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2018年7月31日 (火)

人生意気に感ず「みなかみ町の自治能力。元号を考える」

 

◇みなかみ町町長の不信任案が可決された。これまでの経緯を見ると町政の混乱が感じられる。町長及び議会の良識と見識が問われている。町長のセクハラ疑惑が関係しており、セクハラの解釈につき認識の違いがあるのかもしれない。しかし、政治の世界で求められるのは、司法判断のレベルとは異なる筈だ。町政は信頼を第一に考え、混乱を避ける解決策がとられるべきではないか。良識と見識が問われるとはこのことである。

 

◇地方自治体につき消滅の危機が叫ばれている。その最大の原因は人口減少である。その中でも魅力と特色ある自治体には生き残るチャンスがある。みなかみ町は魅力ある自治体である。素晴らしい自然を活かした観光は他の自治体からみれば羨ましい存在である。

 

 議会と町長は、みなかみという船を導く船頭である。現在のような混乱ぶりは観光客から見てイメージダウンになる。大災害の時代に於いて、議会と町長に対する信頼はまさかの時に身の安全と結びついている。みなかみ町は群馬県全体から見ても貴重な存在である。

 

 近く県警はセクハラ問題を強制ワイセツとして処理するらしい。このままでは議会も町長も自らの問題を自ら解決できないことをさらけ出すことになる。一刻も早く自主的な結論を出して欲しい。

 

◇来年5月に元号が変わることで、元号の意味を考える気運が増しているようだ。私は、昭和・平成を生きて、間もなく新元号の時代に入る。

 

 良い元号、悪い元号の違いがあるのだろうかと考える。元号は時代をイメージさせる一つの象徴である。それは国民一人一人の意識に影響する。社会の在り方、社会の方向に夢とか希望を与える元号があれば、その存在意義は大きい。元号は、全ての国民が毎日関わる問題だから、東京五輪のマークの比ではない。聞くところによれば、平成という元号は国民の分からぬところで簡単に決められたようだが、次の元号は国民参加のイベントの中で決めて欲しい。

 

◇平成は中国の古典からとった。故小渕首相の時で、当時県会議員だった私はいろいろな会合で「地平らかにして天成る」と紙に書いて説明した。元号は今や一つの文化ともいえる。日本が自主的に決めるべきだから中国の古典から見つけない方がよいと思う。来年の五月はあっという間に来てしまう。(読者に感謝)

 

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2018年7月30日 (月)

人生意気に感ず「昭和天皇実録をオークションで。玉音放送、人間宣言」

 

◇27日、昭和天皇実録をネットオークションで購入した。平成27年に発行されたもので歴史の資料として重要なものである。欲しいと思っていたがきっかけがなく月日が過ぎた。今回は事務員がオークションに出ていると言うので、目に見えぬ人を競い合うということに興味をそそられ12巻を落とすことが出来た。残りの7巻は別の方法で購入した。

 

◇昭和天皇の時々の行動や感想などが分かって面白い。昭和20年8月14日の項では、午後11時25分日本放送協会により設営されたマイクを使用して放送用録音盤制作のため、大東亜戦争終結に関する詔書を2回にわたり朗読、録音終了後15日午前0時5分、天皇は御文庫に帰るとある。そしてこの日の正午、いわゆる玉音放送がなされた。昭和天皇は44歳であった。今年も間もなく8月15日がやってくる。

 

◇昭和21年1月1日の項をみた。第10巻の冒頭である。天皇の「人間宣言」記述。日本史年表でも昭和21年の項の冒頭は、1月1日天皇神格否定の詔書発表(天皇人間宣言)で始まる。昭和天皇は果たしてどんな思いでこの宣言に臨んだのか。「実録」によれば昭和天皇は五箇条の御聖文との関係を重視して、この宣言文をつくったことが記述されている。驚くべきことだ。この人間宣言のポイントは天皇と国民を結ぶものは信頼と敬愛であって単なる神話と伝説ではないと述べたことだ。天皇は五箇条の御聖文の主旨を挿入することを希望したという。天皇は五箇条の御聖文に示された「民主主義の精神」を重視したことが資料には示されている。昭和天皇が自ら神格を否定したことは、戦後の民主主義の原点となった。もとより戦後の民主主義と五箇条の御聖文にある「広く会議を興し」を単純に結び付けることはできない。昭和天皇は、余りに急劇な変化に国民が迷うことを憂い、自らの神格の否定と来るべき民主主義の流れが国民に受け入れられることを願ったのであろう。

 

◇昭和20年7月といえば、太平洋戦争の行方を左右する決定的な出来事が生じた。7月16日、アメリカは最初の原爆実験に成功したのだ。そして7月26日には太平洋のテニアン基地に運び込まれた。8月5日、前橋大空襲、8月6日、広島に原爆投下となる。これが北朝鮮の核に至る極の時代の幕開けであった。(読者に感謝)

 

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2018年7月29日 (日)

小説「死の川を越えて」 第102話

 

 カールは、女史の方を向いて頭を下げ敬意を表する態度を示して言った。

 

「マーガレット・リーさん。あなたのこと、かねて聞いていました。ここで大変なお仕事されていますね。お訪ねしようと思っていました。お会いできて大変嬉しいです。今、私の気持ち、全部言ってくれました。私のドイツはあなたのイギリスと戦って負けましたが、このような思想がドイツ人の学者から出ること、私、恥ずかしい。ドイツの教会本部からこの考えが広がることを阻止しなさいと強い指示、ありました。私の担当は韓国ですが、韓国のこと、日本に来ないとだめね。裏の世界のこと、鄭さん何でも分かる。いろいろ教えられて、私、助かりました。そして、私の心大変燃えています」

 

 紅毛碧眼の異人がなぜ大きな声で怒るのかその深い意味が人々には良く分からない。ただ朝鮮人を差別すること、自分たちハンセン病の患者に災いが及ぶことを心配してくれていることは分かる気がした。そして、白い肌の異人が真っ赤になって怒るというめったに見られない光景を人々は固唾を呑んで見守った。

 

 この時、万場老人が手を上げて発言を求めた。

 

「リーさんの言うこと、カールさんが怒る意味、わしは良く分かりますぞ。皆さんは神の前の平等ということを申された。神のいうことは正しいに違いないが、神を知らぬ者、又、違う神を信じる者も人間は平等でなければならぬ。この点が大切じゃ。生きるに値しない命と名札を貼られるのは他人ごとではない。わしは、中国に力を広げようとしている日本の将来を心配しておる。アメリカとの関係が悪化して戦うことになれば、日本はドイツとおなじような状況に立たされる。困難な社会状況の中で多くの弱い人たちは、社会にとって、国にとって無用のもの、お荷物とされ、生きるに値しない命とされてしまうに違いない。そうなれば、真っ先に名札を貼られるのは我々ハンセンの仲間であろう。大変なことじゃ」

 

 この時、それまで黙って聞いいた一人の若者が突然声をあげた。正男だった。

 

「カールさんが怒っている意味が分かったぞ。俺たち患者は世の中のお荷物だから殺されることになる。カールさんは、おれたちのために怒ってくれているんだ。感謝しなくちゃなんねえぞ」

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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2018年7月28日 (土)

小説「死の川を越えて」 第101話

 

「それでは、この集落のハンセンの患者もそれに当たるということになるのですか」

 

 正助が言った。

 

「そういう風にどんどん広がる恐れありますね。生産に参加できない高齢者にまで広がるかも知れません。論文は、そういう命を生きるに値しないものとし、それをこの世から消し去ることは、恵みの死を与えることだというのです。精神科医のホッヘは、国家を一つの人体にたとえて、その一部に腐った部分出来たらそれを切り取ること、それが全体の身体を生かすためだと主張しています。腐った部分とは、生きるに値しない命なんです。皆さん、どう思いますか」

 

 カールはテーブルをどんと叩いて言った。

 

 その時、別の声が上がった。

 

「おお、何と恐ろしいこと。神を恐れぬ仕業です。神は絶対にそのようなことをお許しになりません」

 

 マーガレット・リー女史の声であった。

 

「全体のために腐った部分を捨てる。それこそ全体主義の悪い点じゃ」

 

 万場老人が言った。これに頷きながら、リー女史は続けた。

 

「私の国はイギリスです。イギリスはドイツと戦いました。ですから敗れたドイツの苦しみはよく分かります。私たち戦勝国が与えた罰が厳しすぎたことも承知しています。この恐ろしい論文はそういうドイツの事情と関係あるのかもしれません。しかしです。生きるに値しない命などあるはずがありません。人間は神様がつくりました。人間は神の前に平等です。一人一人の人間が尊いのです。一人一人の人間が平等にこの世で生きることを許されているのです。病める人も、傷ついた人も平等な人間なのです」

 

静かな貴婦人の激しい舌鋒に人々は圧倒され、会場は水を打ったように静かになった。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月27日 (金)

人生意気に感ず「原発事故地から再生可能エネルギーの息吹。死刑執行と死刑制度の議論」

 

