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2017年12月 7日 (木)

小説「死の川を越えて」 第32話

 

「そんな、私は嫌」

 

「何だいさやちゃん。泣くなよ。俺まで弱気になるじゃないか」

 

「ええ、分かっているの。でも、でも」

 

さやは激しく首を振って正助の膝に顔を埋めた。

 

「俺たちは、普通の人と違って大変な問題を抱えている。先日話したバルナバ病院の女の先生の言葉を信じようじゃないか。先生が言うには、人間の体には病気と闘う力があるそうだ。その力を強めるのは心の持ち方だと言うんだ。明るい気持ちで病気と闘うことが大切なんだって。だからさやちゃん。絶望しないで頑張ろうじゃないか」

 

さやは顔を上げて頷いた。2人はしっかりと抱き合った。更けていく夜の闇の中で湯川の流れが響いていた。

 

 

 

 2人は翌日、万場軍兵衛を訪ねた。

 

「ほう、お前のところにとうとう来たか」

 

老人はそう言って、2人の顔をじっと見つめた。

 

「おめでとうとは言わぬ。困ったことだともわしは言わぬぞ。若い2人は十分に話し合ったことだろう。わしの出来ることは、側面からお前らの運命を助けることじゃ。正助よ、さやさんのことは心配するな。こずえに、助けになるようよく話す。バルナバのリー女史にも話してやろう」

 

老人はそう言って、傍らの書類の山から何やら取り出して目を走らせている。

 

「世の中、これからどうなるのでしょうか」

 

正助の声は不安そうである。

 

「誰にも分からん。だがな、わしは、日本が中国を侮って、敵にしようとしていることが心配じゃ。日清戦争、日露戦争に勝って、日本は神の国になった。神の国は正義の国でなければならぬ。ところがどうじゃ。この世界戦争に乗じて中国に二十一カ条の要求を突きつけた。中国人の誇りを踏みにじる侵略だと叫んで、中国の若者が立ち上がっている。わしは、正助がこのような流れに巻き込まれていくことが心配なのじゃ。だが正助よ。先のことを心配しても始まらぬ。勇気をもって運命に立ち向かうのだ。さやさん、泣いてはいかん。さやさんの明るい笑顔だけが正助の助けに違いない」

 

「はい、私はもう泣きません」

 

さやはきっぱりと言った。正助の顔も吹っ切れたように明るかった。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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