« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月31日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第28話

 

 厳粛な気持ちにひたっていると、今度はパタポアさんが口を開いた。

 

「去年の一月、小泉首相がここに来ました。小泉さんは、この慰霊碑の前でコートを脱いで、ひざまずいたのです。まわりに居た多くの人が、それを見てワーッと声を上げました。その気温は、零下35度でした。小泉さんは、花を捧げて、大地に手をついて、5分くらい祈っていました。その姿を見て、ロシアの人も涙を流しました。そして、私たちは、抑留者の問題が日本人にとって、いかに重大かということが分かった気がいたしました」

 

小泉首相は祈りが終わると立ち上がって、パタポアさんに近づき握手したという。

 

 それにしても、この平和慰霊公苑ができたのは、平成7年のことである。半世紀も経ってやっと慰霊碑がつくられたということは、死者の霊を祭ることさえも、国際情勢と日ロの関係に大きく振り回されることを物語る。シベリアの凍土の下で、日本人抑留者の遺骨が砕けて消えてゆくように、多くの日本人の頭からもシベリア抑留の

 

事実が消えようとしている。21世紀の今、私たちの胸に、この事件を新しく蘇らせることの大切さを、この慰霊碑は訴えている。

 

 

 

8 日本人墓地、そして青柳さん倒れる

 

 

 

 シベリアの旅も順調に進んでいた。7月19日に、ハバロフスクに着いてから4日目に入っていた。7月22日、この日の重要な訪問予定地に日本人墓地があった。楠本総領事が私たちに、日本総領事として、一番重要な仕事は、平和慰霊公苑と日本人墓地をしっかり守ることだと語った、その日本人墓地である。遺族会の人、日本政府の要人は必ず、ここを訪れるという。

 

 日本人墓地はハバロフスク空港近くの広大な墓地の一角にあった。平和慰霊公苑は郊外の広野にあったが、日本人墓地はハバロフスク市内にあり、一般のロシア人の墓地と隣りあっていた。死後はロシアの市民と近所付き合いをするという意味もあるのか。ただ、日本人墓地は周囲をフェンスで囲まれ、ロシア人墓地とは区別され、花壇にはいろいろな色の花が夏の陽の下で咲き乱れている。まわりの白樺の木立が静かに守っている感じだ。墓の一角では、墓守りのロシア人の老人が腰をかがめて草とりをしていた。

 

 とにかく、ビロビジャンの林の中の無名の日本人墓地とは格別の違いである。広いシベリアの各地で亡くなった日本人抑留者は6万人を越えるのに、そのほとんどは遺骨の所在すら分からない状態であるから、それらについては当然のことながら墓らしき墓もない。したがって、このハバロフスクの日本人墓地はシベリア全土に眠る日本人の墓としての象徴的な意味があると私は思った。

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月30日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第27話

 

1945年は、昭和20年敗戦の年である。この年の秋から日本兵のシベリア強制抑留が始まった。60万人を超える人々が、ダモイ(帰国)だと欺されながら、家畜のようにシベリア各地に、あるいは、バイカル湖やウラルを越えたヨーロッパロシアにまで拉致されていった。

 

地獄のような状況の中を生き抜いた多くの日本人は、昭和25年春までに帰国するが、理不尽にも戦犯とされた日本人は、その後も長く抑留された。そして、1956年(昭和31年)、鳩山首相による日ソ交渉の妥結によって、ようやく、これらの日本人も祖国帰還を果たすことができたのである。

 

この間に6万人を超える日本人が無念の涙をのんでシベリアの凍土に消えた。この碑文は、このような事実に基づくものである。ちなみに、昭和25年までに帰国した日本人を、一般に短期抑留者というが、青柳さんの帰国は昭和22年末、塩原さんの

 

帰国は、昭和25年の2月であった。

 

 私たちは、建物の中に入り、円形の壁に囲まれて上を見上げた。そこには、私たちを含め赤いレンガの筒をまるごと飲み込むような深く青い空があった。不思議な空間の中で、人々は沈黙し、しばし時は流れた。

 

 やがて、パタポア女史が両手を上に伸ばし、パンパンと手を叩きながら言った。

 

「こうして、頭の上で、手を叩くと霊と通じることができます」

 

