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2018年4月27日 (金)

人生意気に感ず「東日本大震災最大の教訓。大川小と船越小。裁判は語る」

 

◇東日本大震災は災害の国日本に、特に直近の災害として大きな教訓を残した。中でも大きな教訓として、私はこれまで船越小と大川小の事件に注目してきた。指導者の判断によって運命が分かれた事例である。一方は全員が助かり、他方は多くの人が波に呑まれた。この地獄の底に運び去られた人々が宮城県石巻市の大川小学校の生徒及び職員であった。私は何度もこのブログで書いた。7年が経過したが遺族の方々の胸のうちでは時計はあの時に止まったままであろう。時計を進める上で、被害者遺族は悲しいことだが訴訟に踏み切らざるを得なかった。また、それは厳正な記録として後世に残すためにも必要なことであった。遂に訴訟が提起され、一審二審で審理がなされ、この度仙台高裁の判決が下された。厳粛な思いにこのブログに刻む。

 

◇26日、仙台高裁は原告の慰謝料14億円余の支払いを市と県に命じた。裁判長は「校長らは震災前に校庭周辺への津波襲来を予見できたのに危機管理マニュアルに避難場所を明記するなどの対策を怠った」と指摘した。これは学校や市の震災前の対応に過失があったと認定したのである。全国の教育現場に大きな影響を与えるだろう。

 

 大川小は北上川河口から4キロ、川べりから約200mにあった。2011年3月11日、地震発生から50分後に自動108人のうち70人が死亡し4人が行方不明に。津波襲来の7分前には校庭の前を広報車が高台避難を呼びかけて通った。なぜ、裏山へ逃げなかったのか。発生から襲来までの50分、現場の指導者は何を考えていたのか。大災害の状況が幕開けとなった今日、全国の教育者は教育への姿勢を試される時が来た。教育の目的は生きる力。子どもの命は生きる力の根幹である。教育の現状は上滑りしている。今こそ教育の原点に立ち返るべきだと、今回の裁判は警鐘を鳴らしている。

 

◇大川小と対照的なのが岩手県の船越小である。津波が迫っている、生徒は校庭に整列、裏山が迫った立地。この状況は大川小と同じである。違ったのは一人の校務員の必死の行動だった。この人は「後で笑われてもいい」と言って、裏山に逃げることを校長に訴えた。その鬼気迫る様子に押された校長は決断した。136人の児童は助かった。「校庭で5分も考えていたら全員呑まれた」と校長は振り返る。大川、船越の両校をセットにして教訓を生かす時。(読者に感謝)

 

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