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2018年6月30日 (土)

小説「死の川を越えて」 第92話

 

ここで見られる中心的思想は、恐ろしい伝染病だから一般から遠ざけて隔離すべしというもの。ハンセン病の科学的実態から離れたものである。この建議案については、当然ながら反対意見もあった。議会とは、多数意見をもって漸進するところだから止むを得ないことであったただ、理想の地域ということに触れていることは湯の沢地域の歴史に配慮したぎりぎりの提言であった。

 

 さて、この議会で、「文明国の対面」、「国際学会の動き」、「一生隔離」などが語られた。これらは、世界の動きを知る上で重要である。世界の情勢を知らなければ自国の政策を正しく批判することは出来ないからだ。

 

 県議会の動きを伝え聞いた正助は、ある日万場老人に訊ねた。

 

「文明国の体面、国際学会の動き、一生隔離、これらはどう繋がるのですか。俺たちは国のメンツの犠牲ですか」

 

「うむ。重大なことじゃ。歴史、国、世界、我々はこの大きな流れに翻弄されておる」

 

 万場老人はこう言って、背後から一冊の書物を取り出し、それに目を走らせながら語り出した。

 

「明治32年、欧米諸国との間で条約が改正され、外国人が自由に日本国内を動けるようになったのじゃ。そこでな、放浪する患者、神社仏閣の門前で物乞いをする姿が欧米人の目に止まるようになった。異様な姿で路傍に座り、道行く人から恵みを受ける様は、これが人間かと、彼らに強い衝撃を与えたという。日清戦争に勝って世界の一等国を目指す日本にとって、浮浪するハンセン病者の姿が欧米人の目に止まることは国家の屈辱であり、日本の誇りを傷つけると政府は考えた」

 

 万場老人は言葉を切り、ため息をつく仕草をしてから続けた。

 

「もとより対面だけの問題ではない。深刻なのじゃ。当時の国の調査では把握された患者数は3万359人。その背後に潜む患者人口は99万9300人ということであり、これは国家目的たる富国強兵の大きな妨げと受け止められ政府にとって由々しき重大事であった」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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2018年6月29日 (金)

人生意気に感ず「児童虐待と日本社会の危機。マララを前橋に」

 

◇児童虐待が深刻さを増している。5歳の結愛ちゃんがひらがなで「もうゆるしてください」と訴えながら死んだ側は、倫理や道徳が地に落ちたといわれる今日の日本社会に大きな衝撃を与えた。様々な反響が巻き起こっている。「必死で虫を運んで子育てをするツバメの夫婦を見よ」という声も聞かれた。我が家の家族であるトコも子を産んだ時は近づく犬などに対し子を守るために異様な敵愾心を示したものだ。そういう動物としての最低の母性本能を人間の女性が失いつつある。そんなことは極く稀なことと思ったこともあったが、次々と同様なことが起きている。これは日本社会の危機である。背景となる社会の病理を分析すれば色々な原因があるに違いない。そして、人間の心に何かが起きていると感じる。動機不明な殺人があとを絶たないのもそれを暗示させる。兎に角、現実への対策を打たねばならない。児童相談所の体制強化などなどの抜本的対策をまとめるため政府は関係閣僚会議を開いた。

 

 警察との連携を密にすることもやむを得ない。きれいごとでは済まない状況なのだ。子どもの処遇の在り方も検討しなければならない。ひとまとめの集団処遇では子どもの心を救うことが出来ない。個に注目し、手をかけることが重要なのだ。そのためには金がかかるが、それを惜しんでいる時ではない。ことは子どもの人権に関わることなのである。虐待を受けた子どもが不幸な人生を辿ることがあってはないないのだ。

 

◇私が属する「日本アカデミー」の一部門、「へいわの学院」では毎週水曜日に短時間の「へいわの講義」を続け、6月27日に48回に達した。毎回、平和に尽くした人物、あるいは平和と不可分な戦争などについて密度の高い話をしている。第三回の時(平成29年7月)、マララ・ユスフザイを取り上げたら大きな反響を生んだ。銃撃を受けながらも怯まず女性の人権を訴えた少女の勇気が人々を感動させたのだ。来年8月にこのマララさんを前橋に招こうという動きが起きている。私は招請の文章を書いた。7月3日、パキスタンの駐日大使と会うことになった。前橋市に会場も仮予約した。実現には困難も伴うが実現すれば効果は大きいだろう。女性の人権、その他現在の社会の閉塞感に穴をあけるために頑張ろうと思っている。(読者に感謝)

 

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2018年6月28日 (木)

人生意気に感ず「ワールドカップの熱狂と東京五輪。二児の母の町長の勇気」

 

◇サッカーのワールドカップが世界中に熱狂の渦をつくっている。まさに異常な熱さである。最も激しいスポーツの一つ。選手の身体能力の高さは驚くべきものだ。日本勢が善戦している。乾や本田の活躍ぶりに日本中が酔いしれている。

 

 ふと思うことは、このような熱狂する人の集まりを大災害が襲ったらどうなるかということ。ワールドカップのそれぞれの舞台裏では例えばテロ対策で、大変な対策がとられているに違いない。東京五輪が刻々と近づく。巨大都市東京は大丈夫か。

 

 東京五輪を成功させることは、競技で勝つことだけではない。想定される災害を克服することである。最悪のシナリオを想定して対策を立て、備えねばならない。国会と現実の政治の動きを見ていると、政治家が真剣にその役割を果たしているようには見えない。

 

◇政治の貧困が叫ばれる中で一つの朗報が報じられている。新潟県津南町に全国最年少の町長が誕生した。しかも2児の母である。男女共同参画社会の実現に向けた大きな一歩ではないか。養豚農家の男性と結婚し現在3歳の女児と1歳の男児の子育てにも奮闘中という。東大大学院で公共政策を学んだという。

 

 今、どこでも地方自治体は少子化、人口減少などを抱えて危機にある。この危機を脱するには女性と高齢者の活躍が欠かせない。かつてフランスの危機に際しオレルアンの少女ジャンヌダルクが先頭に立って人々を奮起させた。桑原悠さんをジャンヌダルクと比べるのは早計かも知れないが、この人の心意気に町の人々は大きな刺激を受けるに違いない。

 

 二児の母が生き生きと社会の先頭に立つ姿は非婚とか出産を望まない女性の人生観を刺激するだろう。養豚家の夫が頑張れと励ましている姿は、温かい家庭の意義を若い人々に意識づけることだろう。庁舎内にベビーベッドを置くことも考えているという。こういう政治姿勢が出生率にどう影響を与えるか津南町の今後を見守りたいと思う。

 

 何よりも私が期待するのは地方の議会と政治家への影響である。地方議会の形骸化と政治家の劣化は甚だしい。若い人々が政治を志さなくなっている。正に日本の危機である。この女性町長は「自信もあるし覚悟もある」と語る。「朝雨と女の腕まくり」を馬鹿にしたのは昔のこと。こういう人が全国で現われれば日本は変わる。(読者に感謝)

 

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2018年6月27日 (水)

人生意気に感ず「巨大地震の情報。情報は命、どう活かすか。最悪のシナリオ」

 

◇海溝型及びトラフ型巨大地震の発生確率がこの度発表された。私には、いよいよ来るべき巨大地震が近づいたから注意せよという警鐘に聞こえる。大自然の動きは人知では測り難い。しかし、巨大な動きは科学的に推測できる。巨大な蝶番(ちょうつがい)が外れる瞬間が近づいているに違いない。その序曲が7年前の東日本大震災であったことは疑う余地がない。

 

◇情報は命である。しかし、情報の扱いは非常に難しい。情報は基本的には国民のものである。しかし、国民は情報に適切に対応できるかという問題がある。政府は国民がパニックになることを恐れる。狼少年の有名な諺がある。「オオカミが来る」と少年が叫ぶ。初めは信じて大騒ぎするが、回を重ねると信用しなくなる。「地震が来る」にも同様な構図が考えられる。それでも基本的データは国民に知らせるべきなのだ。

 

 先日の「ふるさと塾」で東日本大震災の原発事故を話した時のことだ。政府は最悪の事態をコンピューターでシュミレーションさせた。為政者として国民の安全を守るためには当然にやるべきことだ。その結果は驚くべきもので、首都圏がすっぽり入る地域の3000万人が避難すべきことを示していた。政府はこれを隠した。「政府は国民にふりかかる危険を隠した、これは許せない」、「実際に起こり得た災害だった。国民は知らされていたら自主的に判断して行動した筈だ」「混乱が起きてもやむを得ない」「最悪のシナリオが起きなかったのは結果論だから許せない」等、様々な意見が後に寄せられた。非常に重要なことである。来るべき首都直下型、南海トラフ型の巨大地震でも最悪のシナリオが問題となる。それは現に発表されているものもある。だから、様々な対策が行われている。

