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2018年5月 2日 (水)

人生意気に感ず「全40巻を8600円で。田中の直訴と明治の若者。学生視察団と内村鑑三」

 

◇田中正造研究の資料として内村鑑三全集が必要であった。全40巻を古書店で購入してあっ驚いた。立派な箱に入った新品同様な状態のものが全巻合計8600円とは。事務員がインターネットのオークションで入手した。他に買い手がなかったことの結果であるが、古書流通界には不思議な変化が感じられる。先日はオークションではない経路で、山川出版の世界史小辞典(新品定価2千数百円)をわずか49円で購入。田中正造全集19巻はいくつかの古書店から買って揃えたが中には1円というものがあった。世の中では書物離れの減少が生じており、洪水のように出版される書物がゴミのように扱われ捨てられている。書く人は並々ならぬ精神的エネルギーを注いでいるのだ。機械化が進む中で文化の崩壊現象が生じているのだと思う。廃棄の運命の流れから救い上げて提供する古書店の努力は有り難い。救われる書物の中には珠玉のものがある。内村鑑三全集に分け入ってそう感じた。「心の灯台内村鑑三」と上毛カルタにあるが、何をもって心の灯台なのか、多くの人は知らないに違いない。

 

◇ふるさと塾では政治家の役割論を話し、田中正造の現代的意義は、公害と人権問題の草分けだと持論を語った。命あふれる渡良瀬川が鉱毒によって死の川に変化した。何をしても動かない政府に怒った田中は死を決して最後の手段に出た。明治天皇に対する直訴である。彼は衆議院議員を辞してその行動に出た。

 

 直訴の文を書いたのは幸徳秋水。この直接行動の衝撃は凄まじかった。各紙は号外を出し直訴状の全文を載せた。特に若者に大きな影響を与えた。時は1900年(明治33)12月、日清戦争の後でロシアとの対決を控えた緊迫の世相も人々の心を刺激したことだろう。社会の不正に対し怒る姿勢を失った今日の若者とは大きく違っていた。百雷に打たれたように多くの若者が行動を起こした。その中には石川啄木がいたし、東京の学生たちは現地視察団を結成した。啄木はこの時旧制中学4年で「夕川に葦は枯れたり血にまどう民の叫びやなど悲しきや」と詠んだ。800人にも達した視察団は特別列車の中で鉱毒を怒る歌を合唱した。その光景を想像すると壮観である。内村鑑三は学生たちの指導者であった。内村は汚染の土に驚愕し農学校で「土壌」を学んだことが初めて役に立ったと語っている。(読者に感謝)

 

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