した。

 

「実は私も同じことを考えていたの。あなたのいない時、お腹の正太郎を産むかどうか大変迷って聖ルカ病院のクリスチャンの女医先生に相談しました。先生は京都大学の小河原先生を紹介して下さいました。私は、こずえさんと京都大学へ行き小河原先生を訪ねてその教えを聞いて産む決意をしました。今振り返ると神様の力が働いたような気がしますわ」

 

「2人とも不思議な体験をしたのだね」

 

 さやは頷きながら袂(たもと)に手を入れた。拳に何かが握られている。

 

「実はあなたに言い出せないことがありました」

 

「いったい何だい」

 

 正助は不思議そうな顔をしてさやの目を見た。さやは頷いて拳を開いた。

 

「あっ」

 

 正助は思わず叫んだ。さやの手に小さな十字架が光っている。

 

「明霞さんが私とこずえさんに、御守りにと言って下さいました。大切にしてね、御縁があるといいわねと言いました。そして明霞さんはそっと、首にさがる同じような十字架を見せてくれました。おそらく明霞さんはこの神様を信じているのよ」

 

「そうか、そうだったのか。明霞さんがこずえさんとお前に・・・」

 

 そう言って、正助は感慨にふける様子であった。

 

 ある日、正助夫婦とこずえはリー女史と会っていた。

 

「先生、先日の山田屋ではお世話になりました。あんな感動は初めてです。新しい世界を見た思いです」

 

 正助がこう言うとリー女史は表情を一変させた。

 

「まあ、私こそ、とても感動でした。皆様とイエス様を囲むことが出来たのですもの。教会でないところで、教会を実現出来たなんて。奇跡です。私の胸、今もドキドキです」

 

「私たち、今日、あなたの神様をもっと知りたくてやってきました」

 

「おお、ワンダフル。なんと素晴らしいこと。あなたたちの上にイエス様の姿が見えるようでございます」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年8月11日 (土)

小説「死の川を越えて」 第105話

 

 カールは開いた両方の手のひらを前に出して重大さをジェスチャーで示した。正助が頷いた。「それは恐ろしい思想の基礎となっているファッシズム、日本では全体主義と言いますね。人間の権利や自由を否定し国家を最高目的にし、1人1人の人間は国家に従属し奉仕しなければならないとする思想です。国家が間違った方向に進む時も、1人1人の人間はお国のために従属し奉仕しなければならない。国の目的が第一。1人1人はそのためにあるから犠牲になってもいいとなります。先程、ご老人がおっしゃいました。人間は1人1人が大切、国の役割はそれを守ること、国は弱者を守るためにあると。その通りです。ファッシズム、全体主義はこの逆です。今のイタリア、ドイツがそうなのです。だから国が大変な時に、生きるに値しない命などという思想が出てきます。どうか分かって欲しいです」

 

 ここでまた万場老人が手をあげた。

 

「わしの先の発言が取り上げられた。嬉しく思う。そこでまた、一言いわせてもらうぞ。国が間違った道に入って、にっちもさっちもいかなくなって引き返せなくなったら、我々は国のために命を賭けなければならなくなる。そうならぬようにすることが重要なのじゃ。軍国主義の独裁政治では、国民が関わらぬところで、政治の方向が決められていく。現在の日本を見て、わしはこのことを痛切に心配しとるのじゃ」

 

 万場老人が沈痛な表情で言った。正助は老人の話が理解出来たので、老人を直視して大きく頷いた。 

 

 

 

一、 神との出会い

 

 

 

山田屋の出来事は、人々に感銘を与え、それは一人一人の心に根を下ろしていった。新たな出会いと発見を人々がそれぞれの立場で受け止めた。人間とは何か、国家とは何か、神とは何か、これらを今まで人々は深く考えたことがなかった。これらは俄かには消化し難い難問であったが、人々は今、理屈を超えた力を感じて真摯(しんし)に向き合おうとしていた。

 

 ある日、正助はさやに言った。

 

