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2018年4月20日 (金)

人生意気に感ず「死の川を越えての記念パーティが。硫黄山噴火の意味」

 

◇明日「死の川を越えて」の完結記念の集いが行われる。参加者は150人。草津からは患者自治会の藤田三四郎さん、重監房の北原誠さん、聖バルナバ教会の松浦信牧師の3名が出席される。長編小説に魅力を与え導きの松明の役割を果たしたのは115枚のイラストである。若い岡田啓介さんの渾身の力作は人気があった。

 

 当日はこのうちから何枚かを選びスクリーンに映しながら私が解説する。現代版紙芝居である。イラストは「死の川」の第一話から始まり、最後に圓周寺の墓地を訪れる所までのおよそ12枚。

 

 第一話では、死の川の辺で助け合って生きるハンセン病の人たちの集落のことが語られる。そこに万場軍兵衛という謎の老人が住んでおり、ある日この老人を訪ねた正助が人間として生きたい、俺たちに未来はあるのかと尋ね老人はこの集落にはハンセン病にとっての光があると不思議なことを話した。ハンセンの若者、正助とさやは結婚するがさやはお腹の子を産むかどうかで悩む。京都大学の小河原医師を訪ね、その話を聞いて産む決意を固める。時代は巡り、日本国憲法ができた。死の床で万場老人は憲法を活かし国を相手に裁判をせよと遺言して世を去る。様々な出来事は細流となって終章の訴訟という大河に流れ込む。私が紹介する最後のイラストは正助、さや、この間に産まれた正太郎たちが圓周寺という寺を訪れる場面。目的は小河原医師の墓であった。立派な墓地を予想した人々は大きな衝撃を受ける。小河原泉はハンセン病の人たちと共に無縁墓地に眠っていたのである。与えられた時間は約15分。難しいと思われ敬遠されがちな訴訟を易しく面白くと心掛けたが、明日多くの人々はどう反応するか楽しみである。

 

◇宮崎県の硫黄山が250年ぶりに噴火した。これは何か来るべき大噴火、あるいは大地震の予兆なのか。九州では宮崎・鹿児島県境の新燃岳の噴火など騒がしくなっている。そして各地に大きな地震が連続している。壮大な地下の構造にどんな変化が生じつつあるのか。大自然の営みは人智の遠く及ばないことである。最近の異常気象と連動しているのかと素人は考えてしまう。「来る、来る」の警告は久しく言われ続け慣れっこになった感がある。「狼が来る」の声を謙虚に、騙されることを恐れずに受け止める時ではないか。危機感の麻痺と慣れの上に胡座をかいている日常を反省すべきだ。(読者に感謝)

 

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