私たちは、皆、パンパンとやった。その時、私が見上げる青い空を、魚が泳ぐように白い小さな雲が流れている。抑留者たちは、あのような雲の流れを見るたびに、その先に祖国があることを思い、望郷の念にかられたことであろう。私が思いに耽っていると、突然、むせび泣く声が上がった。塩原さんだった。

 

「日本から来たよー、会いに来たよー、俺は先に帰って、悪かったなー。俺は、もう少しで82歳になるんだ、もう二度と来られないと思うけど、安らかに眠ってくれ。皆、日本に帰りたかったろうなー。日本は、いい国になった。二度と戦争のない国にするから、どうか安心してくれ」

 

 腹の中から絞りだすように塩原さんは叫んでいた。塩原さんの脳裏には、かつて、このハバロフスクで、飢えと寒さに耐えられず、バタバタと倒れていった仲間の姿が甦っているに違いない。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月29日 (金)

人生意気に感ず「この一年を。10キロ走。ふるさと未来塾。憲法をゼロから。へいわの講義」

 

◇一年を振り返って、私個人の問題ではあるが大きな成果と秘かに胸を張る出来事が11月3日のぐんまマラソン10キロ完走である。1時間32分という数字は重大な事実を物語る。数年前は56分で走った。体力の衰えは紛れもない真実なのだ。でも私はこの歳で10キロをさほど苦痛でなく走れることを天に感謝する。その5日前の10月30日に満77歳を迎えたのである。

 

◇毎年の10キロ走は私の人生の縮図である。昭和15年に生まれて激しい人生の航路を走り抜けてきた。この1年も、また10キロ走の縮図であった。その中に上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」の執筆がある。今年の最終は26日で、99回を迎えた。来年は1月8日の100回から始まる。「死の川」の底流には人権が流れる。人権と共に死の川が生の川に甦る。この流れは訴訟という大河に注いで終局を迎えることになる。

 

◇今年最後の「ふるさと未来塾」(23日)は「中国」がテーマだった。新しい中国は「一帯一路」、「特色ある社会主義」を掲げて飛躍を期待しているが多くの矛盾を孕んでいる。共産党の一党独裁で未来を切り開いていけるのか。中国の運命は日本の存立と大きく関わるので目が離させない。

 

 来年初めの「ふるさと未来塾」は「アメリカ」を取り上げる予定。人類の理想を掲げ世界をリードしてきたアメリカがトランプ大統領の出現によって大きく揺れている。しかし、アメリカはトランプと共に自滅する筈はない。アメリカは今後どのように変化するのか。建国以来の歴史を今こそ私たちは見詰めなければならない。アメリカの存在は、近代日本の原点である。日本はアメリカによって開国し、アメリカと戦って敗れて再生した。原爆を落とされ、新憲法を与えられた。この日本国憲法もアメリカの建国の理想と深く関わっている。今、この憲法の改正が激しく議論されるようになった。

 

◇「ふるさと未来塾」は今年、一つの変化が生まれた。毎回憲法を現実の社会問題と関連させて学ぶ動きである。憲法は極めて歴史的な文書だから、本来歴史を語る「ふるさと未来塾」が取り上げるにふさわしい。現実は多くの国民が憲法を知らない。そこで、憲法をゼロから学ぶことを決意した。

 

◇毎週水曜日「へいわ845」という平和の講義を始めた。今年は第24回、「シベリア強制抑留」で終わった。来年は1月10日から始まる。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月28日 (木)

小説「死の川を越えて」 第37話

 

「私は、恐ろしい遺伝病で人にうつるということで東北の村を追われました」

 

さやは重い胸の内を思い切って口にした。このことでどんなに悩んだことか。偉い大学の先生の口から直接真実を聞きたかった。お腹の赤ちゃんの運命がかかっていた。さやは判決を前にした被告のように身を固くして小河原泉の言葉を待った。

 

「結論から言います。遺伝はしません。感染の力は非常に弱い。ハンセン病は治らない病気ではないのです」

 

「まあ、本当でございますか」

 

さやは、信じられない思いで、そっとお腹を撫でた。となりのこずえがよかったねと視線を送る。その表情は輝いている。

 

「ノルウェーという国のハンセンという学者が癩菌を発見したのです。ハンセン病の名は、この学者に由来します。これでハンセン病は菌の仕業ということがはっきりしました。人間の体は細胞という小さな単位で出来ています。遺伝は、この細胞の中にある遺伝子によって伝えられます。ハンセン病菌は、この細胞とは全く別の存在ですから遺伝することは全くありません」

