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2017年12月24日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第26話

 

この日の重要な調査目的地である平和慰霊公苑は、ハバロフスク市郊外の荒涼とした草原の一角にあった。公苑の近くには、銀色の太いパイプが延々と走っていた。冬季には、これで湯を送り街の暖房に使うのだという説明を聞いて、改めてここが極寒の地シベリアなのだと思った。今は、真夏の陽光の下で、快い風が吹いているが、遮るもののないこのあたりの厳しい冬の光景こそシベリアの本当の姿に違いない。冬の景色を想像しながら私は、昨年の真冬、小泉首相が、この慰霊公苑を訪れたという話を思い出していた。慰霊公苑は、入り口の所に、大きな灰色の御影石が置かれ、それには太い筆字で、「平和慰霊公苑」と刻まれている。この字は瀬島龍三が書いたものだという。そして、この石の一角に、次のような文をのせた黒色の石のプレートがはめ込まれている。

 

 

 

「第二次大戦後ソ連邦において死亡した日本人の英霊を鎮魂し、二度と再び戦争の悲劇を繰り返さないことを誓い、民族、宗教の枠を越え、日本とロシア国の愛と平和の祈りをこめて、この平和慰霊公苑を建設した。

 

1995年9月12日

 

日本国 財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会

 

ロシア連邦 ハバロフスク州ハバロフスク市」

 

 

 

この石碑から真っすぐに石畳が広がり、その奥に赤いレンガ造りのちょっと変わった形の建造物があった。これが、日本人死亡者慰霊碑である。正方形の壇の上に置かれた四角いレンガ造りの建物の内側は円形の壁となっており、その東西南北は、半円形の窓となって外と通じている。その一つから建物の中に入ると、頭上には円形の青い空があり、白い雲が静かに流れていた。

 

中の窓には、白い金属の板がとめられ、それには次のように書かれている。

 

「さきの大戦の後、1945年から、1956年までの間に、祖国への帰還を希いながら、この大地で亡くなられた日本人の方々を偲び平和への思いをこめてこの碑 を建設する」

 

竣工 平成7年7月31日

 

日本国政府

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

 

 

 

 

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