◇東京五輪の足音が聞こえる。7年前の東日本大震災の轟音は未だ響いている。この二つの音、二つの出来事は日本を大きく変える契機になるだろう。聖火リレーが福島県からスタートすることが決まった。これは、これから変化を遂げる日本国民の決意を示すもの。いや、そうしなければならない。日本の真の姿を世界が注目することになる。

 

 福島県といえば原発事故である。大きく変化する歴史の転換点に立って、我々は原発とどう向き合うのか。焦熱地獄のような今年の酷暑がこの問題を問いかけている。エネルギーの潮流は、再生可能エネルギーに向かっている。その中で注目されるものは太陽光や水素の活用である。水素社会が近づいていると言われる。この問題で福島県に注目すべき動きがある。

 

◇福島県浪江町に世界最大級の水素製造工場をつくる計画である。本来、原発ができるはずだった場所である。地元農家の強い反対で実行が先送りされていたが、福島第一原発事故後に中止となった。

 

 第一原発の北10キロの浪江町の海沿いで造成が進められている。新世代のエネルギー拠点が来年度中に出現する。造られた水素は酸素と反応させて発電する燃料電池に活用する。この電力を先ず来る東京五輪大会・パラリンピックで選手や観客を運ぶバスの電力を賄う構想という。原発事故を最大の教訓として世界にアピールする好機である。

 

◇オウムの死刑囚6人の死刑執行が26日午前に行われた。今月6日に7人の刑が執行され、これで13人全員の執行が行われた。前代未聞のこの事件も時と共に忘れ去られるだろう。二度とこのような事件が繰り返されないために最大限教訓として生かさねばならない。

 

 13人の死刑囚の経歴を見ると、皆一様の高学歴なのに驚く。無知な人々が洗脳されたのなら分かる気もする。なぜ学問をつんだ若者が恐ろしい犯罪に暴走したか。彼らの心には踏み止まるブレーキはなかったのか。これは教育とは何かを現代の教育に問うている。またこの事件は宗教団体の名で行われたことから宗教とは何かを私たちに突きつけている。渇いた精神のすき間に宗教の姿をした魔物が入り込む。それはオウム関係の若者だけではない。今、求められるのは冷静な頭で歴史的座標軸を踏まえて死刑制度を深く議論することだ。(読者に感謝)

 

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2018年7月26日 (木)

人生意気に感ず「熱波の熱闘育英の勝利。炎上する地球。福島の再生エネルギー」

 

◇熱波の中の熱闘は感動的だった。前橋育英は健大高崎を逆転サヨナラで下した。信じられぬ思いである。最後まで勝利を信じて頑張ったナインの精神力は素晴らしい。生きる力の結晶に見える。グランドと一体となった姿は一夜にして成るものではない。育英の歴史の力を感じる。

 

 私は育英の名誉理事という立場から今回の快挙を嬉しく思うのだが、それ以上に育英創立以来の厳しく激しい歩みを見てきたことからこの一勝の意義に胸を打たれる。今の若者はダメとか、教育界の沈滞をなげく声がよく聞かれる。そんな中で私学の必死の努力は救いである。公立と違い成果を上げることが学校の存亡に関わるのが私学である。

 

 教育の原点は私学にある。教育の目的の本質は人間をつくることにあるから、本来国家権力に左右されるべきでないからである。

 

 全国の私学がそれぞれの建学の精神に基づいて努力する姿は救いである。この私学も少子化の流れの中で危機に直面している。時代の試練に耐えた私学が生き残っていくだろう。スポーツは私学が力を注げる分野である。日大アメフト部の問題は、私学のスポーツに大きな示唆を与えている。育英の歴史はいろいろな茨を乗り越えて歩んだ道程である。甲子園でどこまで頑張れるか楽しみである。

 

◇熱波に襲われた地球が炎上している。温暖化の影響であることは間違いあるまい。カナダのケベック州では少なくとも93人が熱中症などで死亡し、ギリシャの山火事では死者が80人に達したという。また、北極圏では連日30度を超すという信じられない事態である。これらの異変は今後続くのではないか。人間が勝手なことをやり過ぎたつけが来ている。もう間に合わないかもしれない。残された道は、国境を越え人類が力をあわせるより他はない。偏狭なナショナリズムが各地で頭をもたげつつある。地球的規模の災害に追い詰められ戦争が起きる危険が増大すると思う。人類が正に試練の時を迎えている。

 

◇東京五輪の聖火リレーが福島からスタートすることは希望と救いの象徴である。復興に向けた強いメッセージを世界に発信する意義がある。原発被災地の福島県で再生可能エネルギーを発展させる大きな動きが起きている。一つは世界最大級の水素工場。もう一つは大規模な太陽光パネルによるエネルギー生産である。(読者に感謝)

 

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2018年7月25日 (水)

人生意気に感ず「地球炎上は止まらない。焦熱地獄は人類の末路か」

 

◇最高気温41度超、多数の死者、命に危険を及ぼす事態とテレビの声。これは唯事ではない。日本だけのことではない。アメリカでは50度を超えるところがでた。また、驚くべきは北極圏で30度超が続いていること。

 

 地球はもう止まらないのではと思う。行き着くところまでいってしまうのか。この事態は人間が勝手なことをし過ぎた結果である。

 

 地球の歴史を振り返れば、氷で凍結したり、火の球となったり、大洪水に襲われたり、実に様々なことがあった。その過程で地上の生き物は変化し、支配者も変わった。人類の登場もその一コマである。そして、現在の地球環境の混乱状態も更に変化する過程に違いない。

 

 科学は発展し続けている。何のための科学か、何のための研究か。人間の幸せを増進させるための筈である。しかし、現実はそうなっていない。科学を正しく導く思想や哲学がないから、科学は国家の目先の利益、そして企業の営利追及の手段となっている。こう考えると科学は人間が自らの首を絞める手段となっている。

 

◇生命の発展の歴史の中で、人類の進化は不思議なほどだ。しかしここにきて、人類の進化は止まったかの感がする。自らが作り出した機械に支配されようとしている。地球環境が破壊され、焦熱地獄にあえぐ姿は、人類の退化を示すものであり、人類の行き着く先を暗示しているようだ。それでも私は、人類の可能性を信じたい。一度壊滅状態を迎えた上で、ゼロから立ち上がるより他ないのだろうか。しかし、待ったなしの当面の課題に私たちは立ち向かわねばならない。それは限りなくあるがその一つが近づく東京五輪である。

 

◇東京五輪まであと2年となった。この2年という時間は極めて重要である。なぜなら、この間に今夏のような高温の情況が更に進むと懸念されるからだ。オリンピックは実現できるのかという声も聞かれる。心配の種は気温だけではない。確実視されている巨大地震や国際テロの危険も深刻である。しかし、東京五輪は止められない。やるしかない。正に日本の力が試されている。今年も八月が近づく。あの敗戦及び廃墟の中から立ち上がった民族の経験を活かす時である。

 

◇炎暑の中の高校野球が進む。球児の体力、気力は凄い。自然の脅威と闘う姿でもある。群馬の代表は。(読者に感謝)

 

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2018年7月24日 (火)

人生意気に感ず「性同一障害者の女子大入学と憲法13条。高温弱者と焦熱地獄」

 

◇お茶の水女子大がトランスジェンダー学生を平成32年度から受け入れる。群馬県立女子大も検討を開始した。私はこの大学の経営に関わる役員として重大な関心を持つ。

 

 トランスジェンダーは性同一性障害者のことで、自分が認識している性と自分の体が一致していない。女子大入学問題に関して言えば体は男であるが心は女ということである。

 

 人間の本質は心(脳)である。性同一性障害の人は体は男でありながら自分は女と認識している。本人は大いに悩んでいるに違いない。昔は明るみに出なかった問題であるが個人の尊厳を重視する憲法の下で放置することは出来ない。憲法13条は、すべて国民は個人として尊重される。生命、自由、幸福追及の権利については立法その他の国政上最大の尊重を必要とすると定める。これを根拠に大きな変化が起きてきた。埼玉医科大で性転換手術が行われた(平成10年)、特例法ができて戸籍の性別変更が可能になった(平成15年)。日本学術会議は「女子大へのトランスジェンダー学生の入学を認めることが望ましい」との提言を公表した(平成29年)。

 

 女子大が実施に踏み切った場合は更衣室やトイレなどが具体的に問題となる。県立女子大の場合、県の予算に関わることだから県議会で議論されることになる。

 

◇連日の猛暑は凄まじい。多くの死者が出て、救急搬送される人が跡を絶たない。気象庁は高温注意情報を出し、生命の危険に関わることだと訴えている。県内では21日熱中症で90人が搬送された。搬送されないが暑さにあえいでいる人は多いに違いない。

 

 災害弱者という用語が定着しつつある。これまでは洪水やがけ崩れが主であったがこれからは高温が加わることになる。弱者は高齢者や幼児である。

 

