« 人生意気に感ず「開戦か、それとも軍門に下るのか。中国の対応。トランプの真の友人とは」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」 第58話 »

2018年3月10日 (土)

小説「死の川を越えて」 第57回

 

 そして、正助は湯の沢集落のことを考えた。死の谷と言われ、恐ろしい川が流れている点は似ているが大きな違いがある。湯の沢集落はハンセンによるハンセンのための村だ。<万場老人がハンセンの光と言ったっけ>。正助は懐かしく遠い古里を思い浮かべた。ハンセンの光があるからマーガレット・リーさんのような人が遠い外国から駆け付けてくれた。正助は今、このことを噛み締めていた。そして、目の前が開ける思いに駆られるのだった。そして、正助は心に誓った。<よし、生きて草津へ帰れたら、正太郎のためにハンセン病の光を広げる運動に取り組もう>

 

 

 

五、魔境脱出

 

 

 

 体の傷も回復したある日、正助は翌日に脱出を決行すると告げられた。

 

「大体の計画を話しておきます」

 

朴はそう言って語り出した。正助は一大冒険物語を聞くような思いで耳を傾けた。夜陰に乗じてこの川を下る、と言って木造の小船を指した。舳先に奇妙な記号を描いた小旗が立っている。正助が首を傾げるのを見て朴は言う。

 

「我々の集落を現す印です。水に浮く死体の片づけは我々の仕事。この旗があると国境警備隊も普通は近づかない」

 

正助は驚き、そして、ハンセンの集落の不思議な力に感心した。それを見て朴は更に驚くべきことを話した。

 

「一番の難所は地底の流れです。そこは我等しか通れない。悪魔はらわたと呼んでいます。京城の頭が用心のためここを通れと言ってきているのです。ロシアでは日本人の捜査に全力を挙げているから、この旗があっても安心できないと言うのです。なあに、任せて下さい。金という悪魔の申し子のような奴が同行しますから」

 

正助は前途に容易ならぬものが待ち構えていることを知って身を固くした。

 

 ある夜小船は出発した。手漕ぎ船は黒い水面を下流に向けて矢のように速い。時々、舳先の角灯が揺れて黒い岸壁や覆い被さる巨木の影を映す。流れのずっと先は広い川に合流し、海に通じているという。やがて船は激しく揺れ始めた。

 

「他の川との合流点です。昼間見れば死体の二つや三つはある筈です」

 

朴は事もなげに言って角燈を掲げた。そこには不気味な闇が広がっている。その底に何がいるのかと想像して正助は背筋を寒くした。長い長い時が経過したように感じられた。

 

 

 

※毎週土・日は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

|

« 人生意気に感ず「開戦か、それとも軍門に下るのか。中国の対応。トランプの真の友人とは」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」 第58話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「死の川を越えて」 第57回:

« 人生意気に感ず「開戦か、それとも軍門に下るのか。中国の対応。トランプの真の友人とは」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」 第58話 »