「カールさんやリーさんの偉さと大きさが分かったな。あの人たちは、国境も人種も超えて人間を救うために命をかけているんだね。俺は目の前が大きく開けた気持ちだよ。さや、お前はどう思っているの」

 

「私も同じ思いなの。リー先生の偉さが初めて分かりました。イギリスの偉い生まれで大変な財産をお持ちで、それを湯の沢のことに全てつぎ込んでいると聞きました」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年8月10日 (金)

人生意気に感ず「へいわの講義で核を。8月5日の前橋、6日の広島」

 

◇8日(水)、「へいわ845」54回目のショート講義のテーマは「核」で、その2回目。私はマンハッタン計画の発端から話した。アインシュタインが物理学者を代表してサインしてルーズベルトに提案した核の製造計画である。アメリカはナチスに先を越されることを恐れ、この提案を容れて膨大な予算を注いで取り組んだ。昭和20年7月16日、2個の原爆実験に成功。しかし当初目標にしたドイツは既に2カ月程前無条件降伏していた。あとは日本のみとなった。そして、日本の敗色は濃く各地はB29の攻撃に晒されていた。

 

 完成した原爆は早くも7月26日太平洋上のテニアン島に運び込まれた。日本は風前の灯であったが、原爆のことを知らぬ日本軍の一部は本土決戦を本気で考えていた。

 

 そしていよいよ運命の8月である。ここで私は「今年の夏は観測史上例がない暑さであるが、73年前の8月は更に熱い焦熱地獄であった」と述べ、そして次のように語った。「8月5日前橋空襲。翌6日に広島に、9日長崎にそれぞれ原爆が投下されました」

 

 ここで私は次のように話し、人々の気持ちを盛り上げようとした。

 

「8月5日、皆さんは73年前の前橋空襲についてどの位の被害が発生したかご存知ですか。夜10時半、92機のB29が約2時間にわたり空襲し、前橋は炎によって焼き尽くされ廃墟になりました。死者は535人でした。当時4歳であった私は、母に手を引かれ前橋公園の防空壕に逃げ込んだ時のことを鮮明に覚えています」

 

 翌朝、前橋の街の光景は一変し、見渡す限り廃墟が広がっていた。この日、つまり8月6日の朝8時15分、私が死の街の姿に呆然としていた頃、遥か西の広島では想像を超えたとんでもないことが生じていた。人類史上初の原爆投下である。「へいわ845」ではここまでを話した。

 

◇昭和20年8月6日午前8時15分、広島の上空で目もくらむ閃光が走った。火の玉の中心は数百万度、爆心地は3000度から4000度に達し、多くの人々は即死した。人々は先を争うように水を求め、川は死体で埋まった。

 

 歩く人は手を前に出し、赤い肉がたれ下がっていた。母親の死体にすがりつき乳を飲もうとする子ども。かつて誰もが想像も及ばなかった地獄絵が展開していた。あれから73年が過ぎた。今年の酷暑は何を意味するのか。(読者に感謝)

 

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2018年8月 9日 (木)

人生意気に感ず「山根会長の辞任に思う。東京医大入試不正の闇。長崎の日」

 

◇ボクシングの山根会長が辞任した。特異な風貌と言動は前世紀の遺物という感がする。良きにつけ悪しきにつけ会長は、その会のイメージをつくる。ボクシングは闘争本能をむき出しにした殴り合いで、私にはルールのある喧嘩にみえる。ボクシングは会長が品格を示すことで健全なスポーツの姿を示せるのではないか。日本に限らず世界的に見ても手に負えない不良少年がボクシングにより救われる例は多い。山根会長のイメージは暗黒街の人物そのものである。ボクシングに品格を与えるどころかその逆である。私はボクシングに純粋に打ち込む熱血少年を気の毒に思う。

 

◇山根会長は大きな組織に君臨する身でありながら余りに浪花節的でまた劇画的である。嫁(妻)に言われて決意したと肩を震わせ涙ぐむ姿は公私混同も甚だしい。このボクシング界の今回の事態は来るべきもの、起こるべきものが出現したのである。ボクシング界が一新することになるだろう。週刊誌で山根会長の黒い過去が暴かれている。マスコミが一斉に哀れな老犬に石を投げ始めた感がする。