 この酷暑の中、幼児を車に置いてパチンコに励む親が少なからずいると言われる。呆れたものである。

 

◇20日、高山村の天文台を訪ねた。専門研究員と宇宙のことを話して楽しかった。膨脹は止まるのか。膨脹のエネルギー源は何か。知的生命の存在は、などなど。壁面の大きなアンドロメダ星雲の写真が想像をかき立てる。我々が属する銀河系に最も近い銀河で、かつては同一の銀河と思われていた。別の銀河と分かり、銀河は無数に存在しそれらが遠ざかっていることが判明した。(読者に感謝)

 

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2018年7月23日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾でマララとパキスタンを語る。マララの演説」

 

◇今月の「ふるさと塾」はマララ招請を意識して話した。昼は焦熱地獄もかくやと思われる暑さだったが30人以上が参加した。

 

 先ずパキスタンの地図を映像で示した。インド、アフガニスタン、イランに接し、北は8千m級のヒマラヤの山々で、ここからインダス川が国土を東西に分けて流れ、アラビア海に注ぐ。イランはかつてのペルシャである。ペルシャを征したアレキサンダーが紀元前このパキスタンに入った。壮大な民族の興亡の歴史を背景に今も激しい争いが絶えない。

 

 マララはこのパキスタンの北部スワート渓谷の地に生まれた。極端に女性を差別する因習の地で、女に教育は不要とされた。マララの父は学校の経営者で女性の教育を進めていた。マララは5歳で字を読み、女性の教育の必要を信じ女性の権利のために闘う少女として注目される存在となっていった。イスラム過激派タリバンにとって許せぬマララは命を狙われることとなった。

 

 2012年10月9日、15歳のマララは側頭部を打たれ瀕死の重傷を負った。九死に一生を得たマララは16歳の誕生日(7月12日)に国連本部でスピーチした。私は、ふるさと塾でこのスピーチの要点を紹介した。

 

「皆さん、マララデーは私の日ではありません。今日は権利を求めて声を上げたすべての女性、すべての少年少女の日です」

 

 国連はマララの誕生日は7月12日をマララデーと名付けたのである。マララは続ける。

 

「何百人もの人権活動家やソーシャルワーカーがその権利を言葉で主張するだけでなく、平和、教育、平等という目標を達成するめたに日々闘っています。テロリストによって命を奪われた人々は数千人。負傷した人々は数百人にのぼります。私はその一人にすぎません。私は2012年10月9日、タリバン兵に左の側頭部を撃たれました。彼らは銃弾で私を黙らせようと考えたのですが、そうはいきませんでした。その時、沈黙の中から数千の声が上がったのです。テロリストは私たちの目的を変えさせ、私の意思をくじこうとしたのですが、私の人生で変わったことは一つだけ。それは弱さ、恐怖、絶望にかえて強さと力、勇気が生まれたということです。私は今までと同じマララです。私の意志も変わっていません。私の希望も夢もそのままです」

 

 このマララの言葉を塾生が真剣に受け止めた姿が私を勇気づけてくれた。熱い一日もマララの熱さに比べたら物の数ではない。(読者に感謝)

 

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2018年7月22日 (日)

小説「死の川を越えて」 第100話

 

 

 

田中の通訳を交えながら、カールは語り出した。

 

「日本の皆さん、草津の皆さん、有り難う。カールと申します。多くの韓国の人、大震災の時殺されました。とても悲しいこと。日本人に朝鮮人のこと差別する心、ありますね。私、鄭東順からいろいろ聞きました。この差別の心が朝鮮人を虐待する大きな原因になったと思います。この差別、 朝鮮人以外にきっと広がります。ハンセン病の患者にも。そして、国が大変な時、ドイツと同じように、弱い人たちを犠牲にする危険な思想が広がることを恐れます。人を差別する心、人間を大切にしない心は、生産に参加出来ない人の価値を認めません。これ、今日話すことと関係します。草津の湯の沢集落のこと、鄭さんから聞いた。この集落のこと、もっとよく知りたい。私、皆さんと力を合わせたい。これ、イエス様の導きです」

 

 この時、万場老人が発言を求めた。

 

「鄭さんと繋がる皆さんとここで会えるとは実に不思議な気持ちですぞ。明霞さんとこずえがここで、こうして会えるのは、神の導きであろう。カールさんの話を聞けるのも神の力かも知れぬ。ところで、そのドイツで懸念されているという恐ろしい考えとやらを是非聞きたいものじゃ」

 

 カールは大きく頷いて口を開いた。

 

「ご老人、よく言ってくれました。この山奥に来たのには大きな意味あります。ビンディングとホッヘという2人の有名な学者が『生きるに値しない命』という論文を書きました。今ドイツでは大きな話題になりつつあります」

 

「え、生きるに値しない命ですって、そんな命があるのですか。誰が決めるのですか」

 

 正助がドイツ人の言葉を遮って言った。この時、端に座っていたリー女史が身を乗り出すような仕草をするのが見えた。

 

「1920年の初めに出た論文ね。ここ3~4年ドイツでは賛否の激しい議論、沸いています。生まれつきの知的障害者、精神病患者、治る見込みのない病人など生産活動に参加出来ない人を挙げています。こういう人たちのため、国は毎年莫大な負担をしている。それ、誤った政策だというのです。ドイツは戦いに破れ、全国民、飢えようとしている。戦勝国に大変な賠償金を求められ国が亡びようとしている。国民が心を一つにして頑張らなければならない時なのにそういう政策、全く無駄なことだというのです」

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月21日 (土)

小説「死の川を越えて」 第99話

 

 

 

 

 

一、 議論は熱く燃えた

 

 

 

 遠来の客を迎える場所には正助が働く山田屋が用意されていた。万場軍兵衛、さや、こずえ、いつもの正助の仲間たちの他に、集落の役員や正助の呼び掛けに応じた仲間も加わり、会場は賑やかだった。そして、人々は、聖ルカ病院のリー女史と岡本トヨが参加していることにも驚いた。また、人々は、美しい韓国人の娘に好奇の視線を注いだ。

 

 正助が進み出て言った。

 

「皆さん、この方々はドイツ人のカールさんと韓国人の明霞さん、そして通訳の田中さんです。明霞さんは朝鮮で差別に苦しむ私たちの仲間です。シベリアで死ぬところを私は多くの人に助けられました。

 

今回の大震災で多くの朝鮮人が殺されたことに、向こうでは大きな衝撃を受けています。カールさんは、私たちに特別話したいことがあるそうです」

 

 大きく頷くカールの目に何か強い決意が現われている。その時、通訳の田中が発言を求めた。

 

「その前にドイツについて日本人の私から少し説明したいことがありますが宜しいでしょうか」

 

 正助が笑顔で承諾を示すのを見て、田中は話し始めた。

 

「ドイツは西洋の大国ですが、世界の強国を相手に戦って敗れ非常に大変な状況です。日本はドイツの敵でした。日本が叩きのめしたドイツのカールさんと仲良しになったのが不思議に思えます。話はそれましが、そういう大変な状況で大変恐ろしい思想が広がり始めています。それは、人間とは何かということに関わる考え方です。カールさんは、韓国に来て、韓国でも同じ考えが広がることを恐れました。カールさんは韓国の差別の実情を見ました。朝鮮人が日本人によって差別されている。そして、ハンセン病の人が人間扱いされていない。韓国と日本は一体で日本が支配しているから、差別の原因の一つは日本にある。そこで、日本に行きたいと思っていたら、大震災が起き思いもよらないことで多くの朝鮮人が殺されました。

 

「カールさんは、キリスト教徒の使命を持って日本に来ました。そんなカールさんの話しを是非聞いて下さい」

 

 田中は一気に語ってカールを促した。

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月20日 (金)

人生意気に感ず「術後は良好。チュックボウルの世界大会。帰ってきたおばあさん。人権の礎」

 

◇先月から極めてハードなスケジュールが続いている。6月15日から18日まで中国へ。帰国して6月28日に入院手術等。中国はチュックボウルの世界大会の視察、入院は前立腺手術であった。これらの関係が、ここに来て大きく動いた。7月18日、退院後初めての受診で細胞検査の結果を知らされ、癌はなかったことが分かったのだ。私の手術は前立腺の肥大部分を削ることで、癌がないことは数年前の日赤の検査で分かっていたが、直接の手術に当たり一抹の不安があった。天は未だ生きて頑張れと命じていると受け止めた。

 

 チュックボウルの関係は、昨日(19日)、役員会で東アジア世界大会を来年前橋で開くことが決まった。前橋市の応援を得ることを確認して決めた。忙しくなる。

 

◇日中友好協会は、10月6日有効条約40周年記念事業の一つとして、神田幸子語り芝居の上映会を行う。昨日、群馬会館でリハーサルと打ち合わせを行った。題は「帰ってきたおばあさん」。入場無料、10月6日(土)午後1時30分開演。

 

