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2018年6月24日 (日)

小説「死の川を越えて」 第91話

 

 町田議員は、知事の言葉に大きく頷いて更に続けた。

 

「知事、よくぞ申された。貴方の発言は実に重い。時が時だけに、今の発言は県民に大きな勇気を与えるに違いない。そこで、貴方のお考えを行動に移してほしい。だから、是非本県からも適当な予算を出してもらいたい。日本中で真先に東京に駆け付けて大震災の救助に当たった山村知事さんだ。決心して出してもらいたい。知事の決意を聞かせてください」

 

 山村邦明国利知事は、この議会の開会の辞で、大震災の救援に全力を尽くしたことに関しては、摂政殿下からお褒めの言葉を拝したと誇らしげに述べた。ここで摂政殿下とは皇太子裕仁(後の昭和天皇)のことである。大正天皇が病気のため、大正10年、摂政に任じられた。

 

 山村知事は決心を聞かれて次のように答えた。

 

「理想としては同感至極でございます。私も深く研究し政府や内務省衛生局に申し出ており、内務省も検討しております。その結果、政府も国費で療養させねばならぬという意見であると承知しております。患者は草津の温泉に浴することを無上に有り難いと感じているらしく、これは天然の恵みでありますが、県として何もしていないのは、いかにも相済まぬと思っています。大震災で真先に駆け付けたとご指摘いただきましたが、そのことに恥じぬよう足下の県民の救済にも力を尽くさねばという思いであります」

 

 さて、国に対する要望そして建議は、以上で見られた議員の質疑、及びそれに対する答弁を踏まえて国の責任を促そうとするものであった。これは、当時の、この病に対する一般的な理解の程度、対策の現状、湯の沢集落に関する認識を示している。大正12年の県議会は、国に対する次のような建議案をまとめた。

 

「古来、ハンセン病は恐るべき伝染性を有し、一度これに感染すると、その治癒はすこぶる困難であります。この憐れむべき患者に対する国家としての救護が薄いことはすこぶる遺憾であります。草津温泉は、この病に著効ありと言われ、患者で浴養する者が多く、いつしか、湯の沢に一集落を形成しましたが、この集落は草津町と接続しており、その危険性が指摘されるようになりました。本県は解決を心掛けていますが、県の力では根本的な施策はとうてい不可能であります。本問題は本来、国家が相当な処置をすることが当然と信じます。この際、国家が速やかにこの患者を理想の地域に移転隔離すべきです。そして、公衆衛生の不安を除き、不憫なる患者の救出、並びにハンセン病予防と撲滅の施策を実施してくださることをお願い申し上げます」

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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