 

◇東京医大不正入試問題は呆れるばかりである。「女性差別意外の何物でもない」、「受験生への背信行為」、「社会の信頼を裏切った」と厳しい糾弾の声が上がっている。ボクシング界と異なり「知の世界」と一般には受け止められている世界で起きた。その根は深く影響は大きい。

 

 女性医師の門戸は広げるべきだ。子育てとの両立を支える政策を展開することで課題を解決することが根本ではないか。受験生を傷つけたことは、教育界に爆弾を投げるようなものだ。道徳教育を掲げる文科省の姿は偽物だと思われても仕方がない。医学の世界の今回の不祥事は、医に対する社会の信頼を根底から覆すことになる。多くの人はメスを握る医師に命を託すことに不安と不信を抱くだろう。他の大学にもあると予想される不正入試は医大が抱える構造的問題かも知れない。

 

◇今日は長崎の原爆の日である。8月6日の広島に続いて窮極の地獄絵が出現した。広島のがウラン爆弾であるの長崎はプルトニウム爆弾であった。この日の第一目標は小倉であったが視界がきかないため第二の長崎となった。アメリカはアジアであるために投下を決断できたのか。今日、平成最後の平和記念式典でいかなるメッセージが発信されるのか。(読者に感謝)

 

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2018年8月 8日 (水)

人生意気に感ず「100歳となった亀作さん。広島の平和宣言の意味」

 

◇ニューギニアの生き残り岩田亀作さんを訪ねた。酷暑の中でどうしておられるか気になっていた。体は更に小さくなったが元気だった。「今年は市長から百歳のお祝いを受けました」。「生きて帰れぬニューギニア」と言われた地獄の戦場だった。「ダンピール海峡、サラワケットとよく生きぬきました」岩田さんはしみじみと振り返った。「中村先生に百歳まで生きろと言われ頑張りました。戦友は皆あの世へ行きました。多くの弔辞を読みました。私の弔辞は先生に頼みますよ」。私は黙って頷いた。日頃からそう思っているのである。

 

 実は、この日岩田さんを訪ねたのには一つの目的があった。19日の「ふるさと塾」で8月15日の玉音放送をどう受け止めたかを話して欲しかったのだ。岩田さんは承知してくれた。会場の福祉会館は岩田家から近い。同居している娘さんがご一緒してくれることになった。岩田さんは、「何を話そうか」と私の目の前で遠い昔を振り返った。岩田さんが語ることは意外だった。昭和20年8月15日は未だニューギニアであった。「確か19日だったと思います。詔書のコピーを隊長が読みました」と語る。その時の情況を「ふるさと塾」で話すことになった。私は、岩田さんのふるさと塾登場を準備しようと決意した。恐らく百歳の岩田さんが人の前で終戦を語るのは最後かもしれない。一般の人の参加も歓迎である。

 

◇広島市長の平和宣言を聞き、原爆の残酷さと今日の世界の行方を思った。次のような言葉が胸にささった。先ず惨状である。「目も眩む一瞬の閃光、人が焦げる臭気の中、赤い肉をむき出しにして亡霊のごとくさまよう人々」。次いで世界の情勢に及んだ。「今、世界では自国第一主義が台頭している」、「私たち市民社会は、朝鮮半島の緊張緩和が今後も対話によって平和裏に進むことを心から希望しています」

 

 原爆の地獄は広島と長崎をもって最初で最後にしなければならない。73年が過ぎ、恐ろしい人類史の出来事が、被爆者の減少とともに遠ざかっていく。それを防ぐことが人類の平和のために今求められている。

 

 平和式典で小学6年生の2人の子ども代表は訴えた。「73年前の事実を、被爆者の思いを、私たちが学んで心に感じたことを伝える伝承者になります。この子どもたちの思いを全国の子どもが共有しなければならない。それは教育界の責務である。(読者に感謝)

 

 

 

 

 

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2018年8月 7日 (火)