 企画を決定するについて、私は中味をよく観た。動乱に巻き込まれた満州移民の女性の姿は胸に迫る。ソ連兵や暴民に追われる女性は特に悲惨だった。犯され妻を夫までが蔑んだ。長い年月が過ぎ、この残留婦人は故郷の鹿児島に。かつての夫は姿を現すか。問合せは群馬県観光物産国際協会(027-243-7271)

 

◇ハンセン病で悲惨な運命を辿った人々の魂の叫びは永遠に残さねばならない。栗生楽泉園の納骨堂には隔離政策と闘った2千人余の魂が眠る。楽泉園自治会は園の敷地内に「人権の礎」を建立する計画である。「人権のふるさと」、「人権の原点」を示すためである。自治会会長は藤田三四郎さん(92歳)である。私は藤田さんの心意気に共鳴して石碑県立の呼びかけ人の一人となった。待ったなしの情況である。

 

◇私の上毛新聞連載小説「死の川を越えて」が上毛新聞社から、上下巻として出版されることになり作業が進んでいる。昨日、担当の人と何回目かの打合せをした。ハンセン病の差別、偏見と闘った人間ドラマで、終局は国を相手としての国賠訴訟である。人権が木の葉のように軽く流される世の潮流である。9月15日には、私は楽泉園でこの小説に関する講演を行う。(読者に感謝)

 

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2018年7月19日 (木)

人生意気に感ず「正に焦熱地獄。地球が一つになって力を。受動喫煙防止」

 

◇凄まじい暑さ。愛知県では小1が熱中症で死んだ。多くの人が緊急搬送されている。地球温暖化が原因に違いない。焦熱地獄という言葉がある。人間がかつて想像したことが現実化しつつある。想像したことは必ず実現されると言われるが、昨今の状況はそれを示す。

 

「熱中症弱者」という言葉が定着しつつある。65歳以上の高齢者や乳児たちである。ともに体温調節機能が低いのだ。乳幼児は別にして、現代人は便利さに慣れて身体機能が低下している。抵抗力が落ちているのだろう。宮沢賢治は言った。「日照りの夏はおろろ歩き」と。それも昔のことで、私たちは日照りは過酷となるにも拘わらず、おろおろ歩くことはなくなった。この先焦熱地獄は増々現実化し、人間のパワーは落ちる。これも高齢少子社会に立ちはだかる巨大な壁である。

 

◇地球温暖化の影響はもとより、日本だけではない。周りを海で囲まれ、自然豊かな日本は比較的に影響が小さいのだろう。地球温暖化に直面して、地球は一つという感を高める。

 

◇今、地球の危機に直面して、最大の妨げは自国第一を掲げる偏狭な考えである。世界は一つという価値観を支えるのは人間尊重の民主主義の理念である。その盟主はアメリカであった。アメリカ国民がトランプ大統領を選んだことはアメリカにとって、更に地球にとって不幸なことであった。このことが、最近の世界情勢の中で増々明らかになってきた。

 

 アメリカファーストを訴えたトランプはトランプファーストを露骨に叫び出した。その一つがプーチンとの対話である。ロシアは、前回のアメリカ大統領選で国を挙げて干渉したと言われる。そのお陰でプーチンは当選できたとも言われる。事実とすれば、これほどアメリカにとって不名誉はないし、民主主義という普遍的価値を傷つけるものはない。この点をしっかり主張することがトランプの責務だった筈。トランプの記者会見は惨めだった。与党共和党の議員まで「これほどみじめに大統領の地位をおとしめた米大統領はいない」と酷評した。米大統領の軽さを喜ぶ勢力は少なくない。トランプとぴったりで点数を稼いだと見られてきた安倍首相はしっかりしなければならない。

 

◇18日、受動喫煙防止法が成立した。多くの人が集まる建物内を罰則付きで原則禁止とす。時遅きに失した感が。健康を脅かす暴力だった。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年7月18日 (水)

人生意気に感ず「中国大使館の群馬の五葉松。友情と絆の真の意味は」

 

◇17日、東京は茹だるような暑さであった。午後1時、神田錦町の日中友好会館で、丹羽宇一郎氏と会った。丹羽氏は元中国大使で、故加藤紘一前会長の後を継いで日中友好協会会長に就任した。

 

 群馬県日中友好協会は、注目されながらもこれまで日中友好協会本部に参加していなかった。今年、正式に参加したことを機に丹羽氏と今後の協会運営等を語ることがこの日の目的であった。

 

 群馬県日中友好協会は、私が会長、大澤知事が名誉会長、福田康夫元総理大臣が最高顧問という構成。日中関係に於ける福田さんの存在感は大きい。この日の群馬県日中友好協会側の出席者は、私の他は郭同慶理事と黒澤事務局長であった。

 

◇午後3時半、予定通り中国大使館を訪ね、王婉大使夫人と会った。中庭の緑の芝生の一角に五葉松が炎熱を跳ね返すように立っている。昨年4月日中国交正常化45周年を記念して植樹した。数メートルの安定した姿は日中の関係への思いを物語る。この日の目的は五葉松の根本に石碑を据える打合せである。碑文「友情と絆を」は、私が選んだ。

 

◇日中の歴史は有史以来である。世界情勢が新たな転換期を迎える今、日中は重要な段階を迎えつつある。アメリカとの関係は極めて重要であるが、日本は長い歴史を踏まえて存在の意義を発揮すべき時である。

 

 世界の民主体制の柱、アメリカがトランプの暴走で揺らいでいる。中国は習近平主席の下で一帯一路を掲げて、世界に向けて新たな動きを示している。日本は中国に向けて言うべきことは言える存在でなければならない。「友情と絆」には、その願いと決意が込められている。

 

 北朝鮮とロシアはどうなるのか。トランプがぐらぐらする中で、世界の安定と平和が心配だ。

 

◇サッカーワールドカップの狂乱は何を意味するのか。民衆のあの熱気は何かきっかけがあれば、偏狭なナショナリズムに火がつく可能性を示す。

 

 地球が狂い出した。西日本の豪雨はこれから列島全体に広がるだろう。更に続くのは巨大地震の恐怖である。私は灼熱の太陽の下で日本の危機を肌で感じた。今必要なのは、冷房施設ではなく、日本人が冷静な心を取り戻すことである。最も暑い8月が近づいた。(読者に感謝)

 

 

 

 

 

 

 

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2018年7月17日 (火)

人生意気に感ず「初の司法取引は。狂気のオウムの実態。フランスの勝利」

 

 

◇初の司法取引成立に驚く。6月に制度が始まってからの初適用である。この制度はアメリカで行われていたが、日本には無縁のものと思っていた。司法とは厳正な世界のもの。私はおよそ「取り引き」ということに馴染まないものと信じていた。取引とは本来、妥協を伴うものだ。検察が手加減することを法が認めるなら司法を支える公正や正義はどうなるのか、これが制度への素朴な疑問であった。

 

◇海外の公務員は一般に給料が低いため、日本企業に賄賂を要求することが多いという。応じなければ事業がスムーズに進まない恐れが生ずる。今回は、内部告発で容疑が明るみに出た。社員の贈賄罪捜査に企業は協力する見返りとして企業の訴追を見送ってもらうという構図である。トカゲの尻尾切りとなり、企業は責任を免れることで、検察の権威と信頼に傷がつく恐れもある。日本版司法取引は、贈収賄、薬物事件、組織的詐欺、談合などの経済犯罪が対象となる。

 

◇狂気の宗教団体オウムの実態が改めて明らかになりつつある。オウムの工場ではサリンの大量生産が可能であった。サリンは無職無臭猛毒の液体で即効的に神経機能を破壊する。場面は、日本の政治の中枢に近い朝の地下鉄の雑踏であった。液体は足元に置かれ傘の先で穴をあけられた。阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄が出現した。今でも、車イスで廃人同様の姿となっている人がいる。

 

 この未曽有の事件を今後の教訓として活かすために、最低限求められることは死刑判決を受けた人たちの記録を国民の前に明らかにすることである。

 

 今日、新たな国際テロに晒される時代となった。大都市は余りに無防備である。オウム事件の後、テロ対策は進んでいるのであろうか。一度、あのような事件が起きた場合、警察だけで手に負えないことは明らかである。自衛隊の有効活用意外に手はないと思える。そして、同時に極めて重要なことは、国民の自覚である。このことを含め、オウムが再び注目されているこの時期に防災教育が待ったなしとなっている。

 

◇フランスがクロアチアを下した。16日深夜、5大会ぶり2回目の優勝。4対2。直ぐにニュース速報が流れた。スタンドと一体となった熱い炎。黒い弾丸のように、そして黒いヒョウのように動いた体力と気力。小国クロアチアもよくやった。(読者に感謝)

 

 

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2018年7月16日 (月)

小説「死の川を越えて」 第98話

 

 一行は草津に着いた後、明霞の希望で万場老人と会うことになった。明霞は、父の鄭東順から老人に会って宜しく伝えよと言われていたのだ。

 