 

小河原はきっぱりと言った。なんと嬉しい言葉であろう。岡本トヨから遺伝病でないことは聞かされていた。しかし、今、有名な大学の先生から改めてそれを聞くことは、格別な重みをもってさやに明るい衝撃を与えた。さやには、目の前の学者が救いの神に思えた。小河原は、手を伸ばして1枚の紙を机に広げた。

 

「これが細胞の図です。精子という一つの細胞、卵子という一つの細胞。これが合体して受精卵となり、分裂して増えて何十億となり、人の体をつくっていくのです。神の業ともいうべき神秘の世界ですね。この細胞から人体が作られる過程、つまり赤ちゃんが作られる道筋にハンセン病菌が入り込む余地は全くありません」

 

さやは、学者の説明がよく分かる気がした。そして、お腹の赤ちゃんにも学者の言葉が伝わり、小さな命が喜んでいるように感じられた。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月27日 (水)

人生意気に感ず「フジモリ恩赦。貴乃花とモンゴル。また長期監禁致死」

 

◇ペルーのフジモリ元大統領の恩赦が決定した。フジモリ氏は日本人の血が流れる者としてペルー国民の期待を担って大統領に当選した。長い間虐げられてきたアンデスの人々は熱狂的にフジモリを支持した。フジモリの選挙戦は選挙を長くやった身として大変に心惹かれるものであった。

 

 ペルー移民の歴史は明治5年の奴隷船マリア・ルス号事件に遡る。私は「ふるさと未来塾」でこのペルーの歴史とフジモリを何度も語ってきた。フジモリは大統領になって公約通り立派な業績を上げた。末期的なインフレを克服し、同様にどうしようもない状態のテロをほぼ撲滅させた。

 

 私は平成8年行政視察でペルーを訪ね大統領官邸、及び日本大使館公邸に入った。この公邸で青木大使はフジモリを激賞した。私たちが帰国した後で、この公邸がテロ集団に占拠された。テレビでその光景を見た私は、まさかと驚愕した。以後127日間、世界中の耳目はこの事件に釘付けとなった。テロ集団は全員射殺され、24人の日本人は救出された。人質の中には大統領の母ムツエさんもいた。犯人に大統領の母と知れたら大変だっただろう。

 

 民主主義が成熟しない国では権力者のやり過ぎ、人権侵害が起こりがちだ。フジモリも在任中の人権侵害で禁錮25年の刑で服役していた。79歳の元大統領が病床で息子と抱き合う姿が報じられた。私はほっとしている。

 

◇貴乃花を巡る問題が大きく変化しているらしい。相撲界は神代まで通じる伝統の世界。古い体質と因習を引きずるのは無理はないが脱皮しなければ生き残れない。この古い伝統の世界にモンゴルという異文化が合流したためにややこしい事態となった。

 

 貴乃花のガチンコ振りは有名である。無言を押し通しているのもガチンコの一環にみえる。貴乃花を巡る世論が大きく変わり出した。渦中の協会幹部は客観的に判断する力を失っていたに違いない。モンゴル勢にも一つの転機が訪れているのではないか。八百長が、かつて大きく報じられたがそれと疑われる状況を避けなければならない。ガチンコが評価される理由である。

 

◇またまた不可解な監禁事件。大阪の女性が長い間両親に監禁されたらしい。身長145センチ、体重19キロ。食事は一日1回。広さ2畳のプレハブ。死因は凍死とか。信じられない。人間はここまで心を失うことが出来るのか。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月26日 (火)

小説「死の川を越えて」 第36話

 

 さやは遺伝病でないことを女医から直接聞いても、まだ不安だった。さやの表情を見て女医は笑顔を作って言った。

 

「私が尊敬するある医師に会うことを勧めます。私が東京にいたころに知り合った医師であり、学者です。京都大学医学部を卒業されました。小河原泉様と申され、大変優れた方なのでいずれ医学部の先生になられることでしょう。ハンセン病については学会の主流とは異なった進んだ考えをお持ちです。あなたに決意があるなら、紹介状を書きましょう。京都大学に聞けば、その方の所在が分かると思います」

 

