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2017年12月14日 (木)

小説「死の川を越えて」 第34話

 

 女医は笑顔でさやを迎えた。背後の子どもを抱いた白いマリア像が目についた。正助さんも、ここであのマリア像を見たのかしら。さやは、その小さな赤子の姿が気になった。

 

「生まれはどちら。差支えなければ」

 

 ハンセンの患者は出生地を隠すのが常であったのだ。

 

「福島です」

 

「まあ、私は郡山です」

 

「え、では隣り村です」

 

さやは驚いた。懐かしい故郷の山河が浮かび女医に親しみを感じた。岡本トヨも、嬉しそうな笑みを浮かべている。さやは、話すべきか迷っていたが、女医が同郷の人と知り、気持ちが軽くなって、お腹の子のこと、そして現在の悩みを話した。

 

女医は大変驚いた表情をしたが感情を抑えるようにして言った。

 

「正助さんはお腹の子のことは知らないのですね。あなたもさぞ辛かったことでしょう」

 

さやは黙って下を向いた。

 

「正助さんが前にここへ見えた時、この病は遺伝病でないこと、感染する力が弱いことを話しましたが、正助さんは、この話をお腹の子の運命と結びつけて聞くことはなかったことになります。感染力が弱いということは、草津の人が知っていたことではないかしら。共同浴場で皆一緒に入っていたことがそれを示すでしょう。しかし、世の中には多くの患者がいます。生まれてくる子が感染しないとは限りません。私は医師として悩んでいるのです。恐いのは、世の偏見と差別です。そういう中で、子を産むことを覚悟せねばなりません」

 

さやは女医の口元を見詰め、何を言おうとしているのかを知ろうとして真剣に耳を傾けた。

 

「偏見とは間違った考えのことですか」

 

「そうです。無知や誤解が偏見を生むのです」

 

 さやは、この時大きく頷いて息を呑む仕草をした。

 

「・・・」

 

 女医は、さやを目で促した。さやはぽつりぽつりと話しだした。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

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