 正助が働く山田屋の一室で老人は待っていた。老人は、カールと挨拶を交わした後、申し訳ないが明霞、こずえ、正助と特に話したいことがあると言った。別の一室に入ると、老人は明霞の顔をしげしげと見て涙を流した。

 

「鄭東順殿は元気ですか。こんな顔でお許し下され。正助が大変お世話になったそうな、有り難う」

 

「お父さんは、朝鮮人を助けてくれたこと、万場さんに大変感謝していました。宜しく宜しく、言ってました」

 

「わしは今日、重大なことを話す決意じゃ。この時を待っていた」

 

 万場老人はそう言って、こずえを見た。一同は何事かと老人の口元を見詰めた。重い沈黙があたりを覆った。老人は意を決したように口を開いた。

 

「正助が海底洞窟のことを話してくれた。明霞さんの母が日本兵を助けるためにあそこにのまれたな。あの日本兵は、実はこずえの父なのだ」

 

「えー」

 

 こずえと明霞が同時に叫び、正助は息を呑んで老人の顔を見据えた。

 

「こずえの父は満州の関東軍にいたが、何かの任務でウラジオストクに入ったらしい。いずれ話さねばと思っていたが、こずえの心を思うと機会がなかった」

 

 こずえは両手で顔を覆い、肩を小刻みに震わせていた。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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2018年7月15日 (日)

小説「死の川を越えて」 第97話

 

 それからしばらくして、いよいよ韓国の人々と会う日がやってきた。

 

 嬬恋駅では正助とこずえが電車の到着を待っていた。こずえは胸の高鳴りを抑えることが出来ない。正助はよく似ていると言っているがどんな人だろう。こずえの心を覗くように正助は言った。

 

「あの時は、朝鮮の腹を着ていたから、こずえさんのことなど頭になかった。それでも誰かに似ていると思った。後で、あの顔はこずえさんの顔だと気付いたんだ。けどね、他人の空似と思っていたよ。まったく世の中は不思議だね」

 

「ご隠居様の話では、私と同じ年だそうなの。私の母とその方の母は双子で、他人様には見分けがつかない程似ていたといいますから、その方と私が似ているのは無理ないわね」

 

 やがて電車が近づき、止まった。中から三人の男女が現われた。

 

「あっ、あの人だ」

 

 正助が叫んだ。赤でなく地味なチョゴリの明霞の姿が近づく。

 

「しばらくです」

 

「まあ、正助さん、お久しぶりです」

 

 たどたどしい日本語であった。正装した姿は見違える様で、にっこり笑った顔はこずえに劣らず美しい。

 

「今日は。ようこそ遠い所へ」

 

 こずえがおずおずと声をかける。

 

「まあ、この方が」

 

 明霞が驚いた声で応えた。

 

 2人は手を握り合った。

 

「日本語がお上手ね」

 

「いえ、ほんの少し、母から教わったの」

 

 数奇な運命を目の当たりにして、こずえは何を話してよいか分からない。2人の男は1人は外国人でもう1人は日本人であった。

 

「私は田中と申します。通訳です。この人はドイツ人宣教師のカールさんです。日本語はかなりよくできます」

 

「カールと申します。宜しくね」

 

 背の高い男は丁寧に腰を低く折って挨拶した。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月14日 (土)

小説「死の川を越えて」 第96話

 

「目の前の試練に正しく応えられぬようでは、廃娼県群馬は本物ではなかったということになります。朝鮮人の問題は、天から群馬県議会に与えられた試練に他なりません」

 

 

 

第四章 生きるに値しない命

 

 

 

一、 韓国の客

 

 

 

 ある日、草津の役場に韓国からの手紙が届いた。宛名は下村正助。差出人は鄭東順(チョンドンスン)とある。正助が助けられたハンセンの集落の頭だ。正助は届けられた封書を逸る思いで開いた。そこには、無事に日本に帰れたことは何よりとあり、大震災の見舞いを述べ、何よりも仲間の朝鮮人が助けられたことに心から礼を言いたい、主要な要件は万場軍兵衛殿に知らせるとあった。

 

 数日後、正助が万場老人を訪ねると、こずえが居た。万場老人の様子がいつもと違う。老人は意を決したように静かに話し始めた。

 

「京城の鄭から手紙があった。大震災で多くの朝鮮人が殺された。その中に、差別された人々が多く含まれているらしい。そのことで、詳しく知りたいので鄭の関係者がそのうちに日本に向かうとある。娘の明霞(ミンシャ)も来るそうだ。実は、明霞はこのこずえと血が繋がっている」

 

「えー、何ですって」

 

 正助は思わず大きな声を上げた。正助は赤いチョゴリをまとった韓国人の娘が誰かと似ていると感じたことを思い出していた。そういえば目の前のこずえとそっくりである。こずえにあのチョゴリを着せれば、同じ姿ではないか。

 

「こずえには、時々話してきたことじゃがな」

 

 万場老人は、そう言って遠くを見るような目をした。

 

「こずえの母は、わしの縁者の屋敷で働いていたが若くして亡くなった。双子であってな、妹がおった。妹は深い訳があって、朝鮮に渡った。立派な若者と知り合い、愛し合うようになり、結婚した。それが若い頃の鄭東順だった。そこで生まれたのが明霞なのだ」

 

 万場老人の話は衝撃的である。

 

「明霞は、母親の縁の地を見たい、そして縁の人に会いたいというので、草津へ来るそうだ。その時は、正助、いろいろ頼むぞ」

 

「分かりました。おれは、鄭さんにも、明霞さんにも大変お世話になっていますから」

 

「私は何か、不思議な気持ちです。そして、恐いようです。どうしましょう」

 

 こずえは、こう言いながらも微笑んでいる。その目には大きな期待が現われていた。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月13日 (金)

人生意気に感ず「まさかの死後再審。オウムの凄惨。福島から聖火は素晴らしい」

 

◇遂に「死後再審」が決まった。無期懲役が確定し、服役中に病死した事件である。遺族が申し立てた再審請求で、大津地裁は11日、再審開始を認めた。

 

 滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件で無期懲役確定後、元受刑者は病死し、その遺族らが「自白を強要された」と再審請求を申し立てていた。かつて、再審は針の穴を通る程難しかった。三審制の裁判の権威にかかわるからである。しかし、裁判も人間がやること、誤りはある。とすれば人権の点から確定した裁判のやり直しも時には認めねばということで、再審の扉が開かれることになった。再審により地獄から生還を果たした受刑者は少なくない。しかし、受刑者の死後に遺族らが求めた「死後再審」が認められるのは初めてである。

 

 死後に冤罪が晴れても取り返しがつかない。この日野町事件のケースは無期懲役であるが、死刑であれば問題はより深刻である。死刑については、その存否をめぐり激しい議論があるが死刑廃止論の一つの有力な論拠は、冤罪による死刑執行である。死後の再審により無罪が認められても、それこそ取り返しがつかない。今回、無期懲役のケースで、死後再審が認められたことは、死刑についても死後再審があり得ることを示唆する。この再審は今後大きな議論を巻き起こすに違いない。

 

◇オウムの事件で特に記憶に残るのは坂本弁護士一家殺害である。私の印象では坂本弁護士の母の執念が事件解決に大きく貢献したのではないか。街頭に立って訴える姿からは、女親の、また孫を思う鬼気迫るものが感じられた。

 

 6人の実行犯が坂本一家を殺し、山中に埋める光景は凄惨である。実行犯は坂本弁護士の遺体をドラム缶で運び、大きな穴を掘って投げ込んだ。村井が穴に飛び込み、遺体の頭にツルハシを振り下ろす。目はつぶれ顔は真っ白で腐臭が漂っていた。発覚を遅らせるために苦労して歯を折ったという。深夜に穴を掘る狂気の姿。この世のものとは思えない。この一見平和な世界は、このような狂気の世界と隣り合わせなのか。

 

◇聖火が福島県からというのは素晴らしい。東日本大震災は日本の大転換点であり、新しい出発点。光る海を背景に荒涼とした瓦礫の原を走る姿は災害の時代の幕開けを国民が共有する機会となる。(読者に感謝)

 

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2018年7月12日 (木)

人生意気に感ず「未曽有の災害はこれからも。人間界の変化も深刻」

 

◇死者175人、安否不明56人。西日本の今回の大洪水は、50年に一度の特別災害ということが強調された。のどかな山河は一変して狂い立つように見えた。山の斜面、川の流れ、これらは50年から100年の期間の中で、自然の秩序を保ってきたに違いない。町や村の営みもそれと調和して平穏が保たれてきた。

 

 それが自然と人間との対話であり、調和の姿であった。それが一挙に覆る事態が生じた。それが今回の災害である。地球の温暖化の中で海面が上昇し、降水量が年々増える状況下で今回の災害が生じたことを考えると、50年に一度は、恐らく今回限りではあるまい。今後、日本中至る所で同様な事態が生じることを覚悟しなければならない。これは、そそり立つ裏山は母の懐のように安らぎを与える存在であったが、これからは悪魔に変身することを予測しなければならないことを物語る。