人生意気に感ず「東京医科大の波紋。甲子園のドラマ。みなかみ町の行方」

 

◇東京医大入試事件は信じ難いものだ。デモの中で「金を返せ」と叫ぶマスクの女性の姿があった。元受験生の女性たちが本腰で争う気なら訴訟に発展するに違いない。

 

 この大学が「女性医師や研究者の育児と仕事の両立を支える国の事業」に選ばれ、多額の補助金を受けていた。女子の合格者を減らすことをどういう理屈で正当化するのか。

 

 憲法14条の平等原則に反することが根本である。そして、「入試は厳正であるべき」ことに反する。これは「金を返せ」の避難に晒される。訴訟で事実が明らかになれば元受験生に対する詐欺罪にもなるだろう。更に、国の女性活躍支援事業の補助金を騙し取ったことで、国に対する詐欺になるだろう。

 

 有名な大学の運営主体の見識とはこんなものか。「医は仁」と古来から言われ、これは生命を扱う医を支える理念である。医療技術が増々進歩する中で、増々尊重されねばならない医の理念である。

 

 文科省の責任は大きい。最近の文科省は醜態を晒している。これで教育界を指導できるのか。

 

◇甲子園が始まった。異常な暑さの中の熱闘は正しく本物である。鍛え抜かれた身体と精神は刺すような太陽の熱線を跳ね返している。

 

 たまたま観た済美と中央学院の戦いは素晴らしかった。一球一球最後まであきらめない両陣営の姿はすがすがしかった。人を騙すことが日常化した社会、偽物があふれかえる現代社会にあって高校野球は一つの救いである。応援スタンドと一体となった姿はいかなる名作をもしのぐドラマである。

 

 済美の校歌に「やればできるは魔法の合言葉」があった。熱戦を観ながら、8月15日が近いと思った。あの敗戦から73年が過ぎた。甲子園の球児の姿は廃墟から立ち上がってここまで来たぞという日本民族の姿である。

 

◇みなかみ町長が議会で不信任を突きつけられ去就が注目されている。政治家の資質が問われ、地方議会の能力が問われる問題である。

 

 地方議会の形骸化が止まらない。選挙しても、立候補者がいないという異常事態は民主主義の危機である。みなかみ町町長は伝えられるところによれば議会解散の意向といわれる。解散の場合、40日以内に町議選となる。この選挙に町をよくするために立候補する人が果たして現われるか。世間は重大な関心を寄せている。(読者に感謝)

 

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2018年8月 6日 (月)

人生意気に感ず「栃木の女児殺害のこと。性犯罪者の処置。女児保護と人権」

 

◇栃木県女児殺害事件の被告に二審も無期懲役の判決が下った。今市市の小1の女児が殺害された事件である。栃木県及び群馬の県境にかけていくつも女児を狙った事件が起きていた。平成8年に太田市のパチンコ店で起きた横田ゆかりちゃんの失踪事件もその一つだった。

 

 今市市の吉田有希ちゃん殺害事件は、平成17年に起きたが、この事件には特別の思い出が結びついている。平成17年、私は群馬県議会議長で、栃木県議会とは共通の議会改革に取り組んでいた。そして、12月7日、私は議会運営委員会のメンバーとして栃木県議会の状況を視察した。議会では今市市出身の議員が「学校の登下校時の安全確保」を取り上げ、「大変痛ましい事件が発生し許し難い気持ちでいっぱいであります」と訴えた。傍聴者の多くは今市市の人だった。他の多くの事件が未解決だったので、この事件もかと思っていたら、勝又拓也が逮捕された。第一審は裁判員裁判で無期懲役。今回、東京高裁は改めて無期懲役を言い渡した。被告は自白を強制されたと言っている。今後の展開が注目される。

 

◇性犯罪者、特に幼児を対象とする性犯罪者は同種の犯罪を繰りかえす傾向があるので、幼児保護の点から大きな課題となっている。服役後の再犯をどう防ぐかは世界中の悩みの種である。アメリカなどは、身体にGPSをつけることを義務づけたり、家の表札にマークを付ける所もあるという。これは、元受刑者の人権上大きな問題となるので慌かに賛成は出来ない。

