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2018年3月 3日 (土)

小説「死の川を越えて」 第55話

 

正助は、息を呑む思いで不思議な話に聞き入っていた。

 

 幾日か過ごすうちに、質問にぽつりぽつりと答える女の話から、正助にはこの集落の様子が次第に分かってきた。沿海州のウラジオストクの東端の一帯には、朝鮮族が住む地域があった。その中のある山奥に差別された人々が隠れて住む集落があり、それが正助が助けられた所であった。ここは、朝鮮族でもハンセン病を患い疎外された人々が辿り着き細々と命をつなぐ場所であった。人々は物乞いをしたり、動物の皮をなめしたり、川の魚を売ったりして生活をしていた。また、動物の死体、不運な死に方をした人間の屍を処分するのも彼らの仕事で、町や村の行政には必要な存在でもあった。シベリア出兵の戦乱の中で集落の人々の仕事はにわかに増えた。

 

集落を流れる川を人々は魔の川とも呼んだ。得体のしれないものが棲む、死体を投げ込んでも上がらないと言われた。集落の前は大きな淵となっており、抉れた奥は地底の穴によって近くの大きな沼に通じていると信じられていた。ハンセンの集落は、病気の恐ろしさとこの集落を囲む自然の不気味さが重なって、一般の人々にとって近寄り難い存在であった。

 

 正助の世話をする女は徐といいまた、日本語を解する大きな男は、朴と言って、集落を統率している頭であった。若い頃、韓国で日本人を妻として暮らしたことがあるという。黒く澱んだ淵に立って朴は言った。

 

「危ういところで、あなたもここに投げ込まれるところでした。今ごろ魔物の腹の中ですよ。は、は、は」

 

※土日祝日は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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