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2018年7月10日 (火)

人生意気に感ず「藤田三四郎さんの恋。差別と偏見を超えて」

 

◇6日(金)、上毛の「ひろば」に藤田三四郎さんの素敵な投稿が載った。「木いちごの味」は92歳の人の文とは思えない若々しさが漲(みなぎ)る。14歳の初夏、初恋の人と食べた木いちごは甘味よりも酸味が強いと振り返る。三四郎さんは一つ年上の彼女から恋文をもらったが、既に軍隊へ入ることが決まっていた。生きて帰るまで待ってと約束して別れた。しかし、運命は過酷だった。三四郎さんは「ハンセン病」を診断され療養所へ強制収容となる。ハンセン病は戦争遂行を妨げる国辱とされた時代である。ハンセン病が出れば一族が差別されるから本名も隠さねばならない。藤田三四郎も本名ではない。当然彼女への連絡も不可能となった。三四郎さんは書く。「当時の彼女は私のことをお国のために戦い死んでいったと諦めたことだろう。あれから80年近い月日が流れた。(中略)もし彼女が今も元気なら、この私を許してくれるだろうか。私にとって初夏の木いちごの味はいつも甘味よりも酸味の方が強い」

 

 私はこの日、草津の楽泉園へ行き三四郎さんと会った。9月15日に楽泉園で連載小説「死の川を越えて」の講演をする予定でその打ち合わせも兼ねていた。

 

 三四郎さんは楽泉園内の病棟に未だ入院中であった。投稿記事が良かったと話すと嬉しそうである。

 

「彼女は美人だったの」

 

「うん、キレイだった」

 

「手くらい、握りましたか」

 

「うん握った。こうして肩を抱いた」

 

 三四郎さんは腕で輪を作って見せた。三四郎さんの笑顔が若々しい。私は若い二人の姿を想像した。二人の恋は時を超え、ハンセン病の差別を超え、国の非情な政策にも耐えて三四郎さんの胸の中で生き続けている。

 

◇8日、元検事、現福祉財団会長、堀田力氏の講演を聴いた。その中で、高齢社会に於ける人間の尊厳を訴える点に共鳴した。堀田さんは、人間の寿命はかつて20~30年だった。将来は百まで生きる時代になり全地球で少子高齢化するだろう。高齢社会の理想は一人一人の個を大切にすることで、それを支える力は高齢者の自主的な生き方、支え合いだと主張する。少しでも社会の役に立ち「ありがとう」と感謝されることが幸せの源泉だと語った。人間は心の生き物である。この心をどこまでも尊重する社会を作らねばならない。高齢者に消毒液を点滴する看護師を想像しながら拝聴した。(読者に感謝)

 

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