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2017年12月31日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第28話

 

 厳粛な気持ちにひたっていると、今度はパタポアさんが口を開いた。

 

「去年の一月、小泉首相がここに来ました。小泉さんは、この慰霊碑の前でコートを脱いで、ひざまずいたのです。まわりに居た多くの人が、それを見てワーッと声を上げました。その気温は、零下35度でした。小泉さんは、花を捧げて、大地に手をついて、5分くらい祈っていました。その姿を見て、ロシアの人も涙を流しました。そして、私たちは、抑留者の問題が日本人にとって、いかに重大かということが分かった気がいたしました」

 

小泉首相は祈りが終わると立ち上がって、パタポアさんに近づき握手したという。

 

 それにしても、この平和慰霊公苑ができたのは、平成7年のことである。半世紀も経ってやっと慰霊碑がつくられたということは、死者の霊を祭ることさえも、国際情勢と日ロの関係に大きく振り回されることを物語る。シベリアの凍土の下で、日本人抑留者の遺骨が砕けて消えてゆくように、多くの日本人の頭からもシベリア抑留の

 

事実が消えようとしている。21世紀の今、私たちの胸に、この事件を新しく蘇らせることの大切さを、この慰霊碑は訴えている。

 

 

 

8 日本人墓地、そして青柳さん倒れる

 

 

 

 シベリアの旅も順調に進んでいた。7月19日に、ハバロフスクに着いてから4日目に入っていた。7月22日、この日の重要な訪問予定地に日本人墓地があった。楠本総領事が私たちに、日本総領事として、一番重要な仕事は、平和慰霊公苑と日本人墓地をしっかり守ることだと語った、その日本人墓地である。遺族会の人、日本政府の要人は必ず、ここを訪れるという。

 

 日本人墓地はハバロフスク空港近くの広大な墓地の一角にあった。平和慰霊公苑は郊外の広野にあったが、日本人墓地はハバロフスク市内にあり、一般のロシア人の墓地と隣りあっていた。死後はロシアの市民と近所付き合いをするという意味もあるのか。ただ、日本人墓地は周囲をフェンスで囲まれ、ロシア人墓地とは区別され、花壇にはいろいろな色の花が夏の陽の下で咲き乱れている。まわりの白樺の木立が静かに守っている感じだ。墓の一角では、墓守りのロシア人の老人が腰をかがめて草とりをしていた。

 

 とにかく、ビロビジャンの林の中の無名の日本人墓地とは格別の違いである。広いシベリアの各地で亡くなった日本人抑留者は6万人を越えるのに、そのほとんどは遺骨の所在すら分からない状態であるから、それらについては当然のことながら墓らしき墓もない。したがって、このハバロフスクの日本人墓地はシベリア全土に眠る日本人の墓としての象徴的な意味があると私は思った。

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

 

 

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