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2018年3月 5日 (月)

人生意気に感ず「連載小説“死の川を越えて”を終えて、多くの人に感謝」

 

◇小説「死の川を越えて」が今日3月5日で完結した。草津の湯川はその強酸性故にかつては生命の存在を許さなかった。この川の辺に死と直面して生きるハンセン病の人々がいた。物語は、この人たちの人間ドラマである。物語で登場した様々な場面は細流となって訴訟という大きな川に合流して完結を迎えた。

 

 原告の人々は勝訴判決の感激を胸に3つの墓を詣でた。小河原泉が眠る圓周寺、死の川の辺にある万場軍兵衛の墓、そしてマーガレット・リーの墓である。圓周寺の小河原の墓は衝撃的であった。さぞ立派な墓石に見事な戒名が刻まれているものと想像した正助、さや、正太郎親子が見たものは戒名もない共同の無縁墓地であった。ハンセン病の患者は墓から身元が世間に知られることを恐れた。ハンセン病の患者を自ら触診し、人間として尊重した小河原医師は死後も患者たちと一緒と決めて共同の無縁墓地に入ったのだ。さやは頷いて言った。「先生のお陰で女として人間としての人生を送ることが出来ました」。さやの胸にかつて京都大学を訪ね小河原の話を聞いて正太郎を産む決心をした情景が甦っていた。

 

 マーガレット・リーの墓の側には女医岡本トヨの墓があった。万場軍兵衛の墓は死の川に耳を傾けるようにしてあった。正助は墓石に手を合わせ、少年の頃万場老人が言ったことを思い出していた。「この川は我らの仲間だ。命の存在を許さぬ姿は娑婆への怒りだ」と。万場老人は国を相手に裁判をせよと遺言してこの世を去った。水野高明は墓に向かって言った。「万場先生、あなたの遺言を果たしましたぞ。国はあなたが言われたように憲法違反を犯した。それを裁判所が認めました」。人々は黒い墓石に万場老人の頷く表情が浮かぶように感じた。

 

◇小説の取材に関して多くの人の協力を得た。重監房資料館の北原誠学芸員、楽泉園自治会の藤田三四郎さん、聖バルナバ教会の松浦信牧師など。また、毎回のように丁寧な感想文を寄せられたUさん、その他励ましの手紙を下さった方々には本当に頭が下がる。上毛新聞の担当者和田早紀さん、イラストの岡田啓介さんとは毎回の打ち合わせで御苦労頂き懐かしい思い出になっている。これら多くの方々に心から感謝したい。最後に、味のある題字は友人で高名な中国人書道家郭同慶氏のものである。この字を見詰めると力が湧いた。重い題材を貫く上で郭さんの字は大きな支えであった。「ありがとう」(読者に感謝)

 

 

 

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