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2018年7月 7日 (土)

小説「死の川を越えて」 第94話

 

 万場老人は、目の前の書類を指先で追いながら続けた。

 

「第二回国際会議は明治42年ノルウェーで開かれた」

 

「らい菌を発見したハンセンの母国ですね」

 

「そうじゃ、この会議の内容は非常に重要なのじゃ。この年、日本では5地区に分けた国立療養所が設置された。県議会の議論で本県からは23名の患者が収容されたと答弁されたが、その全生園は、この年に開設されたのじゃ。この第2回国際会議ではな、らい菌の感染力は弱いこと、隔離は患者の同意のもとに行われるのが望ましいこと、放浪する患者等の一部の例外については強制隔離を行うこと等が確認された」

 

「へえー、先生。感染力が弱いことが国際会議で確認されたとは本当ですか。草津の人は昔から知っていることですね。そのことが草津だけでなく世界の会議で認められたとは信じられないようです。草津の水準が国際会議を超えていたなんて。なぜ日本はそのことを認めて政策に取り入れないのですか」

 

「そこなのじゃ。そこに日本の特殊事情がある。ハンセン病の政策の基盤に人道主義、つまり人権の尊重がないのじゃ。これはハンセン病の対応を超えて国民一人一人の人権に通じる問題じゃ。このことをしっかりとわきまえることが重要なのじゃ。国際会議の結論は、我々に勇気を与え、我々の強い味方になっておる。正助よ、頑張らねばならぬぞ」

 

 万場老人がきっぱりと言うと、正助は大きく頷ずいた。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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