 

 東日本大震災時の原発事故は、事故が起きてから、既に起きている混乱の中で最悪のシナリオを予測した。このこと自体が政府のミスだったと言わざるを得ない。「人災」と言われることの中味は限りなく大きい。

 

◇大震災の時代の「情報」は限りなく重大だ。そして東日本大震災は限りなく様々な教訓を残した。それを活かせないままに刻々と時は過ぎている。享楽の流れに身を任せる国民はあえて深刻なことから目を避けようとしている。それに対する政治の責任は増々大きくなる。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年6月26日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾で巨大地震と原発事故を。大川小と船越小の明暗」

 

◇「ふるさと塾」の巨大地震の話は、2011年7月宮城県多賀城市を訪ねたことから始めた。県議会の被災地調査でこの市の市長に会った。多賀城は昔陸奥の国府・鎮守府として置かれた。菊地市長が400年も前にこの地を襲った巨大地震と大津波を振り返って「歴史は嘘をつかない」と語ったことが印象的であった。896年の貞観地震のことだ。最近貞観地震のことを津波がつくった推積の地層から調べる研究が進んでいた。このことから巨大津波は周期的に訪れることが東日本大震災の直前に学会で発表されていた。国も東電もこのことを想定すべきであった。菊地市長の「歴史は嘘をつかない」は、このことを踏まえているに違いないと思った。

 

◇塾では大川小と船越小の対称的な避難行動についても語った。石巻市の大川小では長い間、校庭で時間を過ごしたために逃げ遅れ70人以上の生徒が波に呑まれた。津波はこないだろうと想定したことが一因である。過去の歴史に謙虚であったなら、津波が来ると想定すべきであった。一方の岩手県の船越小では、昔の津波の恐ろしさを聞かされていた校務員の必死の勧めで生徒が裏山に登ったため全員が助かった。この2校の話は防災の教えとして活かすべきだと話した。

 

◇この日のテーマの最大のものは原発事故である。事故の検証については、国会と民間の両方であるが、どちらも天災でなく「人災」だと指摘する。想定すべき津波の対策を怠ったとか様々な安全神話に胡座をかいていた事実があった。事故後の対策についても、東電の会長、社長が事故時に所在が不明で組織として適宣の対応がとれなかったなどという信じられない不手際もあった。中でも驚くべきことは、最悪のシナリオをシミュレーションしながらそれを国民に知らせなかったという事実である。これは管元総理が直接に指令して事故後に作らせたと言われる。3日間という決められた期間で専門家は徹夜でコンピューターの解析に取り組んだ。最悪の場合を想定することは当然である。その結果は首都圏がすっぽり入る地域の3000万人の避難を要するものだった。しかし、この悪魔のシナリオはパニックを恐れて国民には伏せられた。情報はそもそも国民のものである。パニックを恐れて隠すことは対策の回避と責任逃れそして、国民の生命を疎かにすることにつながる重大な問題点である。(読者に感謝)

 

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2018年6月25日 (月)

人生意気に感ず「江橋慎四郎を偲ぶ会。生等生還を期せず。学徒出陣」

 

◇23日(土)、私は江橋慎四郎先生を偲ぶ会に出た。会場は神田の学士会館。私はチュックボウル協会の会長であるが、これは江橋先生から「次は中村君が」と言われて引き受けることになったもの。先生は、チュックボウル協会の会長の他にも、日本ウォーキング協会、日本レジャーレクリエーション学会、日本ボウリング協会等々、数多くの市民のスポーツに関係しておられた。この経歴が示すように先生は日本のレクリエーション、社会体育、野外教育などのパイオニアであり、牽引者であられた。先生は2018年4月8日97歳の生涯を閉じられた。その生涯は市民スポーツの実践の成果を体現するように健康で穏やかに見えた。確かにその通りであるが、激動の時代の波乱の青春が先生の人生の根を成していたに違いない。

 

 偲ぶ会では、それを示す先生のせいしゅんの一コマがスクリーンで紹介された。昭和18年、神宮外苑で行われた出陣学徒壮行会の光景である。昭和16年に始まった太平洋戦争は次第に敗色が濃くなり、この年それ迄の徴兵猶予の制が廃止された。ザクザクと銃をかついで校旗を先頭にした学生が進む。白黒の映像には悲壮感が流れていた。彼らを待ち受ける運命を想像すると胸に迫るものがあった。

 

 東条首相の前で「生等今や見敵必殺の銃剣を提げ積年忍苦の精神研鑽を挙げて・・・生等もとより生還を期せず」と読み上げる東大生の姿があった。若き日の江橋慎四郎である。生前、先生はこの場面に触れたがらなかった。そのことを承知で偲ぶ会は上映したのだ。全てを乗り越えて先生の豊かな人生がある。多くの仲間が空に、そして海に散った。先生も彼らのところへ旅立った。先生の人生を語る上で欠かせない一コマであり、先生も「あれを生かしてくれよ」とあの世から後輩に呼びかけているに違いない。

 

◇数日前、私は中国珠海市から戻った。訪中の目的は、来年群馬県でチュックボウルの東アジアの大会を開催するかを検討することであった。近日中に役員会で決定することになるが、江橋先生の偲ぶ会に出て、実行することになれば先生に捧げるものにしなければならないという思いを深めた。

 

◇今月の「ふるさと塾」は「偲ぶ会」が土曜日であったため変更して日曜日(24日)になった。今回は近づく巨大地震と原発事故の真実。(読者に感謝)

 

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2018年6月24日 (日)

小説「死の川を越えて」 第91話

 

 町田議員は、知事の言葉に大きく頷いて更に続けた。

 

「知事、よくぞ申された。貴方の発言は実に重い。時が時だけに、今の発言は県民に大きな勇気を与えるに違いない。そこで、貴方のお考えを行動に移してほしい。だから、是非本県からも適当な予算を出してもらいたい。日本中で真先に東京に駆け付けて大震災の救助に当たった山村知事さんだ。決心して出してもらいたい。知事の決意を聞かせてください」

 

 山村邦明国利知事は、この議会の開会の辞で、大震災の救援に全力を尽くしたことに関しては、摂政殿下からお褒めの言葉を拝したと誇らしげに述べた。ここで摂政殿下とは皇太子裕仁(後の昭和天皇)のことである。大正天皇が病気のため、大正10年、摂政に任じられた。

 

 山村知事は決心を聞かれて次のように答えた。

 

「理想としては同感至極でございます。私も深く研究し政府や内務省衛生局に申し出ており、内務省も検討しております。その結果、政府も国費で療養させねばならぬという意見であると承知しております。患者は草津の温泉に浴することを無上に有り難いと感じているらしく、これは天然の恵みでありますが、県として何もしていないのは、いかにも相済まぬと思っています。大震災で真先に駆け付けたとご指摘いただきましたが、そのことに恥じぬよう足下の県民の救済にも力を尽くさねばという思いであります」

 

 さて、国に対する要望そして建議は、以上で見られた議員の質疑、及びそれに対する答弁を踏まえて国の責任を促そうとするものであった。これは、当時の、この病に対する一般的な理解の程度、対策の現状、湯の沢集落に関する認識を示している。大正12年の県議会は、国に対する次のような建議案をまとめた。

 

「古来、ハンセン病は恐るべき伝染性を有し、一度これに感染すると、その治癒はすこぶる困難であります。この憐れむべき患者に対する国家としての救護が薄いことはすこぶる遺憾であります。草津温泉は、この病に著効ありと言われ、患者で浴養する者が多く、いつしか、湯の沢に一集落を形成しましたが、この集落は草津町と接続しており、その危険性が指摘されるようになりました。本県は解決を心掛けていますが、県の力では根本的な施策はとうてい不可能であります。本問題は本来、国家が相当な処置をすることが当然と信じます。この際、国家が速やかにこの患者を理想の地域に移転隔離すべきです。そして、公衆衛生の不安を除き、不憫なる患者の救出、並びにハンセン病予防と撲滅の施策を実施してくださることをお願い申し上げます」

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年6月23日 (土)

小説「死の川を越えて」 第90話

 

 

 

「国は文明国の対面を気にしているが、その政策は国際学会の動きに反しているとも聞きます。今、鋭い声が傍聴席から響きました。国はハンセンの患者を見つけ出して収容したら一生解放しない方針らしい。これこそ反文明である。現代の牢獄ではありませんか。一生隔離ということは治らぬと決めつけていることを意味する。我が草津を見よ。我が湯の沢を見よ。現に治っている人が多くいる。だから、国立の収容所に入っても治る人はいるに違いない。治ったら解放することが人道である。国民に希望を与える道である」

 