 

◇今回の災害はいわば空からもたらされた。今、私たちに忍び寄る更なる恐怖は地底の変化である。東日本大震災は、しばらく続いた日本列島の静穏期が終わりを告げ、活動期に入ったことを意味すると専門家は指摘する。首都直下型、そして南海トラフ型の巨大地震が刻々と近づいている。各地で頻発する内陸地震はその予兆と言われている。

 

◇自然界がこのように大変化を生じつつある時、人間界にも変化が進んでいる。それは少子化高齢化及び、人間の精神の劣化ともいえる現象である。

 

 人口減少社会が止まらない。これからは社会を支えるために多くの外国人を受け入れざるを得ない。長い間、日本は単一民族として生きてきたので外国人との共生に慣れていない。日本の文化はどうなるのか。私は多くの留学生を抱える日本アカデミーにいてこのことを日々痛感している。

 

 最近の犯罪現象をみていると、日本人の心が病んでいることを痛感する。犯罪は社会の変化を象徴する。動機不明、不可解な犯罪が増えている。人間の崩壊現象ではないか。正に日本の危機である。人間は本来自然と共に生きる存在である。文明がアンバランスに進み、人間が自然から離れすぎた。それと共に人間精神の劣化が進む。普通の市民がある日殺人鬼に変身する。社会に心の芯がない。あるのに目を向けようとしないのか。未曾有の国難の時、憲法の意義こそ問われるべきである。(読者に感謝)

 

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2018年7月11日 (水)

人生意気に感ず「タイ少年全員救助にほっと。近づく西日本大地震。死者162人に」

 

◇タイ洞窟の少年全員救出にほっとした。10日深夜のニュースで知る。18日ぶりである。全世界が注目し力を合わせた。分裂、対立、人間不信が渦巻く世界情況の中での朗報である。地底の洞窟は闇の中で水と酸素不足がじりじりと迫っていた。

 

 時、あたかも、日本では異常の降雨。洞窟周辺でこの雨が降ったらと心配した。潜水してやっとすり抜ける程のすき間を通過しなければならない。岩に装具がひっかかってしまったらとはらはらした。救出の順番には難しい問題があったに違いない。最初の少年には勇気が、最後の少年には忍耐がそれぞれ求められたろう。国家と社会には人命尊重の姿勢が試された。少年たちは生きる命の喜びと家庭の温かさを噛み締めているだろう。チリの鉱山落盤事件と共に世界の災害史に残る出来事である。

 

◇10日発売の文藝春秋に載った「西日本大震災は必ず起きる」を読んだ。京都大学鎌田教授の論文である。6月、渋川市と大阪府で続いて起きた強い地震にはいよいよかと驚かされた。あの大阪北部地震は巨大地震の前兆だというのだ。

 

 更に具体的に、教授は約20年後に必ず起きると言われている南海トラフ巨大地震の前兆だと指摘する。南海トラフ巨大地震については未曽有の歴史的大災害となることが予測されている。南海トラフの巨大地震が起きる前には内陸型直下地震が頻発するという。過去の地震は地層が物語る。「過去は未来を解く鍵」である。だから、何十万年も前から推積した地層の研究によって、近い将来の災害を予測できる。

 

 その内陸型直下地震の例が熊本地震であり、今回の大阪府北部地震などだというのである。この流れに大きな影響を与えているのが2011年の東日本大震災であるらしい。この東日本大震災によって日本列島の地盤は不安定な状態になり、新たな変動期に突入したといわれる。

 

◇西日本豪雨の惨状はまるで戦場のようである。死者は157人に達し安否不明は56人である。今回の特色は50年に一度の「特別警報」ということが叫ばれたことである。半世紀に一度と言えばほとんどの被災地が想定外だったに違いない。地球が狂い出し、このようなことが今後日本各地で起きることを覚悟しなければならない。群馬は安全といっていられない。小学1年生の時のキャサリン台風を思い出す。(読者に感謝)

 

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2018年7月10日 (火)

人生意気に感ず「藤田三四郎さんの恋。差別と偏見を超えて」

 

◇6日(金)、上毛の「ひろば」に藤田三四郎さんの素敵な投稿が載った。「木いちごの味」は92歳の人の文とは思えない若々しさが漲(みなぎ)る。14歳の初夏、初恋の人と食べた木いちごは甘味よりも酸味が強いと振り返る。三四郎さんは一つ年上の彼女から恋文をもらったが、既に軍隊へ入ることが決まっていた。生きて帰るまで待ってと約束して別れた。しかし、運命は過酷だった。三四郎さんは「ハンセン病」を診断され療養所へ強制収容となる。ハンセン病は戦争遂行を妨げる国辱とされた時代である。ハンセン病が出れば一族が差別されるから本名も隠さねばならない。藤田三四郎も本名ではない。当然彼女への連絡も不可能となった。三四郎さんは書く。「当時の彼女は私のことをお国のために戦い死んでいったと諦めたことだろう。あれから80年近い月日が流れた。(中略)もし彼女が今も元気なら、この私を許してくれるだろうか。私にとって初夏の木いちごの味はいつも甘味よりも酸味の方が強い」

 

 私はこの日、草津の楽泉園へ行き三四郎さんと会った。9月15日に楽泉園で連載小説「死の川を越えて」の講演をする予定でその打ち合わせも兼ねていた。

 

 三四郎さんは楽泉園内の病棟に未だ入院中であった。投稿記事が良かったと話すと嬉しそうである。

 

「彼女は美人だったの」

 

「うん、キレイだった」

 

「手くらい、握りましたか」

 

「うん握った。こうして肩を抱いた」

 

 三四郎さんは腕で輪を作って見せた。三四郎さんの笑顔が若々しい。私は若い二人の姿を想像した。二人の恋は時を超え、ハンセン病の差別を超え、国の非情な政策にも耐えて三四郎さんの胸の中で生き続けている。

 

◇8日、元検事、現福祉財団会長、堀田力氏の講演を聴いた。その中で、高齢社会に於ける人間の尊厳を訴える点に共鳴した。堀田さんは、人間の寿命はかつて20~30年だった。将来は百まで生きる時代になり全地球で少子高齢化するだろう。高齢社会の理想は一人一人の個を大切にすることで、それを支える力は高齢者の自主的な生き方、支え合いだと主張する。少しでも社会の役に立ち「ありがとう」と感謝されることが幸せの源泉だと語った。人間は心の生き物である。この心をどこまでも尊重する社会を作らねばならない。高齢者に消毒液を点滴する看護師を想像しながら拝聴した。(読者に感謝)

 

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2018年7月 9日 (月)

人生意気に感ず「遂に7人を処刑。死刑を論ずる時。殺人看護師の怪」

 

◇松本智津夫元教祖以下7人の死刑が執行された。世界が注目する衝撃の出来事を感情的に、そして興味本位に見ている人が非常に多い。

 

 しかし、事件から教訓を引き出さねばならない。そのためにはショーで終わらせてはならない。事件は社会の病理を背景として起きている。若者の渇いた心の隙に邪教が蛇のようにもぐり込んで棲みついた。高学歴の者が多かったが、教育とは彼らにとって何だったのか。絞首台に引き立てられ首に縄をかけられた時、生きたいと言って泣き叫んだのであろうか。自業自得と突き放して見ることは許されるのか。

 

 EU(欧州連合)からは処刑の中止を求め日本の死刑制度を批判する声が届いた。事件から真の教訓を引き出すためにも死刑制度を真剣に議論すべきではないか。

 

◇松本元教祖の死が殉教と解釈され、神とされれば邪教が生き延びることになる。今、元教祖の神格化として懸念されている問題である。ここで元教祖の遺体の行方が注目されている。元教祖は処刑の直前、その四女に遺体を渡すことを遺言したという。公判で口を閉ざし正常な判断を危ぶまれていた者に、果たしてこのような決断が可能なのか。ミステリアスなことに思える。

 

◇先進国の中で日本は死刑を堅持する数少ない国の一つである。死刑の是非については論ずべき点がいくつかある。憲法は残虐な刑罰を禁じているが、最高裁は現行の絞首刑は残虐にあたらないとする。最大の問題は冤罪の恐れである。執行後に無罪が判明した場合は取り返しがつかない。制度存置による犯罪抑止効果については両論がある。死刑は極刑であるが、これに次ぐ重刑の無期刑との間の差があり過ぎる。無期は10年程で出られる可能性があるからだ。そこで終身刑を創設すべきだという議論が強い。国家権力は、正義でなければならない。人権尊重を高く掲げる文化国家に於いて国家が人の命を奪うことが許されるのかという基本的な問いかけが存在するのである。

 