さやは大きく頷いた。正助は、国のために命を捨てる覚悟で出て行った。お腹の子は正助がさやに託した財産であり、正助の分身である。自分も命がけで、この財産に取り組まねばならない。そのための大事な一歩が、この小河原という医師に会うことだと思えた。

 

 さやは万場軍兵衛に相談した。すると、老人はすぐに動いた。京都大学に連絡し、小河原泉という医師と会えることになった。旅費などの費用は万場老人が面倒を見るという。恐縮していると、こずえまで同伴につけると言ってくれた。万場老人はきっぱりと言った。

 

「この問題は、さやさんと正助だけの問題ではない。お腹の子のためでもある。そしてな、我らハンセン病患者全体に関わる予感がするのじゃ。金のことは心配せんでいい」

 

 岡本トヨは、喜んで紹介状を書いてくれた。さやは出発前に紹介状を自分の手紙と共に京都大学に送った。

 

 

 

八、小河原泉医師

 

 

 

さやは旅の途中、偉い大学の偉い先生とはどんな人だろうと、いろいろ想像して緊張していた。大学の門をくぐり、建ち並ぶ建物の偉容さに接すると、その緊張は一層高まった。

 

「さやさん、頑張るのよ。お腹の小さな赤ちゃんがお母さん頑張れと応援しているじゃないの」

 

こずえの励ましの声に頷きながら建物に踏み入れたのであった。

 

小河原泉医師は研究室で2人を迎えた。雑然と積まれた書物の山は湯の沢の万場老人の小屋を連想させ、なぜかさやをほっとさせた。

 

「上州群馬の山奥ですね。草津温泉、そしてハンセン病。私が長年大いに注目してきたことです。遠距離で疲れたでしょう。要点は岡本さんとあなたのお手紙で承知しております」

 

 遠来の労をねぎらう視線は優しかった。髪はぼさぼさで身なりは飾らない人である。恐い先生を想像していたさやは身近かなものを感じて安心した。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月25日 (月)

人生意気に感ず「中国の19大とは。中国の特色ある社会主義とは。小康社会とは。憲法をゼロから学ぶ」

 

◇昨日(23日)は今年最後の「ふるさと未来塾」だった。テーマは躍進する中国。「19大」、中国共産党第19回全国代表大会を取り上げた。祝日で寒い夜だったが多くの方が参加した。

 

「ふるさと未来塾」は歴史を語ることが基本なので、これまでに中国は歴史の問題として何度も取り上げてきた。今回のテーマは、今まで話したことの続きという意味と共に大きく変化する世界の将来を探りたいという意味があった。

 

 私は、絶対的強権で中国を統一した秦の始皇帝がいなかったなら、中国は一つにならず現在の西欧諸国のように多くの国々にわかれていただろうという話から始めた。

 

 以来長い歴史の中で中国は自分たちが世界の中心であるという中華思想を信じた。そのプライドが近代に入って踏みにじられた。アヘン戦争に破れて以来ハイエナのように襲いかかり肉をむさぼる列強の前になす術がなかったのである。1949年、毛沢東は天安門で中華人民共和国の建国を宣言した。それは過去の影響を取り戻すことを世界に訴える姿であった。その後、中国の政治は平等でなければならないという批判に対し、鄧小平は「先富」ということで説明した。今は平等を実現する過程だから先に富む者があってもいいのだという理屈である。

 

◇「19大」で、習近平は「中国の特色ある社会主義」を堅持発展させることを強調した。その中味として「小康社会」の完成を掲げた。小康社会とは「ややゆとりのある社会」だという。鄧小平の「先富」を「共富」に持っていくことであろう。そして、具体的な政策の方向として高速成長から質の高い発展へ、全面的な法による国家統治(法治主義)をあげた。

 

◇法治主義は人治主義を克服しなければ実現しない。目に余る賄賂政治は人治を物語るものであった。

 

◇毎回ふるさと未来塾で「憲法をゼロから学ぶ」を実行している。そのために小さなハンドブックを配布した。社会の現実と結びつけて憲法を学ぶのが目的。例えば天皇の退位では、一条の象徴、四条の国事行為、五条の皇室典範などを、ハンセン病の「重監房」では、十三条(幸福の追及)、十四条(法の下の平等)、十八条(奴隷的拘束)などを学んだ。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月24日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第26話

 