 

 法務省は、満期出所後の元受刑者に国費で薬物治療や心理療法を受けさせる制度を始めるという。人権に配慮して、強制ではなく、元受刑者の任意によるという。どのような効果を生ずるのか注目したい。性犯罪を繰りかえす人は、性欲をコントロールすることが難しい何か本質的要素をもっているという説がある。その真偽はともかく、現代の社会は余りに複雑で生きるのが難しい。性的刺激が渦巻き、人間が欲望にまかせて生きる社会である。その中で幼女など性的弱者を保護することは急務である。

 

 法務省の今回の方針は、どのような効果があるか分からないが、遅きに失した感がある。

 

 基本的には法律を整えて踏み込んだ対策を設けなければならないが、人権に関わる問題となると困難が伴う。議論すべき時だ。(読者に感謝)

 

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2018年8月 5日 (日)

小説「死の川を越えて」 第104話

 

「そうだ」

 

「そうだ」

 

 あちこちで声が上がり、同時に拍手が起きた。その時、後ろの席にいたリー女史がそっと立ち上がる姿が見えた。女史は微笑を浮かべながら前に進み出て言った。

 

「私にもう一言お話させて下さい」

 

 意外な展開に人々は驚いた。普段遠くから時々見る異国の女性が、今こんなに身近かにいて共通の問題で心を通わせていることが不思議であった。人々には白いドレスをまとったリー女史が神々しく見えた。

 

「皆様、私、今日はとても感動です。大変に感謝しています。今、皆さまが話されたことは神様の御意思にかなったことです。神様のことを出さずに神様の御意思が語られました。水が流れるように神に治ったお話がされたことにとても感動しております。繰り返しますが、人間、一人一人が同じように大切というのが神の御意思です。国は、そのような人々を守るためにあります。国のために一人一人の人間があるのではありません。生きるために神様から与えられた命なのに、生きるに値しないなんておかしいではありませんか」

 

 リー女史の話し振りは、顔に表れている強い信念と比べあくまで謙虚であった。静かな拍手が起きた。

 

 この時、正助が遠慮がちにそっと尋ねた。

 

「俺たちは国のために1人1人の人間があると教えられ、当然のことと思ってきました。だからお国のために戦わねばならないと考えてきました:お国のために1人1人があるというのは間違っているのですか」

 

「おー」

 

と言ってカールが進み出た。

 

「それ、極めて重要なことね。そして極めて難しいけど理解して下さい。私、一生懸命説明します。聞いてくれますか」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年8月 4日 (土)

小説「死の川を越えて」 第103話

 

 これを聞いてすかさずカールが言った。

 

「ありがとう。ありがとう。君の今の言葉、聞いて、私が日本に来た目的、達せられた思いです。この声を日本中に広げること、大切です。皆さんの心が分かって、私本当に本当に幸せです」

 

 この時、そっと手を上げた若者がいた。皆の視線が集まる。権太であった。

 

「俺は難しいことは分からねえが、体の腐った部分を切り捨てるというのは納得がいかねえ。人間を腐った部分と見るなんて最低の考えでねえか。聞いたことがねえ。西洋の文明国の偉い先生もこんなものかと思いますだ」

 

「そうだ、権太の言う通りだ」

 

 誰かが叫ぶと一斉に拍手が起きた。権太は自分の発言が思わぬ反響を巻き起こしたことに驚き、しきりに恐縮の様子である。

 

「わしにもう一言いわせてくれんか」

 

 万場老人であった。

 

「カールさん、実にいい勉強会ですな。ドイツ、イギリス、韓国、日本が一堂に集まって人間の命、国の役割といった重大なこと、そして、我々の運命に関わることを論じることになった。あなたのお陰ですぞ」

 

 この言葉にカールは大きく動かされたようだ。破顔一笑、それまでの緊張と怒りの表情は消えて、叫んだ。

 

「ダンケ、ダンケ。ありがとう、ありがとう」

 