◇人の命が木の葉のように扱われる風潮がある。先の短い高齢者は生きるに値しないとして汚物のように投げ捨てられる事件が跡を絶たない。福祉施設の上階から投げ捨てられたと思われる例があった。今度は看護師が点滴の溶液に消毒液を混入して2人を殺した容疑が浮上した。この女は20人もの人に消毒液を点滴したと証言している。さほどの罪の意識がないらしい。社会の何かが大きく狂い出したのだ。(読者に感謝)

 

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2018年7月 8日 (日)

小説「死の川を越えて」 第95話

 

 

 

さて、万場軍兵衛が、藤岡の朝鮮人虐殺は県議会が取り上げるに違いないと言ったことはどうなったであろうか。それは、綱紀粛正の建議案とそれに関する森山抱月の発言となって実現した。

 

 すなわち建議案では、「暴民が勢いづくのを見逃して職責を顧みない警察がいる」「今、これを根本的に粛正しなければ、県政の将来が心配である」と指摘し、だから「当局は速やかに警察官の粛正を断行して欲しい」と訴えた。

 

 そして森山議長は、建議案について自分の考えを次のように表明した。

 

「藤岡事件は警察官の責任観念と見識の欠如を現す。責任を明らかにした措置をとらねば警察の威信を保つことは出来ません」

 

 森山議長は、このように警察官の責任感と見識を問題にした。森山の胸中には、警察官が地域のハンセン病患者を圧迫して苦しめているという思いがあった。彼は、この議会で町田議員がハンセン病は秘密病だと言って警察官を批判したことを、議長として警察官の見識の問題として改めて指摘したのであった。また、森山議長は、自ら抱き続ける信念をここぞとばかり言い放った。

 

「朝鮮人を虐待することは、単に朝鮮人だけの問題ではありません。それは、誤解・差別・偏見の問題です。つまり、広く人間をどう見るかの問題なのです。ですから、この議会で議論されているハンセン病患者とどう向き合うかということで共通の問題なのです。群馬県議会は、明治の御世に、全国に先がけて廃娼県を実現させました。その誇りを忘れてはなりません。廃娼もハンセン病患者の救済も、そして朝鮮人の保護も、人間尊重という点で共通の問題です」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月 7日 (土)

小説「死の川を越えて」 第94話

 

 万場老人は、目の前の書類を指先で追いながら続けた。

 

「第二回国際会議は明治42年ノルウェーで開かれた」

 

「らい菌を発見したハンセンの母国ですね」

 

「そうじゃ、この会議の内容は非常に重要なのじゃ。この年、日本では5地区に分けた国立療養所が設置された。県議会の議論で本県からは23名の患者が収容されたと答弁されたが、その全生園は、この年に開設されたのじゃ。この第2回国際会議ではな、らい菌の感染力は弱いこと、隔離は患者の同意のもとに行われるのが望ましいこと、放浪する患者等の一部の例外については強制隔離を行うこと等が確認された」

 

「へえー、先生。感染力が弱いことが国際会議で確認されたとは本当ですか。草津の人は昔から知っていることですね。そのことが草津だけでなく世界の会議で認められたとは信じられないようです。草津の水準が国際会議を超えていたなんて。なぜ日本はそのことを認めて政策に取り入れないのですか」

 

「そこなのじゃ。そこに日本の特殊事情がある。ハンセン病の政策の基盤に人道主義、つまり人権の尊重がないのじゃ。これはハンセン病の対応を超えて国民一人一人の人権に通じる問題じゃ。このことをしっかりとわきまえることが重要なのじゃ。国際会議の結論は、我々に勇気を与え、我々の強い味方になっておる。正助よ、頑張らねばならぬぞ」

 

 万場老人がきっぱりと言うと、正助は大きく頷ずいた。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年7月 6日 (金)

人生意気に感ず「今月のふるさと塾でパキスタンとマララを。洞窟の少年たち」

 

◇カーンパキスタン大使と会ったことで、私はパキスタンにより接近できたことを肌で感じた。大使館の上階では本物の古代の文化遺産を見た。それは一見してギリシャの影響を現している。ギリシャの影響は紀元前のアレキサンダー大王の遠征に由来する。大使の話の中に、インダス川、ムスリム、マララ、アフガニスタンなどが登場する。

 

 このことが示すように、パキスタンの歴史は古代文明から現代の生々しい紛争にまでつながっている。パキスタンは「清浄の国」を意味するという。マララはなぜ銃撃されたのか。頭を貫通する銃弾から彼女の命を救った神とは何か。イスラムの過激組織は女子教育を進めることは「反道徳的」と叫ぶ。

 

◇今月の「ふるさと塾」は、「パキスタンとマララ」を主題にする。私は、日本アカデミーの名誉学院長を務め、「へいわ」の講義を重ねて50回になる。その第3回でマララを取り上げたら反響は大きかった。銃撃を受けながら怯まずに女性の人権を訴える勇気に私たちは学ばねばならない。

 

 平和は受け身の姿勢では獲得できないし、守れない。来年8月、マララを前橋に招きたいという思いでカーン大使と会った。大使は実現に向けてできるだけの努力をすると約束し、そのための具体的アドバイスも与えてくれた。

 

 パキスタンには天に届くような崇高な自然があり、また一方では血で血を洗うような人間の争いもある。そこを悠久な歴史が時を超えて流れている。ふるさと塾では私の歴史観も踏まえて語りたい。新規参加も可。入場無料。日吉町の市総合福祉会館、21日(土)午後6時半。

 

◇タイの洞窟に閉じ込められた少年たちの状況は想像以上に大変らしい。入口からプロでも5時間以上かかり、その間潜水しなければならぬ場所もある。洞窟内の断面図によれば、上下にジグザグで天井との距離が狭い所が何か所もある。潜水の状態で通過するのは困難が伴うのは明らかだ。8年前のチリ鉱山の場合は救出に69日間かかった。今回は水とも闘わねばならない。少年たちの心は耐えられるか。少年の中には洞窟内で地上の鶏の声を聞いたものがあるという。地表に通じる穴を見つける作業も進められているらしい。少年たちの生きる力が試されている。タイ国の教育力が試される場面かもしれない。(読者に感謝)

 

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2018年7月 5日 (木)

人生意気に感ず「文科局長が息子を医学部に裏口入学とは。タイの洞窟の少年は」

 

◇文科省局長が収賄容疑で4日、逮捕された。こともあろうに自分の息子を便宜を図った見返りとして合格させたというのだ。群大附属病院を先日退院した私は、医学が自分の命に直結していることを肌で感じたばかりである。

 

 この事件の本質は重大である。文科省の顔に泥を塗ったと騒がれている。道徳教育を推進する司令塔が道徳に泥を塗ったのである。勇気ある現場の先生は「こういうことをしてはいけないよ」と道徳教育の材料として使うかもしれない。いや、むしろ笑い話の種にされるだろう。

 

◇裏口入学の実態が「医学部」の不正であることにも重大な意味がある。私は先日、前立腺手術で全身麻酔を受ける時、難しい麻酔の技術が細心の注意で行われたことを肌で感じた。

 

 もし担当医師が裏口入学者で、能力のない者であれば、患者は直接生命の危機に晒されることになる。医学の進歩には目を見張るものがある。それを支えるのは医師の能力である。医学部の入試が極めて難しいことにはこのような意味がある。

 

 容疑が事実とすれば裏口入学させた東京医科大学の責任は極めて重大である。人口減少社会が進む中で、私大は厳しい環境に置かれているが、東京医科大は自ら墓穴を掘ったようなものだ。同時に厳正であるべき入学試験に裏口があることを想像させ、医学部に対するそして医に対する国民の信頼を失墜させることになる。

 

 私個人とすれば局長の息子を憐れに思う。恐らく知らなかったのだろう。立ち上がれない程の打撃を受けているに違いない。

 

◇タイの地底洞窟の少年の生存が確認された。奥深い洞窟内の恐怖は大変なものに違いない。少年たちは探検隊の気分であったろうに、水位の上昇により暗黒の中に閉じ込められた。発見されなかったら、大変な悲劇に見舞われるところであった。しかし、まだ危機は続いている。脱出には相当な距離を潜水する必要がある。突如の水位の上昇は最近の異常気象も関係しているのだろうか。

 

 少年たちの災難に際し、誰もが思い起こすのはかつてチリの鉱山で起きた出来事である。多くの人が長い間地底に閉じ込められた。子どもであるだけに心の問題が最大の課題であろう。雨季との関係はどうなのか。無事の救出を祈るばかりである。洞窟探検はブームとなっているが、最近の異常気象の中で甘い計画は禁物である。(読者に感謝)

 

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2018年7月 4日 (水)

人生意気に感ず「パキスタン大使館を訪ねる。マララを招く交渉。あわやの逆転負け」

 

◇3日、東京はうだるような暑さだった。前日群大病院を退院した体に手術の違和感はない。早朝、運動靴で大地を踏んだ。「ああ、また走ることが出来る」大地から足に伝わる感触がこう語っている。医師は無理をしなければと、運動の再開を許していた。走ることは私にとって生きることである。コース上の建物や木々が私の生還を喜んで迎えているようであった。