「そうだ」

 

「そうだ」

 

「静粛に願います」

 

 傍聴席に向かって議長が叫んだ。

 

「私は過日、秘かに湯の沢集落を訪ねました。理想の村を作ろうとしていると申しますが現実は誠に厳しい。戸ごとに物乞いをし、追い払われるレプラの群れを私は見た。こういう人たちを人間と見るかどうかという問題です。湯の沢は自治の努力をしていますが、物乞いの姿は自治にも限界があることを物語る。しかし、県が力を貸せば大きな成果を生むに違いない。県はなぜしない。なぜ国に働きかけない。県が救いの手を伸べないのは、レプラを人間と見ていないからだ、税金の無駄遣いだと考えているからだという見方もあります。これは、由々しき問題です。最高学府で学問を納めた知事の御意見をお聞きしたい」

 

 山村知事は登壇して答えた。

 

「実に容易ならざる質問であります。貴員が提起された問題は誠に重大です。明治になって、日本は、四民平等となった。この精神は、レプラにも及ぼさねばなりません。ハンセン病の人も人間なのです。貴員の御質問に、不肖山村、はっきりお答え致します。この群馬県の名誉にかけて、断じてレプラを排除致しません」

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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2018年6月22日 (金)

人生意気に感ず「中国で渋川の地震を知る。東日本は巨大地震の序曲。日中友好の総会」

 

◇17日の午後、私は中国で渋川市の震度5弱を知った。同行の高梨さんがスマホで知り教えてくれた。前橋も震度4とのこと。広東省南部の珠海市は熱帯のように暑い。安全と言われている渋川、前橋で強い地震とは。突き刺さるような灼熱の陽光の中で私は冷水を浴びたような衝撃を受けた。

 

 周囲が安全神話にあぐらをかく中で、私は私なりに警鐘を鳴らし続けてきた。最近の各地の地震の動きは異常であった。それは、地下の巨大な力がじわじわと迫る不気味さを思わせた。

 

 早速自宅へ電話し被害はなさそうだと知ってほっとした。中国南部は地震が少ない。簡単な足場を組んで高い建物が作られていく建築現場を見ながら、私の心は日本に飛んでいた。そんな私に追い打ちをかけるように翌日の情報は大阪で震度6弱を伝えた。

 

 2011年3月11日、マグニチュード9.0の東日本大震災は予想されていた歴史的大地震である。これを期に日本列島は眠りから醒めたように活動期に入った。東日本大震災は来るべき巨大地震の序曲と捉えるべきだ。首都直下型、南海トラフ型が刻々と近づいている。渋川と大阪は離れているが、ここで起きた地震は無関係と思えない気がする。

 

◇こんな不安を抱いて私は18日午後、成田に着いた。一日おいて19日の夕刻、私は六本木ヒルズの51階にいた。雑誌「人民中国」の購読会の総会であった。全国各県毎に購読会が出来ており、私は群馬の会長である。また、群馬県日中友好協会会長の立場もかねて出席した。この雑誌は中国の情報を日本語で伝える月刊誌である。元総理の鳩山由紀夫氏も出席していた。中国大使館の郭燕氏に次いで私が挨拶した。「日本と中国の関係は現在の国際環境で極めて重要である。しっかりした友情と絆を築くためにはお互いを正しく認識しなければならない。その情報源としてこの雑誌は的確である」。私はこのように語った。

 

◇21日、ロイヤルホテルで日中友好協会の総会が行われた。中国大使館からは臨時大使の郭燕さんが出席。「昨夜は六本木ヒルズでお世話になりました」と挨拶を交した。

 

「世界情勢が歴史的危機にある現在、日本と中国がしっかりした絆を結ぶことは世界とアジアの安全のために極めて重要です」と私は会長として語った。

 

帰国以来、あの珠海市の街並みと老夫婦の姿を思い出しながら走っている。(読者に感謝)

 

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2018年6月21日 (木)

人生意気に感ず「珠海市を走り老夫婦と話す。昔ながらの中国の光景」

 

◇太い道路を右折した先には、いかにも昔ながらの中国といった光景が広がっている。古い屋敷、崩れかけた土塀、細い道を覆うように枝を広げる古木。家並みの奥から夜明けを告げる鶏の声が響く。中国の物語の一頁に踏み込む思いで私は走る。前方の家々の上に黒い山の姿が迫り、山の端に赤い朝日が差しはじめた。赤い福の字を書いた扉の家があり、中から生活の音が聞こえる。私が走る方向に対し直角に左折する路地が伸びている。私は好奇心を抱いて走り込む。路地は先程の幹線の道と並行している筈だ。私は迷子にならないようにと地理の状況を頭に描いた。この路地からいく本もの枝道が左右に走る。碁盤の目のように街の構造が出来ているのだ。一角に共同住居と書かれている。古い土塀の一角は中国特有の数家族共同生活の場なのだ。私は歴史の世界を行く思いで走った。

 

 走っては新しい路地を曲がる。その度に別の物語が展開するのだ。もう迷子になっても構わないと思った。意外なのは古い壁にCOFFEEの看板があったり、食事の表示があったりすることだ。やがて私はこの街全体が古い歴史を利用した商店街であり、観光客を受け入れているらしいことに気付いた。

 

 これまで、世界の色々な街を走ったが、いずれも大きな商店街であった。今、中国らしい中国の歴史が息づく空間を走っている。人と話したい。そう思いながら私の目は何かを求めていた。その時である。やや大きな屋敷の前に差し掛かっていた。門が開かれ、中にはいくつかのテーブルが置かれ、客に食事などを提供する雰囲気である。その一角に老夫婦が茶を飲んでいる。視線があうと老婆の表情がゆるんだ。私は笑顔をつくり、足を踏み入れた。「ニイハオ」と言うと、「オーオー」と言って二人は珍客を笑顔と驚きの混じった表情で迎えた。80代の半ばかと思われる老夫婦の表情は日本の山村の老人と全く変わらない。若い中国人には外国人としての違和感を覚えるが目の前の老夫婦にはそれが全くない。一昔前までは日本と中国には同じような文化があったことを感じさせる。「ウオシーリーベンレン。チェンダオニーメン、ウオヘンガオシン」と言っても「オーオー」と言ってキョトンとしている。老婆は茶碗を出してきて、茶を入れてくれた。私は「シエ・シエ」と言って握手した。手の温もりこそ心を通わす会話だった。(読者に感謝)

 

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2018年6月20日 (水)

人生意気に感ず「マカオから珠海市へ。中国の田舎を走る。(その1)」

 

◇私は15日から18日まで中国を訪ねた。目的は珠海市に於いて実施された東アジアチュックボウル大会に関する。試合を視察し、チュックボウルの国際会議への出席である。私は日本チュックボウル協会の会長であり、議題の一つは来年群馬県で東アジア大会を引き受けるか否かという重大事であった。同行者は高梨春男、協会の理事長である。

 

 朱海市(しゅかいし)は広東省の省都広州の南西百数十キロの所にあり、マカオに隣接している。私たちはマカオから珠海市に入った。マカオは余りに有名だが珠海の名を多くの日本人は知らないだろう。

 

 マカオは長いことポルトガルの植民地だった。戦国時代、日本で初めてカトリックの布教活動を行ったザビエルもマカオを拠点にして活動した。現在は中国領であるが特別行政区とされ、ポルトガルの特色を多く残した政治が行われている。目についたのは金ピカの宮殿のように見える建物群である。マカオは東洋のラスベガスと呼ばれるカジノの盛地なのだ。あれがカジノの建物かと、日本でも解禁が近いとされる賭博場に私は異様な不気味さを感じた。

 

 中国であるが特別行政区画とされていることは、この地域を通過する手続きの複雑さに現われていた。一つの独立国に入国し、そして出国するのに等しい厳格な手続きがとられているのである。マカオも珠海市も日本との時差は一時間。会場となる地元の大学、UIC(連合国際学院)の関係者に案内されて私たちは夜かなり遅く大学の宿舎に着いた。

 

 マカオから抜けて着いた珠海の地は闇に包まれていて、初めての来訪者に姿を見せない。目を凝らして周囲を窺うとうっすらと山の稜線が続いている。地図では海が近い筈だからあの山の向こうには海が広がっているのかと想像力をふくらませながら私はバッグから運動靴を取り出した。翌朝この靴で走る中国はどんな世界かと興味を駆り立てられながら眠りについた。

 

◇翌朝、半ズボンと運動靴になって外に出ると小高い山々が連なり、その中に一本の道が走っている。喧騒のマカオとは別世界の中国の田舎が静かに広がっていた。コケコッコーの声が懐かしい。小さな貧しげな家が軒を連ねている。私は探検家の気持ちで走り出した。横道にそれると、そこには意外な光景が広がっていた。―続くー(読者に感謝)

