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2018年7月28日 (土)

小説「死の川を越えて」 第101話

 

「それでは、この集落のハンセンの患者もそれに当たるということになるのですか」

 

 正助が言った。

 

「そういう風にどんどん広がる恐れありますね。生産に参加できない高齢者にまで広がるかも知れません。論文は、そういう命を生きるに値しないものとし、それをこの世から消し去ることは、恵みの死を与えることだというのです。精神科医のホッヘは、国家を一つの人体にたとえて、その一部に腐った部分出来たらそれを切り取ること、それが全体の身体を生かすためだと主張しています。腐った部分とは、生きるに値しない命なんです。皆さん、どう思いますか」

 

 カールはテーブルをどんと叩いて言った。

 

 その時、別の声が上がった。

 

「おお、何と恐ろしいこと。神を恐れぬ仕業です。神は絶対にそのようなことをお許しになりません」

 

 マーガレット・リー女史の声であった。

 

「全体のために腐った部分を捨てる。それこそ全体主義の悪い点じゃ」

 

 万場老人が言った。これに頷きながら、リー女史は続けた。

 

「私の国はイギリスです。イギリスはドイツと戦いました。ですから敗れたドイツの苦しみはよく分かります。私たち戦勝国が与えた罰が厳しすぎたことも承知しています。この恐ろしい論文はそういうドイツの事情と関係あるのかもしれません。しかしです。生きるに値しない命などあるはずがありません。人間は神様がつくりました。人間は神の前に平等です。一人一人の人間が尊いのです。一人一人の人間が平等にこの世で生きることを許されているのです。病める人も、傷ついた人も平等な人間なのです」

 

静かな貴婦人の激しい舌鋒に人々は圧倒され、会場は水を打ったように静かになった。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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