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2018年7月27日 (金)

人生意気に感ず「原発事故地から再生可能エネルギーの息吹。死刑執行と死刑制度の議論」

 

◇東京五輪の足音が聞こえる。7年前の東日本大震災の轟音は未だ響いている。この二つの音、二つの出来事は日本を大きく変える契機になるだろう。聖火リレーが福島県からスタートすることが決まった。これは、これから変化を遂げる日本国民の決意を示すもの。いや、そうしなければならない。日本の真の姿を世界が注目することになる。

 

 福島県といえば原発事故である。大きく変化する歴史の転換点に立って、我々は原発とどう向き合うのか。焦熱地獄のような今年の酷暑がこの問題を問いかけている。エネルギーの潮流は、再生可能エネルギーに向かっている。その中で注目されるものは太陽光や水素の活用である。水素社会が近づいていると言われる。この問題で福島県に注目すべき動きがある。

 

◇福島県浪江町に世界最大級の水素製造工場をつくる計画である。本来、原発ができるはずだった場所である。地元農家の強い反対で実行が先送りされていたが、福島第一原発事故後に中止となった。

 

 第一原発の北10キロの浪江町の海沿いで造成が進められている。新世代のエネルギー拠点が来年度中に出現する。造られた水素は酸素と反応させて発電する燃料電池に活用する。この電力を先ず来る東京五輪大会・パラリンピックで選手や観客を運ぶバスの電力を賄う構想という。原発事故を最大の教訓として世界にアピールする好機である。

 

◇オウムの死刑囚6人の死刑執行が26日午前に行われた。今月6日に7人の刑が執行され、これで13人全員の執行が行われた。前代未聞のこの事件も時と共に忘れ去られるだろう。二度とこのような事件が繰り返されないために最大限教訓として生かさねばならない。

 

 13人の死刑囚の経歴を見ると、皆一様の高学歴なのに驚く。無知な人々が洗脳されたのなら分かる気もする。なぜ学問をつんだ若者が恐ろしい犯罪に暴走したか。彼らの心には踏み止まるブレーキはなかったのか。これは教育とは何かを現代の教育に問うている。またこの事件は宗教団体の名で行われたことから宗教とは何かを私たちに突きつけている。渇いた精神のすき間に宗教の姿をした魔物が入り込む。それはオウム関係の若者だけではない。今、求められるのは冷静な頭で歴史的座標軸を踏まえて死刑制度を深く議論することだ。(読者に感謝)

 

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