 

 

 

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2018年6月19日 (火)

人生意気に感ず「小池百合子の学歴詐称。文藝春秋と週刊新潮の集中砲火」

 

◇文藝春秋の7月号に小池百合子「虚飾の履歴書」が載った。昔、カイロで同居した女性が打ち明ける事実をノンフィクション作家の石井妙子が綴っている。生々しいことは衝撃的である。カイロ大学は名門で入学するのは易しいが卒業するのは至難のことだという。そのことをカイロ大学を卒業した大東文化大学名誉教授の小笠原良治氏が文藝春秋で語る。「カイロ大学は進級するのが大変難しく、アラビア語を相当勉強してから入学しても、全く授業について行けない。私はアラビア語を現地でかなり学んでから入学しわき目もふらず勉強したが卒業までに7年かかった」

 

 小池百合子は著書で「日本人として二人目、女性では初めて、しかも首席で卒業した」と書いているらしい。元同居人の女性は、小池のことを、実際にはカイロ大学を卒業していないというのだ。だとすれば、首席で卒業などということは全く嘘ということになる。どうなっているのだろう。7年かかってカイロ大学を卒業したという前記の小笠原名誉教授は、やはり文藝春秋の中で、「カイロ大学を4年で卒業することは奇跡に近いこと、正規の卒業ではないのではないか。私には4年で卒業できる日本人がいるとは信じられない」と言っている。

 

◇月刊誌文芸春秋の記事に驚いていたら、6月21日号の週刊新潮が「小池百合子」の「学歴詐称」騒動として特集を組んだ。上の文藝春秋を踏まえての特集である。これだけ報道された以上、口をつぐんでいるわけにはいかないだろう。学歴を材料にして有権者を信用させたのだから、学歴詐称とすれば有権者を欺いて都知事になったことになる。

 

 最近流行のセクハラの比でなく重大だ。舛添前都知事のセコさも呆れたものだったが、それに劣らぬものだ。都知事選でこけにされた自民党都議団はこの事態にどう取り組むのか。

 

 東京五輪が刻々と迫る。首都直下型も秒読みである。その上国際テロの陰もちらつく。難関に立ち向かうには司令塔への信頼が不可欠である。

 

 不幸はペアで訪れるとい諺がある。長く続いた戦後の平和。様々な矛盾は限界に達しつつある。日本人は最悪の事態を想定して備えねばならない。それは主に心の問題である。日本は内憂外患を抱え正に国難の時。しかし、政治家の多くは信用を失っている。(読者に感謝)

 

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2018年6月18日 (月)

人生意気に感ず「トランプ大統領と拉致。金正恩の賢さ。新幹線の通り魔」

 

◇歴史の歯車が大きな音を立てて動いている。その現場に私たちは立たされている。生きた歴史を学ぶ好機であり、歴史が自分たちの現実の運命と関わっていることを学ばねばならぬ瞬間である。

 

 米朝首脳の会談という嵐はひとまず去った。そしてその嵐の中味は何であったかが姿を現しつつある。私が最も関心をもったのは、拉致問題につきトランプが金正恩に何を語ったかであった。意外な事実が明らかになりつつある。

 

 トランプ大統領は金正恩に「本格的な経済支援を受けたいなら日本と協議するしかない。安倍首相は拉致問題を解決しない限り支援には応じない」と述べ、これに対し金正恩は「安倍首相に会ってもよい」と応じたと言われる。

 

 これは北朝鮮がいかに経済的に追い詰めされているか、及び安倍・トランプがいかに緊密に打ち合わせていたかを示すものだ。

 

 事実とすれば拉致問題は大きく動き出す可能性がある。

 

◇東海道新幹線内の殺傷事件は多方面に深刻な問題を投げかけている。乗客の男が突然刃物を振り回し、二人の女性が負傷した。止めに入った男性が男に切り付けられ死亡した。男は「誰でもよかった」と供述している。こういう事件が増えている。勇気ある男性の死は重大である。刃物で人を襲っている所に身の危険を冒して飛び込むには覚悟が要る。こういう人が少なくなっているのが今日の日本の特色である。

 

 誰でもよいと言って人を襲う事件が増えている。心によりどころを持たない人間が生きる力を失った時、駄々っ子のように不満を外に吐き出す。無責任極まりない行為から私たちは社会を守らなければならない。

 

 新幹線は日本が安全を世界に誇る乗り物である。今回の事件はこの新幹線が無防備であることを示した。新幹線は毎日何十万人もの人が利用する日本の動脈である。今回の事件は国際テロについても無防備であることを物語る。日本は官民一体となって知恵を絞り社会をまもらなければならない。

 

◇5歳女児の虐待を西林乗宣さんが上毛新聞「ひろば」で激しく非難している。つがいの親ツバメが真剣に子を育てる姿を見よと。同感だ。「犬畜生にも劣る」という言葉がある。人非人という言葉もある。あどけない顔が訴えている。(読者に感謝)

 

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2018年6月17日 (日)

小説「死の川を越えて」 第89話

 

「その通り」

 

 今度は傍聴席の声であった。

 

 この議員は最後にテーブルをどんと叩いて言った。

 

「要は、県民の命をいかに大切にするかということです。ハンセンの患者を人間としてみるかどうかということです。湯の沢のことを国任せにせず、しっかり取り組んで頂きたい。このことをしっかりとお願い致します」

 

 続いて、甘楽郡出身の町田議員はレプラ問題と銘打って当局に迫った。

 

「当局は、国立療養所の深刻な内容を承知しているのかお聞きしたい。先ず、職員はほとんどが警察官上がりで、患者に対して高圧的で犯罪人に対するが如くである。これは人道上甚だ問題ではないか。放浪するハンセンを収容する目的に、文明国の対面ということをあげていると聞く。ならば、患者を人間として扱うことが文明国の務めではないか。更に重大なことがあります」

 

 こう言って、町田議員は言葉を止め、当局に鋭い視線を投げた。

 

「更に重大なこととは、この病気は秘密病と言われるのに身元を調査することだ。患者は身元を知られるのを極端に恐れる。身元が分かるとそこへ巡査が先頭に立ってやって来て、大掛かりな調査が行われる。嫁に行った娘は離縁され、その家は地域で暮らせなくなる。そんな所へ本県の患者が23人も行っている。そして、年々1万円も出している。県は国に改善策を提案すべきではないか。国の方針が地方の患者の実態に深刻な影響を及ぼす。ハンセン病をいかに扱うかは、他の福祉政策の鏡になります」

 

「福祉の象徴だ」

 

 議場から声が飛んだ。

 

「国は飼い殺しではないか」

 

 これは傍聴席の声であった。

 

 町田議員は、声の方をちらっと見た。声の主は頷くように見えた。議長は静粛にと目で制した。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年6月15日 (金)

人生意気に感ず「拉致家族の発言。拉致と日本人の心。へいわの講座は46回に」

 

◇拉致被害者家族の発言が報じられている。横田めぐみさんの母早紀江さんは「奇跡的なことが起きた」と語った。アメリカの大統領が拉致を提起したことを指している。長い間少しも前進しなかったことを振り返れば正に奇跡と思えるのだろう。そこには切ない悲願が込められている。

 

 拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さんは被害者を帰しますという確認をとって欲しかったと述べた。首脳会談で拉致問題につき、実際何が語られたのか。人権や人道のことに深い理解があると思えないトランプに大きな期待は出来ないだろう。「シンゾー」との約束だけで動いたとすれば尚更である。

 

 唯、冷徹な戦略の立場からの望みはあると思う。北朝鮮にとって日本の経済的支援が絶対に必要であり、それは拉致問題の解決と不可分の関係にあることだ。千載一遇のチャンスという真の意味はここにある。それを活かすことが出来るかは安倍首相の決意にかかる。

 

 ビジネスマンのトランプは、非核の交渉が拉致とこのように結びついていることを理解している筈だ。拉致の解決は日本の自主努力にかかることは確かだが、このように非核化の進展と深く関わることを活かして、アメリカとの一層の連携探るべきだ。

 

◇拉致問題は日本人にとって重要な心の問題、そして道徳的問題であることを理解しなくてはならない。私たちは物質的な豊かさに溺れて、欲望に目を奪われている。自分本位になり他人のこと、社会公共のことに関心を示さなくなっている。正に日本の危機なのだ。これは拉致問題にも現われている。拉致問題を他人ごとと考えず、自分の問題と捉えることが非常に重要なのだ。安倍首相には、このことを深く認識して不退転の決意で頑張って欲しい。

 