 人々はこの異人の感情がまっすぐに自分たちの心に届くことを不思議に思い感動した。

 

 その光景を眺めながら老人は続ける。

 

「少し難しい理屈じゃが言わしてもらう。人間は一人一人が大切なのじゃ。国の役割はそれを守ることにある。国は何のためにあるか。わしは、国は弱者を守るためにあると信ずる。だから、生きるに値しない命などという発想がそもそも間違いなのじゃ。こんな考えが日本に広がらぬよう我々は頑張らねばならぬ」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年8月 3日 (金)

人生意気に感ず「社会から公正と正義が失われる。希望なき社会と自殺」

 

◇日本の社会から公正や正義が失われつつある。これは、最近の異常気象以上に恐ろしい社会崩壊をもたらすものである。

 

 文科省幹部が関わる賄賂事件、東京医科大学の不正入学事件、アマチュアボクシング界の不正疑惑等々、枚挙にいとまがない。こういう情況で、今度は東京医科大入試では女性の受験生の入試の点数を減らし合格者を操作していた事実が明るみに出た。大学入試経験者なら一点の重さは命をかける程重大である。難関にチャレンジする心を支えるものは公正さである。「狭き門より入れ」という有名な言葉がある。狭き門は公正に開かれているから価値があるのだ。

 

 社会から公正や正義が失われると、社会に対する信頼が失われ、真っ当に生きることが馬鹿馬鹿しくなる。特殊詐欺が一向に減らないが、その原因は公正と正義が失われた社会の暗い闇が生んでいるともいえよう。

 

◇県が実施した自殺に関する調査は驚くべきことを示している。県民の5人に1人は過去に自殺をしたいと考えた経験があるというのだ。特に若年層で割合が高く、20代女性は40%に達した。若者が希望を持てない社会は悲惨で悲しい。物質的に豊かな社会で、若者はなぜ死を選ぶのか。これは人間にとって、物よりも未来に対する希望が大切であることを物語る。

 

◇私は県会議長の時、南米アルゼンチンを訪ねた。2005年(平成17年)8月のことで、今あの時のことが懐かしく思い出される。アルゼンチンの群馬県人会のある役員が日本人の自殺について語ったのだ。「日本は豊かな国なのに、多くの人が自殺する。それが理解できない。ここでは自殺する人はない。ここでは自殺するくらいなら人を殺す。治安が極めて悪い。警察官や裁判官まで悪いことをしていて交通違反をしても袖の下で大体は片付いてしまう」

 

 この時、日本は極めて治安が良く、人間は正直で良い国だと思った。南米各地を回って、どこでも日本人は勤勉で正直でサムライの国だという評判だった。日本は今大きく変化している。日本の危機は日本人の心が崩れていく点にある。若い人が自殺を考えるのは、そのことを物語るのだろう。73年前の8月は日本の原点であり、今それを見詰める時である。8月5日、前橋大空襲。8月6日広島に、8月9日長崎に原爆が落とされた。廃墟から立ち上がった日々を。(読者に感謝)

 

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2018年8月 2日 (木)

人生意気に感ず「全国学力テストをどう活用するか。日本で一番熱い前橋と73年前の夏」

 

◇全国学力テストの結果が好評された。発表されたのは4月に実施された公立学校のテスト結果である。群馬県では、中学校は国語・数学・理科で全国平均を上回り、小学校では国語と理科は全国平均だが数学は下回った。激変の社会で学力とは何か、どのように学力を向上させるかは、社会にとって生徒一人一人にとって極めて重要である。県教委はテストの状況をどのように活用するのか注目される。

 

◇私が県議会にいた時も学力テストは重大な問題だった。全国の自治体は当然順位に神経を使う。過度の競争や序列化を招くことは避けねばならない。教育委員会は目先の小さな観点にとらわれず、教育の本質を踏まえた自主的な姿勢を堅持し、教育県群馬を目指すべきである。

 

