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2018年4月28日 (土)

小説「死の川を越えて」 第72話

 

八、死を選ぶ母

 

 

 

 さやは、京都帝国大学の小河原泉を訪ね、ハンセン病は遺伝病ではない、ハンセン病の菌の感染力は非常に弱いと説明され、安心して正太郎を産んだ。しかし、世間はハンセン病を伝染病として恐れた。迷信と偏見がこの風潮を増幅させた。その例は社会の至る所に見られたが、湯の沢集落には、全国から患者が集まるだけに様々な事件が起きた。中には、幼い命に関わる重大事もあった。

 

 正助が帰国した後、さやは麓の枯れ木屋敷から再び湯の沢集落に移り、以前のように大津屋で働くようになった。ある時、さやは正助に妙なことを言い出した。

 

「うちのお客がおかしいのよ。赤ちゃんの命が危ないわ」

 

さやが語るところによれば、少し前に1歳程の赤ちゃんを連れた若い女が泊まるようになった。さやが隣りの部屋で仕事をしていると、女のすすり泣く声が聞こえる。耳をそばだてると

 

「みっちゃん、お母さんと天国に行くのよ。お母さんを許しておくれ」

 

と、子どもに語りかけているのが聞こえた。

 

「何かお困りのようですね」

 

さやがそれとなく声をかけると、女は重い口を開きぽつりぽつりと話し始めた。女は前橋の生まれで市川とめと言った。ある男と結婚したが、ハンセン病を発病したことで離縁されて実家に帰った。

 

両親は年老いていて狼狽(うろた)えるばかり。そして、兄は妻の手前もあって冷淡であった。この分だと一族に累(るい)が及ぶから家を出てくれと言って僅かのお金を与えたという。生きる道を必死で探して湯の沢集落に辿り着いたが、お金も尽きたし、子どもの将来を考えると、育てる勇気も湧かない。この子が女として私のような人生を辿る運命なら、死んだ方が幸せになれる。この子を殺して死ぬつもりですと、語る女の顔は目も虚ろで死神にとりつかれたようだ。さやは、すやすやと眠る赤ちゃんの顔を見た。さやは、この子が泣き出したら、それが引き金となって、女はこの細い首を締めるに違いないと思った。

 

 

 

※土・日・祝日は、私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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