◇毎週水曜日、日本アカデミーで行っている平和の講義は13日、第46回となった。この日から「へいわを目指して」と題して新生日本を語る。この日、昭和21年1月1日、天皇が「人間宣言」を行ったことから話を進めた。天皇は雲の上の存在だった。それを自ら否定し、国民と共にあることを宣言した。そして国民と共にあることを行動で示すために天皇は全国各地に出向いて失望の淵にあえぐ国民を励ました。そしてこの年の11月3日、日本国憲法公布となった。これこそ新生日本、そして平和の原点であった。まちには廃墟から立ち上がる逞しい人々の姿があった。(読者に感謝)

 

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2018年6月14日 (木)

人生意気に感ず「日朝会談の真の行方は。金正恩は新世界に進めるのか」

 

◇日朝会談の成果をどうみるか。虚虚実実の駆け引きがあったに違いない。色々な見方ができるが、金委員長が有利だったと思う。なぜなら追い詰められて失うものがないからだ。体制の保障を求めて必死だった筈だ。

 

「思い直せば楽しい世界」という歌の文句がある。安倍首相が言っていた、「正しい道を歩めば素晴らしい未来が開ける。日本はそれに協力する」と。

 

 だから、私は金委員長は今回素晴らしい決断を下したと思う。国民を飢えさせて核を開発した。それは本来悪魔の武器で、持つ価値のないもの。捨てるべきものだ。それなのに、捨てることによってこの上ない代償を手にいれることができる。

 

 昔、私の中学生の頃の教科書には北朝鮮が南に比べて工業が発達していることが書かれていた。ところがその後の政治制度の違いによって、北はすっかり時代の流れから外れ、取り残された国になってしまった。私たちは、政治のかじ取りがいかに重大であるかを朝鮮半島の南北両国の比較に於いてまざまざと見せつけられてきた。

 

 北には、大きな人的、物的資源がある。核を捨てて世界の通常の国々の仲間入りをすればその資源を使って素晴らしい変身を遂げる可能性は大きいに違いない。

 

 しかし、北朝鮮が核を全て捨てるまで、事態は順調に進むのか大きな不安がある。今回、アメリカが非核化に期限を付けなかったこと及び非核化の過程をどう検証するかにつき明確に出来なかったことは残念である。完全な非核化には長い時間がかかると言われている。この間に情況がどう変化するか分からない。従来の北朝鮮の数々の言動を見ていると、また騙されたという結果にならないか全世界が注目する点である。非核化、平和という理想に向けての大きな動きは確かであるが故に、その先の流れを性善説に立って考えてしまう。性善説が通用しない相手であることを忘れてはならない。

 

◇米朝の会談全体が濃い霧に包まれているようだ。それだけに「拉致」が心配である。日本人拉致のことは核と比べ取るに足らない小さな問題だという見方がある。多くの日本人が暴力で拉致されたことは日本の主権の侵害であり人権問題の極致なのだ。非核化に期限を付けなかったことは拉致の解決が遅れることを意味するのか。(読者に感謝)

 

 

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2018年6月13日 (水)

人生意気に感ず「初会談で世界は変わるか。暗黒街の独裁者は一変世界の英雄に」

 

◇米朝初の首脳会談に全世界の目が注がれた。金正恩という世紀の怪物が世界の表舞台に姿を現した瞬間だった。北朝鮮半島の非核化に向けて歴史的な一歩が踏み出された。日本にとっての最大の課題である拉致についても大きな成果の可能性が生まれたと私は信じる。

 

 黒い人民服が演出効果を上げていた。トランプと並んでノッシノッシと歩く巨体は暗黒街のボスを連想させる。アメリカにも達する大陸間弾道ミサイル、朝鮮半島を目指した壮大な米艦隊。これらは戦争の勃発の恐怖で私たちを凍りつかせた。義兄を暗殺させた事件も記憶に生々しい。これらがみなこの黒い人民服に結び付いている。昨日のシンガポールの光景は悪の独裁者をあたかも世界の英雄に仕立てあげていた。舞台監督は軽薄でド派手なトランプである。

 

 トランプが自画自賛して期待を持たせたために世界のマスコミの世紀の会談に対する評価はよくない。非核化も具体性がないというのだ。もしオバマが同じことをやったらマスコミの論調は全く違ったものになったであろう。

 

◇また食い逃げされる、嘘をつかれる、このような恐れは今回は当たらないのではないか。ポンペオ国務長官や過激で鳴るボルトン補佐官などを初めとする名だたる閣僚も同席した。金委員長は全世界が見詰める表舞台で米大統領と同席の上で、核兵器全廃の決意を表明した。金委員長にこの決断を迫った力は北朝鮮が置かれた客観的状勢である。

 

 毛沢東の中国が一挙に変身したように、北朝鮮も今日の米朝会談を機に大変化の道を進む可能性が出て来た。結果としてトランプも金正恩も世界の平和に貢献したと評価されることになるかも知れない。

 

 大きな非核化と平和に向けた一歩が踏み出された。次なる歩みが着実に進むかのカギの一つは日本が握る。安倍首相は言った。「北朝鮮が正しい道を選ぶなら、輝かしい未来は可能である。日本はそれに協力する」と。北朝鮮が滅亡の淵から立ち上がるためには日本の経済力の助けが不可欠で、それには「拉致」の解決が不可欠である。トランプは拉致を正式にテーブルにのせたと語った。シンゾーとの約束を守った形だが、世界戦略の方程式に組み込まれたファクターに違いない。ボールは安倍の手に投げられた。安倍政権の正念場となる。(読者に感謝)

 

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2018年6月12日 (火)

人生意気に感ず「アメリカの混乱と米朝会談。福島原発事故と日本の原発政策」

 

◇最近の政治情況の中で、安倍批判の凄さは激流のようであった。その嵐もようやく弱まりつつあると感じられる。G7に於ける安倍首相の演出ぶりは、安倍政権の支持率を多少アップさせると思う。

 

 世界にはいくつかの大きな渦がある。それは、アメリカ・中国・ロシア・西欧・中東などである。長い歴史の中で、この渦は変化してきたが、今日身近に感じるのはアメリカと中国である。一見、アメリカは退潮に傾き中国は騰勢にあるようだ。アメリカの特色は何といってもトランプの出現に象徴される。遠い理念よりも近くの実利を追う様は、実業家の感覚で政治を動かしているように見える。しかも、アメリカの大統領の立場でそれを押し通している。そこにアメリカの混乱と世界の混乱の源があると思う。

 

 アメリカには民主党、共和党の大きな対立があるが、それでも大きな分裂と混乱が生じないのは民主・自由・人権・法の支配といった建国の精神が「かすがい」の役割を果たすからである。

 

 トランプのアメリカファーストはこのかすがいを壊してしまった感がある。アメリカの分裂は今深刻である。欧と米は共通の価値観に結ばれてきたが。今やここでの絆も怪しくなっている。間もなく歴史的な米朝の会談が始まるが、北朝鮮はアメリカの混乱を巧みに利用するに違いない。それを中国が後押しすることは間違いない。日本の拉致問題も軽くあしらわれる恐れがある。シンガポールの対決は息をのむ瞬間である。

 

◇先日(9日)、「MIRAIZ」(ミライズ)で私は原子力エネルギーを語った。ロイヤルホテルで月1で行われる勉強会。私が代表を務め、今回私がこの題を与えられた。福島の原発事故は終息しない。国会事故調と民間事故調の検証結果はほぼ同じことを指摘し、「人災」と結論付けている。安全神話に胡座をかき、過酷事故が予測できたのにその対策を怠った。「9・11」の同時多発テロの後、アメリカは対策を立て日本にも示し注意を促したが日本は耳を貸さなかった。その他具体的な検証結果を私は示した。国会はこれを生かそうとしているのか。日立は原発をイギリスに輸出しようとしている。経済の論理で安倍政権はこれを進めようとしている。南海トラフが大きく動こうとしている。日本は正に今、内憂外患の時。日本の核武装論も不気味に蠢動の感がある。(読者に感謝)

 

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2018年6月11日 (月)

人生意気に感ず「G7の安倍首相。トランプとアメリカの凋落」

 

 

◇G7に於ける安倍首相の記者会見は堂々として見応えがあった。首相は穏やかに理路整然と語っていたが厳しい対立があったことを窺わせた。「保護貿易主義についてはG7の中でも激しい意見のやりとりがあった。自由公正なルールを進化させていく」、「G7が自由貿易の騎手としてリーダーシップを発揮していく決意」などの表現を私はメモに止めた。

 

 G7の会議で、日本を除く5か国と鋭く対立したのはトランプだったらしい。困ったトランプは「シンゾウはどう思うか」、「シンゾウの言うことに従う」と安倍晋三首相に助けを求める雰囲気だったらしい。

 

