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2017年12月 2日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第19話

 

「60万人の日本人を抑留して酷いところで労働させたということは紛れもない国際法違反です。そして、いろいろ大変なことがありましたが、それをもう一度じっくり考えてみることも必要ではないでしょうか。

 

 例えば、収容所において、衣料や食料が極端に不足していましが、それもナチスとの戦いの後で、ロシア全体がすっかり疲弊し、物資が極端に不足していたという事情がありました。また、強制抑留を指令したスターリンが死んで、ソ連の体制が大きく変化を始め、遂にソ連が崩壊し、今日違う方向へ歩み出していることは、大きな観点からみれば、ロシア国民が強制抑留を生んだ体制を反省している証拠と考えることができるかもしれません。

 

 今回、ハバロフスクに来てみて、ロシアの人々は、みなよい人々だという印象を受けました。もちろん私が会ったのは、ごく一部のロシア人に過ぎまんが、ロシア人の全体像が分かる気がします。

 

 かつてのソ連ですが、その政治体制は冷厳なものであっても、個々のロシア人は、今と同様良い人たちであったと思います。日ロの明るい未来を見つめる方向の中で、シベリアの強制抑留を考える必要性というものを、私は今回のハバロフスクの訪問で強く感じております」

 

 楠木総領事は大きく頷いていた。

 

 

 

5 古文書館で「スターリン大元帥への感謝文」

 

 

 

 日本総領事館を出て、ハバロフスク国立古文書館を訪ねた。私は、外務省を通してあらかじめ次のような依頼書を提出していた。

 

 

 

 最近アレクセイ・キリチェンコ(ロシア科学アカデミー東洋学研究所国際学術交流部長)の「シベリアの侍たち」という論文を読みました。それは、グラスノスチ(情報公開)の中で、知り得た資料に基づいたものです。このように、シベリア抑留の新事実がロシア側から公開されつつあることは大変意義のあることです。ハバロフスクの古文書館で入手できる新事実があれば是非お願いしたいと存じます。21世紀の日ロの良い関係を築くために使用したいと考えています。

 

 

 

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

 

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