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2017年12月17日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第24話

 

ハバロフスクの収容所に長くいた塩原さんは。ハバロフスクの収容所から強制労働の現場へ駆り立てられる道中の出来事を、以前次のように語ったことがある。

 

「珍しそうに私たちを見ている子どもたちがいると、私たちは皆、食べ物を下さい、と手を伸ばすのです。すると面白がって鳩に豆をやるように子どもたちはわずかな食べ物を投げるのです。私たちは、争ってそれを拾いました。まさに、餓鬼ですよ」

 

食べ物をねだるにも、ロシア語を使うと効果が大きく違うことに気づき、塩原さんはロシア語を必死で勉強したという。塩原さんの頭には、死線をさまよった時の様々な光景が甦っているのであろう。

 

「ロシアの人々は、昔の強制抑留のことを知っているのですか」

 

私は、傍らに立つドミトリーにたずねた。

 

「多くの人が知らないと思います。特に、若い人はほとんど知らないでしょう」

 

楠本総領事は、この点について多くを語らなかったが、ドミトリーの答えるところが、恐らく真実なのだろうと思った。21世紀が急速に進む中に、20世紀の強制抑留という出来事が遠い彼方に消え去ろうとしているのだ。

 

日ロの新しい関係がこれから進む中で、何とか、日本人の苦闘の跡が形として残る工夫ができないものかと思う。

 

私は、第21収容所の跡地に立って、ハバロフスク事件のことを思い浮かべていた。それは、奴隷のように従順で何でも命令されるままになっていると、軽蔑の対象にさえなっていた日本人抑留者が、最後に日本人としての意地を示した出来事であり、また、ソ連の権力に対して命がけで抵抗した事件のことである。最近、ロシアの学者が新しい資料に基づいて、「シベリアのサムライたち」という論文を発表したのは、この事件に関することである。後に項を改めて紹介するつもりである。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

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