 私は直ぐにこうして少しでも貸しをつくって「拉致」に動きを作って欲しいと思った。被害者の家族は安倍さんにすがるような思いであったに違いない。

 

 伝えられるところによれば、安全保障に関する討議では「完全に安倍首相の一人舞台だった」とも。外交の安倍とも言われる。グローバル化の時代で外交は増々重要になっている。そういう中で、G7という先進国の首脳が集まる舞台でこれだけ日本の存在感をアピールできる人は少ないだろう。

 

◇トランプ大統領がG7の会議で窮地に立たされた姿はアメリカの凋落を物語るものだ。安倍首相もG7の記者会見で言っていた。「自由、民主主義、人権、法の支配で結ばれたG7(の仲間だ)」と。トランプが他の人たちと対立するのは正にこの価値観である。アメリカの凋落の原因は、この価値と理念に背を向けようとしていることにある。アメリカの偉大なることは、この理念を建国以来高く掲げている姿にある。この価値は普遍的なものである。保護主義やアメリカファーストは、これに反するものだ。

 

 トランプがアメリカファーストを掲げて現れたためにアメリカは世界各国で指導力を失いつつある。アメリカの影響力の低下は中国やロシアを利することになる。そして世界の混乱をかき立てることになる。この世界の混乱の中で差し迫った課題は北朝鮮である。今、北朝鮮になめられるなという声が湧き起っている。金正恩委員長が鳴り物いりでシンガポールに乗り込もうとしているが、この出し物を全世界が注視している。トランプがなめられるなら、アメリカの凋落は一層加速する。G7の場で失態を見せたトランプの姿は金正恩を喜ばせているに違いない。(読者に感謝)

 

 

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2018年6月10日 (日)

小説「死の川を越えて」 第88話

 

 利根郡出身の大江議員は質した。

 

「本県から国立の全生病院に何人収容されていますか。草津の湯の沢集落には4・5百人の患者がおりますが、放置されたままの状態であります。一体、国の政策はどうなっているのですか。全国でどの位患者がいて、国はそれに対してどのように対応しているのか具体的に伺いたい」

 

 県当局は答えた。

 

「国の調査によりますと、全国で3万359人と報告されていますが、実際はもっと多いと言われます。本県人で全生病院に収容されている者は23名でございます。国の政策でございますが、全国を5つの区域に分け、それぞれに一つ、計5か所の療養所を設けました。群馬は東京の全生病院の区域に属します。そこに23名いっておるわけであります」

 

 この議員は畳み掛けるように言った。

 

「全生病院の定員は、そして、5つの療養所に収容できる数は」

 

 役人は資料を指で追いながら答える。

 

「はい、全生病院の定員は、開設時350人であります。5か所を合計して1,100人でございます」

 

「なんと驚くべきこと。3万人以上患者がいて、そのうち1,100人とは。まるで対策がなっていないことではないか。どういう訳なのか。きちんと説明して欲しい」

 

「事態は深刻でありますが、国の財政状況もあり、一挙に対策を進めることは困難と思われます。現状は、扶養できない放浪する患者を5つの国立収容所で収容するという方針であります」

 

「では、湯の沢集落はどういう位置づけなのですか」

 

「はい、湯の沢の患者は、金銭に余裕のある者も多く、自治の組織で助け合っており、少なくとも浮浪する患者ではないと私たちは見ております」

 

「うーむ。湯の沢についても無策というべきではないか。あなたたちは実態と事の重大さを知らぬ。昨年の暮れに、この議会の委員会にハンセンの家族が来ましたぞ。その時、いたいけな少年が元気で我々の質問に答えたのです。私はその時、強く思いました。この少年の未来を守らねばならない。それはこの議会の使命ではないか」

 

「そうだ」

 

 議員席から大きな声が上がった。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年6月 9日 (土)

小説「死の川を越えて」 第87話

 

「あちこちで朝鮮人が殺されているので不安です」

 

「この集落はあなたたちの味方です。万場老人と相談して、草津の警察に話します。一度、警察に見回わってもらえば変なことは起きないでしょう」

 

 正助がこう話すと、男は警察は守ってくれるかと不安そうに呟きながら返って行った。

 

 正助は、警察が本当にやってくれるか心配になった。その時、はっと閃くことがあった。<そうだ、この人を置いて他にない>頭に浮かんだのは大門親分だった。

 

「おう、そういうことなら任せてくれ。俺も立場の弱え朝鮮人にひでえ事をするのは許せねえと思っていた」

 

 大門太平は、早速動いた。麓の村の朝鮮人が住むあたりを見回ることにしたのだ。1人の子分を連れて朝鮮人が働く鉄山の近くにさしかかった時である。数人の男が朝鮮人を囲んで争っている。振り上げる棒の下で朝鮮人が悲鳴を上げているではないか。大門は、ぐっと踏み出して言った。

 

「やいやい、手前たちは一体何をやってやがる。俺は朝鮮人に味方する日本人だ。湯の沢集落のもんよ。朝鮮人も湯の沢のもんも、手前たちにも同じ赤え血が流れていることを一つ見せてやろうじゃねえか。それが分からねえようなら分からしてやる。根性据えてかかってきやがれ」

 

「ひえー。お前さんは、湯川の親分さんで」

 

 暴漢たちは、ほうぼうの体で逃げ散った。

 

 この話は、麓の村及び草津一帯に一挙に広まった。朝鮮人たちは大いに喜んだ。

 

「正助よ、お前、偉いことをやったのう」

 

 万場老人は涙を落として喜んだ。

 

「いえ、偉いのは大門の親分です」

 

 正助は会心の笑みで応えた。

 

藤岡事件の直後に第19回県会議員選挙が行われ、これを踏まえて10月臨時県議会が開かれ、森山抱月は県会議長に選任された。臨時議会は2日間で幕を閉じた。この議会は、議長など役員選任が目的だったからだ。1ヶ月後の11月16日、通常県議会が開かれた。

 

この県議会で注目されることは、ハンセン病について、初めて群馬県議会で具体的な議論が行われたことである。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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2018年6月 8日 (金)

人生意気に感ず「もうゆるしてと結愛ちゃん。ドン・ファンの怪。蘆花、一高で謀反論を」

 

◇「もうおねがいゆるして」わずか5歳の結愛ちゃんが両親に綴った。両親は保護責任者遺棄致死で逮捕された。警視庁の幹部は声を震わせながら読み上げた。「パパとママにいわれなくても、しっかりとじぶんからきょうよりかあしたはもっとできるようにするから」、「きのうぜんぜんできなかったこと、これまでまいにちやってきたことをなおす」。両親の意向に従おうと必死だった。あどけない結愛ちゃんの写真が載った。連日の殺人報道で麻痺している私の心にも耐えられない思いである。遊びに興じる母親に閉じ込められ冷蔵庫の物も食べ尽くして餓死させられた幼児の事件があった。児童虐待が止めどなく増えている。結愛ちゃんの生涯を奪い去ったこの両親を許せない。母親はなぜ救えなかったのか。日本の社会が音を立てて崩れようとしている。

 

◇「ドン・ファン」事件が新聞・テレビ・週刊誌を賑わしている。デヴィ夫人まで登場して。77歳の資産家の遺体から多量の覚醒剤の成分が検出された。遂には愛犬までが庭から掘り出された。こちらも覚せい剤の反応を調べるという。22歳の若い妻。千人を超える美女を相手にしたことを誇る人生。テレビに映るドン・ファン野崎氏の歩く姿はよたよたである。欲望の波に呑み込まれた軽い命だったと思える。享楽の世相を反映した事件は今後どう展開するのであろうか。

 

 ◇火を出した千明仁泉亭は徳富蘆花の定宿だった。書架の「謀叛論」を読んだ。蘆花が一高で行った講演の題である。明治44年2月のことで、前の月に反逆罪で死刑判決を受けた幸徳秋水等を弁護する内容。蘆花は幸徳のことを国を思う志士と認め政府の無慈悲、狭量を厳しく非難した。「諸君、西郷も(西南戦争で)逆賊とされたではないか」と訴えた。人は霊魂を守って生きるために謀叛しなければならない時がある。幸徳等の死刑執行に対し各国の社会主義者は日本の在外公館に抗議した。幸徳秋水は田中正造に依頼されその天皇直訴状を書いた人である。

 

 一高の講演は大変な人気で聴衆は演壇の上にまで上がり入場できない者は窓にぶら下がって聞いた。官憲の妨害を恐れた主宰者河上丈太郎らは演題は未定とし、講演直前に「謀叛論」と掲げた。蘆花の話は二時間にわたったが、この間人々は感動の為一人として声をたてなかった。私は駒場の大講堂の光景を思った。(読者に感謝)

 

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2018年6月 7日 (木)