この日の重要な調査目的地である平和慰霊公苑は、ハバロフスク市郊外の荒涼とした草原の一角にあった。公苑の近くには、銀色の太いパイプが延々と走っていた。冬季には、これで湯を送り街の暖房に使うのだという説明を聞いて、改めてここが極寒の地シベリアなのだと思った。今は、真夏の陽光の下で、快い風が吹いているが、遮るもののないこのあたりの厳しい冬の光景こそシベリアの本当の姿に違いない。冬の景色を想像しながら私は、昨年の真冬、小泉首相が、この慰霊公苑を訪れたという話を思い出していた。慰霊公苑は、入り口の所に、大きな灰色の御影石が置かれ、それには太い筆字で、「平和慰霊公苑」と刻まれている。この字は瀬島龍三が書いたものだという。そして、この石の一角に、次のような文をのせた黒色の石のプレートがはめ込まれている。

 

 

 

「第二次大戦後ソ連邦において死亡した日本人の英霊を鎮魂し、二度と再び戦争の悲劇を繰り返さないことを誓い、民族、宗教の枠を越え、日本とロシア国の愛と平和の祈りをこめて、この平和慰霊公苑を建設した。

 

1995年9月12日

 

日本国 財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会

 

ロシア連邦 ハバロフスク州ハバロフスク市」

 

 

 

この石碑から真っすぐに石畳が広がり、その奥に赤いレンガ造りのちょっと変わった形の建造物があった。これが、日本人死亡者慰霊碑である。正方形の壇の上に置かれた四角いレンガ造りの建物の内側は円形の壁となっており、その東西南北は、半円形の窓となって外と通じている。その一つから建物の中に入ると、頭上には円形の青い空があり、白い雲が静かに流れていた。

 

中の窓には、白い金属の板がとめられ、それには次のように書かれている。

 

「さきの大戦の後、1945年から、1956年までの間に、祖国への帰還を希いながら、この大地で亡くなられた日本人の方々を偲び平和への思いをこめてこの碑 を建設する」

 

竣工 平成7年7月31日

 

日本国政府

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月23日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第25話

 

第45特別収容所の跡は、現在、にぎやかな大通りに面した、第三診療所と呼ばれる病院に変わっていた。

 

ここには、元満州国皇帝愛親覚羅溥儀やもと関東軍の高級将校が収容されていた。ここで亡くなった9人の元高級将校は、翌日訪ねる予定の日本人墓地に埋葬されているという。

 

大通りに面したところに置かれた大きなライオン像は、一帯の建物がつくられた時、その記念にと抑留者の中の優れた彫刻家が制作したという。

 

二頭のライオン像は、堂々として威厳が感じられる。苦悩と怒りを表してあたりを睥睨(へいげい)するその姿は、現実にはかなわぬ抑留者の思いを表しているのかもしれない。

 

日本人が建設に携わった多くの建物は、今日、まだしっかりとした姿で残っており、日本人が確かな仕事をしたことを雄弁に物語っているようだ。あるロシア人は、語っていた。

 

「日本人は、立派な仕事をしたので、窓や床はまだ少しも狂っていない。日本人はすごいですね」

 

 恨みこそあれ、夢も希望もない境遇で、堅実な仕事をした日本人はさすがであった。日本人抑留者が残した物が、今なお、ハバロフスク市民の間で、建築物として使われ、あるいは芸術作品として評価されているということは、日本人抑留者の意思が、恩讐を越え、時代を超えて、浄化された形で生きていることを意味するのではないか。このことを、21世紀の、発展する日ロの関係の中で生かしてゆくことが私たちの責任であり、抑留者の苦しみにこたえることだと思う。

 

 なお抑留者が建設に携わったアムールホテルは、ハバロフスク市でつくられた第一番目のホテルだというが、にぎやかなメーンストリートの一角に、小さな規模ながら、他の今日的な派手な建築物の中で、しっかりと存在感を発揮していた。また、コンサートホールは、歌手の三波春夫がその修理に携わっていたといわれるが、アムール川の近くに、今でも、市民が芸術文化活動を繰り広げる場所として現役の姿を保っていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月22日 (金)

人生意気に感ず「切迫する大型津波、北方領土と伊方原発に。元少年の死刑執行」

 

◇M9クラスの超大型大地震が切迫している。新聞は北海道の千島海溝沿いで30年以内に7%から40%の確立だと報じた。予想される津波は最大30メートルに達するというから凄まじいものだ。