◇全国の傾向として理科離れが指摘されている。政府は時代状況を踏まえて、科学技術に精通した人材の育成を急ぐが理科だけを目的としたのでは実現できないだろう。全ての科目に共通する重要なことは学ぶ意欲、好奇心である。今の子どもたちはマインドパワーが落ちている。これは物があふれる豊かさと関係があるだろう。チャレンジ精神や好奇心が低下しているのだ。教育という山脈を高くすることが理科離れを止めることに通じる。

 

◇8月に入った。灼熱の太陽が恐怖の存在になりつつある。しかし。もっともっと凄い地獄のような暑さが73年前の前橋の夏であった。私は5歳で、県庁近く、当時は北曲輪町という所に住んでいた。少し離れた所にマッテヤ教会があり、そこのマッテヤ幼稚園に通っていた。子ども心にも騒然とした異常事であることは分かっていた。頻繁に空襲警報が鳴ると防空頭巾をつけ女の先生に手をひかれて家に走った光景をはっきり覚えている。

 

 そして遂に8月5日の夜を迎えた。10時半、92機のB29が約2時間にわたって猛爆撃を行い、前橋は火の海に包まれた。夜10時といえば幼児にとって眠い盛である。私は母に引きずられるように前橋公園を横切り、現在の幸の池の所にあった防空壕に逃れた。「ほらごらん」と母が叫ぶ。振り返ると火の海が迫っていた。死者は535人。翌朝、荒涼とした焼野原が広がっていた。正に国破れて山河ありの惨状である。そして翌8月6日、広島に原爆が落とされた。振り返れば、あれは私の人生の原点の一つであった。またあの熱い夏を迎える。(読者に感謝)

 

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2018年8月 1日 (水)

人生意気に感ず「ips細胞、パーキンソン病に。アメフトとボクシングの暗雲」

 

ips細胞を使ったパーキンソン病の治験が京都大学で始まる。私はパーキンソン病友の会を応援してきた。国指定の難病の会の総会に出席し患者の悲惨な状態に胸を痛めた。神経細胞が減る病気で手足の震えや体のこわばりなどが起きる。患者の悲願は「早くips細胞がパーキンソン病に使えるようになれば」だった。待ちに待った朗報である。パーキンソンの患者一般に治療が届くには未だ長い時間がかかるが、人々の重い心にぽっかりと青空が広がり始めた。

 

◇世界に先駆けた日本の医学界の金字塔になることを期待する。ノーベル賞が難病を救うかたちで具体的に動き出したことにわくわくする喜びを感じる。

 

 ノーベル賞がips細胞の実用化の動きに繋がった。これは日本の教育に対して大きな明るいインパクトを生むに違いない。「勉強は何のためにするのか」、「教育の目的は何か」、これらの問いかけの先に今回の朗報が太陽のように輝いていることを感じた。

 

◇日大のアメフト問題に関する第三者委の報告は衝撃的である。勝丸委員長は田中理事長を「あまりに無責任で無関心」と痛烈に批判した。人口減少社会が進む中で、私学は危機に直面している。このような情況で、日大アメフト部問題は大きな示唆を私学界に投げている。「独裁体制」は必ず腐敗を生む。日本大学という巨大な塔が揺れている。

 

◇独裁といえば、奇怪な暗黒街の帝王といった風貌がにわかにテレビに登場している。今度はボクシング界である。ボクシングといえば四角いジャングルで目や鼻を潰されながら必死で闘う若者、リングの外でそれに声援を送る妻などが様々なドラマを想像させる。私は、劇画「あしたのジョー」のファンだった。また、シルベスタ・スタローンの壮絶なボクシング映画に胸をときめかせた。これらのストーリーを支えるものは公正な審判であり、ボクシング界の正義である。今、仮面が暴かれようとしている。信じられないような独裁制が追い詰められようとしている。これまでも首を傾げるような判定結果がよくあった。報道が事実なら孤独でハングリーなボクサーが哀れである。この問題の進展を見守りたい。

 

◇強毒のヒアリが各地で発見されているが、成田空港で160匹が発見された。目を逃れた小動物は全国に広がっているのであろうか。(読者に感謝)

 

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