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2018年2月20日 (火)

人生意気に感ず「日中書道展のパネルを書く。多胡碑を守る心意気」

 

◇2月から4月にかけて日本と中国に関する大きな行事が行われる。上野三碑が世界記憶遺産に登録されたことを記念して日中書道展が行われる。今年は日中平和友好条約締結40周年に当たるので、この祝賀を兼ねた行事となる。行事は群馬県会場と中国会場に分かれて行われる。

 

 日中書道展は、2月は高崎シティギャラリーで、4月は上海で行われる。上海の行事には福田康夫元総理、大澤知事、そして群馬県日中友好協会会長の私が出席する。

 

◇書道展の会場には「日中書道展に寄せて」と題したパネルが展示され、そこには日中友好のシンボル「上野三碑」、及び日中友好における「日中書道展の意義」について述べられる。

 

 この文章は群馬県日中友好協会会長として私が担当して書いた。

 

「上野三碑」については、奈良遷都(710年)の頃の中央政府や中国朝鮮との関わりが漢字で記されていることの重要性を書いた。ここでは、歴史家E・H・カーの言葉「歴史は現在と過去との対話」を取り上げ、上毛カルタの「歴史を語る多胡の古碑」に触れ、三碑から日中の過去を学ぶことが新しい日中の基礎を築くことになると私の史観を書いた。

 

◇「日中書道展の意義」のところでは、この碑を守った先人の努力を記して三碑の意義を訴えた。先人のどりょくとして特に多胡碑を守ったエピソードを二つ紹介した。

 

 一つは初代群馬県令楫取素彦のこと。この人は自ら優れた書家であって多胡碑の書としての価値を認めてこれを海外に紹介し、また碑亭を作って碑文を風化等から守った。

 

 また、敗戦直後、県当局は多胡碑が占領軍によって没収されることを恐れ、碑を埋めて隠し覆土に大根の種を蒔いた。碑を守るための涙ぐましい努力である。

 

◇先日、「多胡碑守った穴」と題した注目すべき記事が新聞で報じられた。進駐軍の没収を恐れて多胡碑を隠した埋設抗が発見されたというのだ。碑の覆屋(碑亭)の東の桑畑である。群馬県史には、昭和20年8月、県の史跡主事丸山清康が現地に臨み、住民を指導して穴に埋め覆土に大根の種を蒔くとある。20年8月といえば原爆投下、「玉音放送」等、正に天下騒乱の只中であった。「日本」が根こそぎ否定されると誰もが思った。多胡碑は歴史の原点という意味で日本を体現する。大根を蒔いた先人の意気やよし。(読者に感謝)

 

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