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2018年3月 4日 (日)

小説「死の川を越えて」第56回

 

「何がいるのですか」

 

「分かりません。潜った男の話では、中に水のない岩場があり、多くの骨があったそうです。集落の年寄りはこの川の主と言っています」

 

正助は朴の話に耳を傾けながら、目の前の黒い水に引き込まれるような恐怖を感じた。その時、朴が言った。

 

「そうそう、京城と連絡が付きましたぞ」

 

「え、どうなりましたか」

 

正助が叫んだ。

 

「あなたの怪我が回復次第、国境を越えて韓国へ連れて行きます。我々同病の組織があなたを受け取る手筈を進めている」

 

「そうですか。ところで、私の部隊は全滅したことになっているのでしょうか。私はどういう理由で韓国に生還するのですか」

 

これは正助が深刻に気にしていたことであった。

 

「心配いりません。京城の頭は鬼と呼ばれる人ですが、なかなかの軍師です。あなたが、我々によって土の中から救出されたことを既に日本軍に説明したそうです。日本軍は、我等組織を裏で頼りにしているところがあって、鬼の頭は軍と話せる関係をもっているのです。絶対の秘密ですがね」

 

正助はこの時、京城で李というハンセンの男から渡された紙片に、鬼白と記された文字があったことを思い出していた。頷く正助の表情を確かめながら朴は続けた。

 

「日本軍に協力する地元の組織があなたを救い出して、韓国の病院に担ぎ込んだことにするから、脱走兵にもならず、本隊に復帰できるというのです」

 

正助は胸を撫で下ろした。そしてさやと正太郎のことを想像した。<彼らに会える日が来るだろうか>。そう思うと集落の人たちのことが神のように見えるのであった。

 

集落を離れる日が近づいたと感じた時、正助は、忘れていたハンセン病のことを、この集落の人たちの姿に重ねて考えた。この人たちは、遺伝はしないということを知っているのか。人間扱いされないこの病の人々が、胸を張って生きられる社会は実現するのであろうか。正太郎の未来を思う時、この思いが募るのであった。

 

※土日祝日は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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