 

 前橋駅を7時49分、日本アカデミーの清水理事長と出発し、高崎から新幹線で国会、そしてパキスタン大使館へ。第二議院会館で上野宏史氏と改めてマララ氏招聘の件を整理し確認。上野氏は国際派でパキスタン大使と面識が厚い。そして、私のふるさと塾の塾生でもある。私は用意した48枚に及ぶ「へいわの講義」のレジュメを取り出した。その3枚目がマララだった。赤いスカーフをまとったマララが静かに微笑んでいる。女性の人権を訴えて銃撃され、それでも怯まなかった。パキスタンの少女の命がけの生き方から平和の尊さ及び平和を守るにはどうしたらよいかを学ぶという、この時の講義は人々の感動を読んだ。これがマララを前橋に招く企画の発端となった。

 

 私たちは南麻布のパキスタン大使館に向かった。厳重なガードに包まれた邸内に入りアサド・マジード・カーンパキスタン大使と会った。大使は笑顔で私たちを迎え、流暢な日本語を操って母国とマララを語った。私は、日本と比べて過酷な環境の異教の地の光景を想像して胸を熱くした。

 

 私がマララを招く意義を訴えるのに対し、カーン大使は最大限努力すると語りながら一つの重要なアドバイスを示した。それは前橋市と広島市が連携してマララ来日で動くということであった。私たちの企画ではマララさんをその前橋訪問後に広島へ案内することを描いていたのである。早速動こうと理事長と話し合った。

 

◇自宅に帰って、ワールドカップのベルギー戦を観た。途中からテレビのスイッチを入れると2対0で勝っているではないか。信じられない。世界の最強豪に対して2点のリード。このままいけるか。いって欲しい。祈る思いである。甘くはなかった。大男たちの凄まじい反撃が始まり、あっという間に逆転され敗けた。勝敗は戦の常。日本は敗戦の中で多くのことを学んだに違いない。日本のサッカーの新しい夜明けである。(読者に感謝)

 

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2018年7月 3日 (火)

人生意気に感ず「麻酔から醒めて生還を果たす。(手術体験その2)」

 

◇群大病院の医師、看護師、医療事務員等は非常によくやっている。今回の入院に関し、検査時から手術に至るまで様々な医療関係者に関わって得た実感である。日赤及び市内の中沢クリニックの紹介で群大病院での手術が決まった。ところで、群大医学部はおそらく創立以来の危機に遭遇している筈である。例の腹腔鏡手術のミスに始まる不祥事である。天下の群大が存立に関わるような危機に直面したのだ。私が代表を務めるミライズという勉強会は、重粒子線治療施設の改善を通して群大が自信と元気を取り戻すよう平塚学長に提案をした経緯があった。

 

 このような状況の中で、私は自分が群大で手術を受けることに格別な意義を感じたのである。私の周辺には群大を選ぶことに否定的な雰囲気もあったが、私の気持ちはむしろ群大に向けて高揚していた。

 

◇私の前妻が日赤病院で命を落とした。40歳であったが、その時私は看護婦の誠実な態度に心を打たれ、現場の末端に於ける医療従事者の役割の大きさを知った。

 

 群大病院の看護師たちについても同様な感じを受けた。看護師の多くは女性で、生き生きとした笑顔で何度も「お名前は」とか、「体調の変化は」などと声をかける。群大の場合、人々の動きは、背景にある前記の医療事故のせいか、反省して信頼を取り戻そうと努力している姿に映る。

 

 私は、術後身体を動かした方が良いと言われ、廊下を点滴の装置をガラガラ引きながら歩いていた時、壁に貼られた「医療安全標語」なるものに目を止めた。医療従事者から募集したものに違いない。私はその中のいくつかをメモした。「お名前は?名乗ってもらい事故防止」、「気を付けよう氏名の一字一語まで」、「誰にでもお尋ね下さい何度でも、治療の主役は患者さん」、「SOS早めに出して事故防止」、「何か違う、その直感が大切な看護の力」、「患者さん、家族と医療者それぞれの対話で深まる医療安全」

 

 この標語を呼びかけた大学の組織としての姿勢、及び応募者の心の内が窺える。“ヒヤリハット”と呼ばれる現象が医療の現場に多いことが昔から言われていた。人の生命の安全に関わっているという畏れと謙虚さを取り戻すことが医の世界に求められている。日進月歩の医療技術の進化の中で「医は仁」という古来の諺は重要さを増している。今回は貴重な体験となった。(読者に感謝)

 

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2018年7月 2日 (月)

人生意気に感ず「人生で初めての入院手術。前立腺肥大(手術体験その1)」

 

◇6月28日の午後、私は群大病院で前立腺肥大の手術を受けた。膀胱結石を砕く手術も同時に。全身麻酔による本格的手術は生まれて初めてのことなのでやや緊張した。数ヶ月前、ふるさと塾で、この手術についてほんの少し触れたことがある。ガンの時代のこととて、人々は敏感に何かを感じ取ったと見え、話しは一部の人たちの間に秘かに広がっていたようだ。

 

 手術は無事に終わった。回復室から戻って深夜のテレビをつけると、ワールドカップのポーランド戦で湧いている。28日が終わり29日となり、0時半過ぎ日本は2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めた。私にとっては、麻酔から醒めた時の「うまくいきましたよ」という医師の声がワールドカップの成果より熱く心に響いた。しかし、この日に手術したことは私にとって生ある限り忘れられないことになるに違いない。

 

◇今回の手術での不安は、全身麻酔であった。極まれに意識を回復しない例があると聞かされていた。医師から細かく尋ねられた。薬のアレルギー、糖尿病、高血圧、高齢なども危険因子であるという。命に関わるような例は数十万に1例程度という。

 

 私はこのようなことを聞かされて覚悟を決めた。午後1時40分ごろ、手術室に案内される。入口まで妻が同行。「では頑張ってね」という笑顔が美しい。手術室を進み、曲がる時振り返ると手を振っているのが見えた。手術台に乗り仰向けになる。正にまな板の鯉。顔にマスクがつけられる。瞬時に様々なことが頭をよぎる。ニューギニアの野戦病院で太ももを麻酔なしでノコギリで切断したという話を思い出しているうちにふわっと分からなくなった。長い時間が過ぎた。そのことも分からず、いきなり人の声である。「よかった」という女性の声、「うまくいきましたよ」という医師の声。「ああ、この世に生還したのだ」私はこう実感した。

 

◇私と前立腺肥大との付き合いは20年にもなる。細胞検査によりガンはないと言われていた。手術も急ぐ必要はないということであったが、常に重い課題であった。HOLEPという最新の技術は削るのではなくレーザーで細かく砕く方法で出血も少ないのである。

 

 手術をやってよかったと思うことが直ぐに現れた。今まで毎日飲んでいたアボルプとユリーフという薬が不要になったことである。(読者に感謝)

 

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2018年7月 1日 (日)

小説「死の川を越えて」 第93話

 

「俺たちが富国強兵の妨げになるとは」

 

「弱肉強食の世界に登場した日本は、健康な強い兵士を育成して強国を実現することを目的としたのじゃ」

 

 万場老人はここで、きっとした目で正助を見詰めて言った。

 

「ハンセン病は恐ろしい伝染病であるから隔離することが伝染を防ぐために、また、欧米人の目から隠すために必要と考えた。更に不治の病という迷信があったから、一度隔離したら二度と外に出さないという方針なのじゃ」

 

「ご老人、日本は遅れていると思います。だから国際会議の動きが気になります。教えて下さい」

 

「そうじゃな。国際会議のことを少し調べておいたので説明しよう。日本がいかに遅れているかが分かる」

 

 万場老人は、そう呟きながら別の書類を取り出した。

 

「第一回ハンセン病の国際会議は明治30年、ベルリンじゃ」

 

「ハンセンによってらい菌が発見されたのは明治6年と聞いております」

 

「その通りじゃ。この会議はそれを受けて、その対策を議論することが目的じゃった。この会議で確認された主な点は、ハンセン病は遺伝性でないこと、一定期間の治療のために隔離が望ましいことなどであった」

 

「日本は、一度入ったら一生隔離と言われています。先生、俺たちの運命はどうなるのですか」

 

「うむ。心配じゃ。一生隔離の根拠は治らないということじゃ。しかし、お前もさやさんも、こずえもこのわしも菌はない。湯の沢では治っている人が多い。無知が差別と偏見を生んでいるのじゃ。第一、一生隔離なぞ人道に反することじゃ。国際会議は治療のための一定期間の隔離が望ましいと、正に人道への配慮を示している。これは、我々にとって暗夜(あんや)の光明じゃ。湯の沢の光に通じるものじゃ。頑張ろうではないか」

 

「はい、先生、暗夜の光明とはぴったりです。勇気が湧きます」

 

 2人はしっかりと手を握りあった。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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