人生意気に感ず「みなかみ議会の存在感。伊香保の火事の意味。ポツダム宣言と玉音」

 

◇観光の町みなかみがセクハラで揺れている。町長不信任案が町議会で否決された。町長は女性に抱きつきキスをしたことを認めている。警察は強制わいせつの疑いで捜査している。私は、法的に刑事責任をはっきりさせることとは別に政治家としての責任が重要だと思う。それは町民に対する信頼関係である。

 

 町議会と構成員たる議員の資質がにわかに問われることになった。現在、どこでも地方議会の形骸化が指摘されている。普段大過なく動いていても一たび事が起きると議員の教養や見識が問われることになる。町長と町議会に吹き付ける強風はまだまだ納まらないだろう。

 

◇伊香保温泉の名門千明仁泉亭で火が出た。伊香保は過去に何度も大火に見舞われている。急峻な斜面に建物が密集しているから火が出ると大変なのだ。今度は客の誘導避難もうまくいってけが人はいなかったようである。世は挙げて観光の時代である。多くの外国人が押し寄せる時代である。観光一番の敵は人災天災を含めて災害である。今回の火事を重く受け止めてしっかりとした備えを固めるべきである。

 

◇昨日は、毎週水曜日に実施している朝のへいわの講義が45回を迎えた。戦争と平和は不可分である。平和を達成することがいかに困難であるかを戦争の悲惨さを通して知ろうとして、太平洋戦争を話してきた。その終局として鈴木貫太郎を何回かにわたり話した。ここではポツダム宣言と終戦の証書の歴史的意味を語った。

 

 私の考えは、この二つは戦後の平和を築く上での原点である。ポツダム宣言は国民の自由な意思に基づく民主国家を建設すること、言論の自由、思想宗教の自由など基本的人権を確保すべしと命じた。これに基づいて、日本国憲法の制定へと戦後の平和が築かれていく。

 

 このポツダム宣言を受け入れる非常事態の情景は最大な歴史ドラマの一コマであった。帝国憲法下の異例として天皇は自らの意思を表明して混乱を制した。「耐え難きを耐え、忍び難きを偲んでポツダム宣言を受け入れる」と述べた時、真っ白な手袋に天皇は涙を落とし、閣僚たちは声をあげて泣いた。天皇は「国民と共にあり、万世のために太平を開く」と決意した。昭和21年は天皇の「人間宣言」から始まる。かくして戦後の平和を築く一歩が始まる、次回からは平和と復興の物語である。(読者に感謝)

 

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2018年6月 6日 (水)

人生意気に感ず「保護者会会長の犯罪。小2殺害の容疑者。米朝会談と日本」

 

◇「まさか」と世に衝撃を与えたのが、昨年3月の保護者会会長(当時)による少女を狙った事件だった。何でもありの昨今の社会状況だが、子どもを守る会の会長が逮捕されたことに、この世の中どうなっているのだろうと誰もが思った。

 

 4日、この事件の公判が始まった。渋谷被告は「全て違います。事件には一切関係していません」と無罪を主張した。

 

 ベトナム国籍のリンさんと同一DNA型の血液が被告の車から検出された。その他状況証拠が多い。裁判員は難しい判断を強いられる。

 

 新潟市で小2の大桃珠生さん殺害の小林容疑者も不可解極まる。これら2つの事件は普通の市民の顔をした人物による犯罪である。善良な市民がある時犯罪者に変身するのであろうか。これらの事件は、今日の社会に何か異変が起きている兆候に違いない。このような現象から社会を防衛しなければならない。進歩した近代科学は社会を防衛する有力な手段であるが、一方で容疑者の人権も守らねばならない。高度な成熟社会は難問を抱え込んでいる。

 

 この種の事件では精神鑑定がよく行われる。精神鑑定は科学の力で人の心を覗く作業である。刑法で問題とする罪と罰は人間の行動の責任に結びついている。そして、責任とは人間の心の動きに応ずるものだ。明治以来の刑法は、変化する人間の心の特性に応じきれていない。ここに刑事事件の難しさがある。

 

◇今日の日本は正に内憂外患。様々な内憂を抱えて国際舞台は大きく展開する。そこには未曽有の外患が無気味に顔をのぞかせる。12日、遂に米朝会談がシンガポールで行われる。恥を知らない金委員長と西部劇のガンマンの如きトランプの対決である。日本は流れ弾に当たる恐れがある。拉致はどうなるのか。米国が挑戦半島から手を引くきっかけが作られるかもしれない。大局的にみれば、アメリカは極東から力を抜くだろう。「アメリカ第一」の叫びはそれを暗示する。日本は取り残されるのか。日本の真価を発揮できるのか。この大勢の中で中国の動きには目を見張るものがある。私は、群馬県日中友好協会会長として、この時期の中国の動きに注視する。壮大な一帯一路が動き出した。先日の理事会で群馬日中友好協会が、全日本の本部に入会することを決めた。平和友好条約40周年の節目に合わせた決断である。(読者に感謝)

 

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2018年6月 5日 (火)

人生意気に感ず「古書店で寒村伝を買う。91歳で初恋の人を詠む」

 

◇古書店で荒畑寒村自伝を買った。古本屋めぐりは少年の頃からの趣味である。洪水のように本が出版され、どこかに消えていく。時代の状況を映して様々なものが世に出るが古書には過去の注目すべき人物の作品が少なくない。流れ去るものの中から釣上げられた貴重なものもあり、その出会いが楽しみなのだ。

 

 最近は古書店が少なくなった。煥乎堂が古書のフロアを設けたのは面白い企画である。古書店はまちの文化をつくる一端である。煥乎堂のネームバリューもあって、多くの古書が持ち込まれている。私にとっては過去の人物との出会いの場でもある。

 

◇荒畑寒村は人も知る明治の社会主義者。私は最近この人の「谷中村滅亡史」を読んで感動した。田中正造の鉱毒との闘い、その中で展開される権力による谷中村強制収用を義憤に衝き動かされたように書き綴っている。古書店で購入した自伝で寒村は「憤慨して一気呵成に書き上げた」と書いている。政府を次のように痛撃する。「平民の膏血(こうけつ)をもって彩られたる彼ら主権者の冠を破砕せよ、而して復讐の冠を以てその頭を飾らしめよ」。この本は発行と同時に販売禁止となった。

 

 寒村は足尾銅山を国家が保護して住民を犠牲にした事実をイギリスの「囲い込み」に見立てて、イギリスでは「羊が人間を食った」が日本では「銅が人間を食った」と述べている。イギリスにおける資本主義勃興期、羊毛の紡績業発展のため耕地を囲って羊を飼い農民を土地から追い出した事実である。面白い表現であるが、鉱毒の害に苦しめられた住民の実態は「囲い込み」の比ではない。

 

 明治の若者には信念や理想に命をかける気概があった。寒村は田中正造の天皇直訴に胸の火を燃え立たせたのであったが、初恋の人管野すがに裏切られた青春があった。管野すがは火のような社会主義者で、寒村を去って師の幸徳秋水と通じる仲となった。秋水とすがは大逆事件に連座して死刑となった。すがは30歳であった。寒村は94歳まで生きたが、91歳の時モンブランの高峰ユングフラウを訪れて歌を詠んだ。「名にしおうユングフラウの立ち姿わが初恋の女に似たりし」。

 

 青空に白く気高く立つ雪の山に管野すがを重ねたのであろうか。91歳にしてこの情熱。寒村自伝には老いてなおダンディな写真があった。(読者に感謝)

 

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2018年6月 4日 (月)

人生意気に感ず「日中友好協会の理事会。中国の行為と一帯一路」

 

◇今日(4日)は10時から日中友好協会の理事会で、私は同会の会長なので議長の役である。まず挨拶を行うが、中国の最近の大変化を抜きにしては語れない。国際社会に躍り出た中国の動きには目を見張るものがある。それを見ると、これからの世界はアメリカと中国の二極が中心になると思わざるを得ない。中国の大変化は即日本に影響する。それは群馬県の企業と個人も巻き込んでいくことは避けられない。つまり、日中友好協会はこの動きを正面から受け止めることになる。大変化の具体例として「一帯一路」がある。かつてのシルクロードが途方もない形に変化して現代に甦った。陸と海の両方から世界中の国々を巻き込んで中国の大潮流が生じる可能性がある。農村社会から変貌して世界の工場となり、あっという間に世界の「市場」の中心となり、その流れは一帯一路によって奔流と化そうとしている。日本は呑み込まれて存在感を失うのか。そんなことは許されない。踏みとどまって日本の役割を示す時である。私はそのカギは地方にあると信じる。地方の時代の正念場なのだ。群馬県日中友好協会の役割もこの流れと不可分である。

 

