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2018年2月28日 (水)

人生意気に感ず「田中正造との出会い。幸徳秋水、管野すが。初恋の人。死の川完結に」

 

◇人生行路で誰に会うかということがその人の人生にとって重要な意味をもつ。人との

 

出会いは現実の生身の人間とは限らない。歴史上の人物と書物を通して出会うこともある。私は最近、ふとしたことで田中正造と出会いこの人物を再認識するようになった。今、資料を漁っているが、その中で得た一端を紹介したい。

 

「谷中村滅亡史」を書いたのは弱冠20歳の荒畑寒村であった。足尾銅山と政府を激しく攻撃したこの本は出版後即発売禁止となった。この寒村が愛した女性に社会主義者の管野すががいた。

 

 田中正造は明治天皇に鉱毒問題を直訴したが、直訴状を書いたのは幸徳秋水であった。荒畑寒村は獄中にあって、管野が秋水と通じていることを知り、憤激しピストルを持って乗り込むと2人は直前に検挙された後だった。2人は大逆事件に連座して死刑になった。秋水40歳、すがは30歳であった。寒村は獄中にあったために連座を免れたと言われ、94歳の長寿を得た。この寒村が91歳の時の面白いエピソードがある。寒村はスイスの高峰ユングフラウを訪れた。ユングフラウとは若い女性の意。白く気高い姿に打たれて寒村は歌を詠んだ。

 

「名にしおうユングフラウの立ち姿 我が初恋の女と似たりし」

 

 寒村の若い情熱に驚く。自分を裏切って秋水に走った管野すがを思い出していたのであろう。すがは炎の女であった。死刑の宣告を受けて法廷を去る時、すがは透き通った声で同志に向かって叫んだ。「みなさん、さようなら」

 

 田中正造の足尾問題は群馬県とも関わり、県議会で取り上げられた。環境問題、政治不信が深刻な時だけに、時を超えて今日的な意味を私たちに突きつけている。時々、このブログで田中正造を紹介したいと思う。

 

◇「死の川を越えて」の連載があと一回で完結となる。2016年12月に始まったこの物語は人権を底流に置いて、ハンセン病の差別と偏見と闘う人間ドラマとして展開した。様々な流れが訴訟という大きな流れに合流する構図である。万場軍兵衛という謎の老人は日本国憲法という天の恵を活かすために国を相手に裁判せよと遺言した。さやは小河原泉医師の話に勇気付けられ正太郎を産んだ。裁判の展開を易しく語ることも目的だった。人々は軍兵衛、小河原の墓に勝訴を報告する。(読者に感謝)

 

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