 

 現在は、自身地質学が飛躍的に発達し、過去の堆積物の地層を研究することで的確に予測が可能となった。県会議員時代に多賀城市を視察した時市長が「歴史は語る」と体験を語ったことが思い出される。

 

 この海溝での巨大津波の平均間隔は340~380年で、現在直近の発生から約400年が経過している。具体的な想定震源域は「十勝沖」、「色丹島沖及び択捉島沖」、「根室沖」である。東日本大震災の巨大津波の光景の迫力は映画の比ではなかった。あの生々しさは目蓋に焼き付いている。津波を含め大災害対策はその国の文化や政治状況に深く関わる。この点から北方領土を巡る状況は極めて深刻である。これらの地域はロシアが事実上支配しているがロシアは人命尊重に力を入れる国ではない。国民への情報提供は民主主義の大前提であるが、全体主義のロシアにこれは期待できない。政府に都合が悪いことは国民に隠す国である。巨大津波の「切迫」を北方領土の島民は知らされていないに違いない。この問題は島民が日本への帰属を判断する上で重要なポイントになるのではないか。

 

◇政府の自信調査委員会は同時に四国地域の巨大津波を新たに予測した。その中でも最大なのは伊方原発のある愛媛県伊方町に近い伊予灘を含む地域だという。原発停止を巡る訴訟が動いているが、この情勢に影響を与えるのではないか。

 

 東日本福島第一原発の被害は未だ終息していない。切迫するこのような状況を前にしてまだ政府は原発を推進しようとしている。日本の民主主義が正に問われている事態ではないか。

 

◇元少年の2人の死刑が執行された。一人は群馬県安中市で起きた事件である。少年法は罪を犯した時18歳に満たない者につき、死刑をもって処断すべき時は無期刑を科すと定める。執行された元少年は、少年とはいえ18歳以上だった。安中の事件は、交際していた女性ら3人をハンマーで撲殺した。再審請求中は通常死刑を執行しないとされていたが延命の手段として再審請求していたらしい。頭から袋をかぶされて死刑台に登る姿は想像すると血の臭いがする。死刑を待つ人は現在122人である。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月21日 (木)

小説「死の川を越えて」 第35話

 

「実は、里でお姉さんが、その偏見とやらの犠牲になりました」

 

「えっ、どういうこと」

 

「村のお医者によって、私がハンセンだと分かりました。ほんの初期で軽いということでしたが、お巡りさんが先頭に立って、白い服を来たお役人たちと一緒にやって来て調査することになったのです。私は助け出されましたが、その後で調査は行われました。パッと村中に知れ渡りました。伝染する、恐い、と誰も近づかなくなりました。姉は嫁ぎ先にいられなくなり、離縁され家に帰りましたが、家にもいられないのです。気が変になっていたと思います。ある時、姿が見えなくなって、探したら井戸に飛び込んでいるのが発見されました。姉の思い詰めた顔が浮かびます。男の人を好きになるのは悪いことなのかとずいぶん悩みました。まして、赤ちゃんを産むなんて許されないことなのかと苦しんでいます」

 

 女医は、まばたきもせず、さやを見詰めて聞いていた。そして、後ろを振り向くと、マリア像を指して言った。

 

「マリア様は馬小屋でイエス様をお産みになった。今から1900年以上も昔、古代ローマ帝国の時代で、今よりもっともっと大変でした。奴隷制度があり、キリスト教徒は迫害されました。ハンセンの人は死の谷に閉じ込められ肉親が面会することも許されませんでした。イエス様は成長して隣人愛を説きましたが、ローマの総督により十字架の刑に処せられました。イエス様の死は全人類を救うための死でした。人の命は地球より重いという言葉を噛みしめます。女は命を産む存在です。女は命を大切にする覚悟を持たねばなりません。私は、あなたに子を産むべきかどうか意見することは出来ません」

 

 そう言って女医は言葉を切り目を閉じた。そして目を開くときっぱりと言った。

 

「キリスト教徒としては信者でないあなたにキリスト教の信念を言えないからです」

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月20日 (水)

人生意気に感ず「終局近し『死の川を越えて』。NHK、UFOを報じる」

 