◇私は、このような世界の潮流を背景において日中の民間交流の意義を簡潔に語ろうと思う。群馬県に於いて最初の本格的な日中友好協会が成立したのは平成25年(2013)3月であった。私が会長、最高顧問が福田元総理、大澤知事が名誉会長という布陣であった。

 

 時あたかも、尖閣諸島をめぐり日中の国家間は最悪の状景であった。そういう中でも、中国の民間団体とは重要な交流をスムーズに行い、民間の交流こそ日中の不変の絆の基礎であることを体験した。このような官民の交流の状況に加えて今年は日中平和友好条約締結40周年という節目に当たることが重要である。

 

◇みなかみ町町長のセクハラが大きな問題となっている。町議会で辞職勧告決議案が可決され、今度は不信任決議案が出される動きだ。いたる所でセクハラが問題とされる事態は異常である。中でも政治家のセクハラには特別の意味がある。政治家は社会の倫理や道徳を導く使命をもつからだ。政治不信が渦巻く状態であるが、政治家のセクハラはそれを増長させる。問題になることが明白なのになぜ実行するのか。そういう無思慮な資質こそ糾弾されるべきである。(読者に感謝)

 

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2018年6月 2日 (土)

小説「死の川を越えて」 第86話

 

 万場老人はここで話すのを止め、しばらく考えていたがやがて毅然として口を開いた。

 

「傍観して朝鮮人を守れなかった警察官は警察の使命を忘れた者と言わねばならぬ。そして、人道の一片も解さぬ人々だ。朝鮮人を守れない警察は日本人も守れないのだ」

 

「この草津にも朝鮮人はいます。この湯の沢集落にもいます。俺は韓国で朝鮮人に助けられた。その恩返しのためにも、俺は仲間に呼びかけて朝鮮人を守ります」

 

 正助はきっぱりと決意を示した。

 

「それがいい。この問題はお前個人の恩返しということを超えて、人道上の問題なのじゃ。このことを行動で示すことが、我々ハンセンの解放にもつながることになる。藤岡の朝鮮人虐殺の問題は、県会議員に良識があれば県議会でも大きく取り上げられるに違いない」

 

 万場老人の頭には、この時森山抱月の姿があった。

 

 帝都を見舞った未曽有の大災害を前に、政府は治安の乱れを極度に恐れた。それは体制の動揺につながると考えたからであった。全国から多くの警察官が動員され、地方は手薄になっていた。問題の藤岡署であるがここも23名中、14名が東京に出ていた。隣接する埼玉県神保原町では、3日、朝鮮人166人が殺された。騒然とした空気が藤岡に伝わってきた。各地は自警団を組織したが、それは狂気の集団と化していた。藤岡署には自警団が朝鮮人の引き渡しを求め、それに青年団が加わり、留置場の破壊を始めた。狂気の集団を抑えることはもはや出来なかった。民衆が狂気の集団と化して、朝鮮人の虐待に動いた背景には、政治体制擁護のために政府が意図的に大衆を煽った事実を否定することは出来ない。警察の及び腰も政府の動きと連動していた。実は、県議会の見識ある一部の者は、これを見抜いていたのである。

 

 正助が万場老人とこのような言葉を交わした直後、1人の朝鮮人が怯えた表情で、早朝正助を訪ねた。麓の村に住んでいるが、家に石を投げられたり、殺してやるとか火をつけると書いた紙が貼られたという。男は、麓の鉱山で仲間の朝鮮人たちと働いていた。昔、仲間がこの集落の万場軍兵衛という人に助けられたこと、また、正助が韓国から帰った人で朝鮮人を差別しない人と知ってやって来たと話した。

 

 

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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2018年6月 1日 (金)

人生意気に感ず「司法取引の行方。日立の原発輸出。ドイツと原発」

 

◇6月に入った。今日から司法取引制度が始まる。アメリカでは早くから行われていた。私はニュースや映画で観て、厳正な筈の公判手続きや捜査が取引されることに不思議な思いを抱いたものだ。そして、日本では有り得ないと受け止めていた。日本版として6月1日施行の改正刑事訴訟で実現される。民間人が刑事裁判に参加して有罪か無罪かを決める裁判員制度導入以来の衝撃。日本の捜査、公判は大きく変わる。

 

◇日本版の特徴は、共犯者の事件の捜査や公判に協力することだ。アメリカでは本人が自分の罪について認めるだけで刑の軽減に繋がる。日本版では、俗な表現をすれば共犯者・仲間を売る裏切りである。人間は弱いから密室での厳しい追及で少しでも逃れたいと思うのが人情。売られた仲間は大変である。それが嘘の供述なら冤罪に繋がるからだ。

 

 この点の担保として嘘の供述には5年以下の懲役という罰則がつく。供述の時点で告発される共犯者の防御手段(こちら側の弁護士の立ち合いなど)はない。これでは憲法31条の適正手段の保障の精神に反する恐れが指摘されそうだ。対象となるのは銃器・薬物犯罪や贈収賄、脱税、詐欺などに限られる。心情的には、今日本社会をシロアリのように犯す特殊詐欺(オレオレ詐欺等)に効果が現われればとも思うが。

 

◇日立の原発輸出に反対の声が上がっている。日立製作所はイギリスに大規模な原発を創る計画を進めようとしている。事業は3兆円規模で政府が後押しする企画である。

 

 福島第一原発事故は未だ終息しない。福島の被災地の惨状は依然として生々しい。核廃棄物の処理は目処が立たず、「トイレのない高級マンション」という批判がある。

 

 国会事故調査委員会は、「人災」と結論づけた。これらをつぶさに認識すれば原発反対の世界の世論は更に大きくなるだろう。ましてや海外への輸出に対する批判の声は大きくなるだろう。イギリスから反対を伝えるため住民団体の人たちがやってきた。人々は、日本政府と日立は再生エネルギーの技術を輸出して欲しいと訴えている。

 

◇原爆被爆国の日本が国内にとどまらず国外に原発を輸出することを世界の世論はどう見るか、ドイツが原発廃止を打ち出したことには深い意味があるだろう。原子のエネルギーを最初に発見したのはドイツ系の人々だったのだ。(読者に感謝)

 

 

 

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小説「死の川を越えて」 第85話

 

 

 

六、 関東大震災

 

 

 

 大正12年は大変な年であった。9月1日、未曽有の大地震が発生。午前1158分東京を中心に起きた巨大地震は関東一円を激しく揺すった。しかし揺すぶられたのは大地だけではない。人々の心であった。騒然とした社会で、ただでさえ人々の心には不安があった。大地の鳴動は人々の心を一層の不安に陥れた。人々は恐怖に戦(おのの)き巷(ちまた)には流言飛語が飛び交った。昼時と重なって木造家屋が密集する帝都は一瞬にして火の海と化した。後に、全壊・焼失家屋70万戸、死者行方不明14万人と判る。このような中で多くの朝鮮人が虐殺されるという異常事態が始まった。夜は群馬からも東京の空が赤く見えた。この状況は湯の沢の人々を言い知れぬ不安に陥れた。

 

 朝鮮人が暴動を起こし、それに対抗する民衆により多くの朝鮮人が殺されたというを知った時、正助は韓国の激しい抗日運動を思い出した。日本に支配され日本に併合された韓国の民衆は独立を強く求めている。そして、韓国の抗日運動は、国境を越えて中国の動きと連動して激しい炎となっていることを正助は朝鮮半島で肌で感じたのだ。だから、朝鮮人の暴動というのは、もしかするとあの抗日の一環かと思った。

 

 万場老人は動揺する人々に対して毅然として言った。

 

「軽挙妄動は厳に慎まねばならぬぞ。藤岡でも17人の朝鮮人が殺されたという。恐らく罪のない人たちじゃ」

 

「藤岡でそんなに多くの朝鮮人が」

 

 正助は驚いて叫んだ。万場老人は怒りを現して続けた。

 

「各地で朝鮮人の被害が出ているので、藤岡の警察署は留置所に保護したのじゃが、猟銃や日本刀を持った暴徒は留置場を破って乱入し、手を合わせて命乞いをする朝鮮人を殺したという。朝鮮人に対する軽蔑がそのようなことを可能にした。我々ハンセンも同じ立場に立たされることが有り得る。差別と偏見に晒される点では同じなのだ」

 

 万場老人は、正助を見据えて言った。

 

「差別と偏見は弱い所に向かう。今回の朝鮮人虐待には権力がその弱い人間の弱点を利用している向きがある。これも全体主義の現われと見なければならぬ。個人よりも、国家社会が大切という考えじゃ。国家は何のためにあるかがこういう時にこそ問われる。国家は弱者のためにあることを今こそ見詰めねばならぬ。だからハンセン病患者は朝鮮人虐待と無関係と思ってはならぬぞ」

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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