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2018年3月12日 (月)

人生意気に感ず「怒号の原発反対集会に参加して。今月のふるさと塾は田中正造」

 

◇平成24年(2012)、3月11日(日)は私の県議時代の特筆すべき日であった。古い手帳を開くと高崎城址公園・原発反対集会11時開始とある。東日本大震災、原発事故から1周年のこの大会に私は自民党の現職として参加し壇上に立った。壇上から見たあの光景が今でも目蓋に焼き付いている。

 

 ここへの参加は、野党の議員(リベラル群馬)から誘いがあったのが契機であった。私は当時の自民党幹事長須藤昭男氏に話を通した上で決意した。壇上に立つ際にちょっとしたいきさつがあった。数名の県会議員は一緒に壇上に並んでくれと要請したが、私は先に一人で立つと主張した。自民党として、一線を画する意志であった。

 

 マイクを握ると右下の赤旗が林立するあたりから怒号が起きた。「なぜ自民党の議員が」という声が聞こえた。既に議長も経験していたので自民党の幹部として知られていたと思う。

 

 私も熱く燃えて叫んでいた。「黙って聞け。理想論だけでは解決しない。私は現実論を信念として言っているのだ」。これに対してなおも下から怒号が響いた。「下りろ、下りろ」と。私はマイクを近づけて言った。「出てくれと言われて出た。私は一人だ。文句があるならここへ上がって引きずりおろしてみろ」。私は心を静めて話を続けた。終わると会場から大きな拍手が湧いた。翌日の赤旗には小さく、勇気ある保守系議員が発言と載った。また、いくつかの励ましのメールも寄せられた。

 

 この出来事には後日談がある。この日の場面を動画で流していた人がいた。「ストップヤード、止めよう原発ぐんまネットウォッチ」で、中村県議には脱帽というタイトルで始まる文は次のように続く。「勇気と潔さを心から讃えたいと思います。野次を消そうとしましたが真摯な中村議員の姿勢の方が優ります。卑劣で愚かなヤジを敢えて残しました」この動画は何カ月か前、県立図書館のある男性職員が教えてくれた。懐かしい思い出であり、赤旗の林立する集会も別世界ではないことを学んだ貴重な経験となった。

 

◇今月の「ふるさと塾」(24日)は、田中正造を取り上げる。「死の川を越えて」が終わったが田中正造が取り組んだ渡良瀬川もかつて鉱毒による「死の川」であった。民主主義の原点、そして環境問題と公害の原点として田中正造は極めて今日的である。(読者に感謝)

 

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