◇上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」が、昨日19日で97回となった。早いもので一年を経過した。場面は熊本地裁に。草津湯の川のほとりのハンセン病の集落から物語はスタートし、激動の時代を人々は木の葉のように奔流に弄ばれて生きた。小さな流れが国を相手の訴訟の流れに合流する。湯の川のほとりに住む謎の人物として始まった万場軍兵衛は日本国憲法の成立後、この憲法を活かすには訴えを起こして国のハンセン病政策の誤りを追及しなくてはならないと言い遺して死んだ。イギリス人宣教師のマーガレット・リー女史も太平洋戦争開始直後に草津の人々のことを心配しながら世を去った。

 

 上毛の打ち合わせでは第101回から110回までを渡した。打合せのメンバーには挿絵担当の岡田さんもいる。私が挿絵の下絵を毎回描く。物語の中のどの場面を描くか、作者としての考えを示すためだ。私の絵は下手であるが、それを案として仕上げた岡田さんの作品は見事なもので、私の小説よりも人気があるのではないか。読者から毎日のように感想が寄せられ、大いに励まされる。忙しい一年が終わろうとしている。連載に明け暮れた一年であった。来年3月の頭くらいで終わる予定だ。

 

◇NHKが17日の夜から驚くべきニュースを報じた。UFOである。ニューヨークタイムズの記事を伝えるものだが、NHKがUFOをまともに報じるのは異例である。それによれば、米戦闘機のパイロットが「何だこれは」と驚きの叫びを上げ、黒い物体を映す。米政府は数年前から20億円以上もの金を投下して調査しているのだ。今までのUFO騒ぎと違った何かがあるなと思わせる。私は昔UFO少年だった。この広い宇宙に知的生命体が存在することは今や間違いないと思われる。地球人が巨費を投じて捜しているのだから彼らも同様だろう。彼らの科学が遥かに先を行っているとすれば、地球に来てもおかしくない。しかし何故、私たちと接触しないのか。車いすの天才物理学者は宇宙人と接触するのは危険だと反対した。異文明との遭遇はコロンブスの新大陸発見が新大陸に悲劇をもたらせたことを思わせる。ともかく今回のUFO騒ぎは宇宙時代に突入したことを突きつける出来事の始まりなのか。来年は宇宙に関する新しい事実が次々と発見されるに違いない。もし高度な知的生命が地球を訪れるとすれば、北朝鮮を巡る核戦争の動きを興味深く注目しているに違いない。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月18日 (月)

人生意気に感ず「韓国から対馬に日本人を。日本が攻撃される。トランプの正体」

 

 

◇今年も残り少なくなったが最大の課題は北朝鮮問題である。予測困難な政治家金正恩とトランプの間に立って日本は有事を予測して現実の対応を考えねばならない。韓国には約5万7千人の邦人がいる。戦端が開かれた時、これらの日本人を救出させねばならない。

 

 政府は自衛隊の大型ヘリを投入する計画だと報じられている。釜山から対馬に運ぶ。対馬が風雲急な状況になるのは蒙古襲来以来だ。自衛隊は1機で50人を運べるヘリを50機投入する。釜山・対馬間は約50キロである。

 

◇北朝鮮との間で戦端が開かれた場合、邦人の輸送問題以上に緊急の事態が発生する。その中で最も心配なのは日本がミサイルで攻撃されることだ。大都市、原発などが狙われた場合にどう対応するのか。今、私たちは喉元に刃を突きつけられた状態にいる。ぐいと一押しされれば刃は食い込む。いかなる平和主義者といえどこれを甘受するわけにはいかない。身を守る戦いは待ったなしの現実なのだ。

 

 次に懸念されるのは北朝鮮からの難民が日本海を埋めつくして押し寄せる事態である。今でも北の漁船が違法操業のために押し寄せているがこの比ではないだろう。追い詰められた貧しい北の国民は荒れる日本海など恐れない。日本の海岸線は限りなく長い。守り切れるものではない。この難民に紛れて武装工作員が多く侵入するだろう。政府は対応を国民に示す責任がある。政治の役割と使命が問われる時に来ている。無能な政治家たちはどれ程に危機感を持っているのか。

 

◇トランプが分からない。馬鹿で最低な大統領だという声が強いが、他方で計算ずくでしたたかな大統領という声がある。どちらの要素もあるに違いない。

 

 エルサレムをイスラエルの首都と認定したことで中東に大混乱を起こしている。これに対し世界規模の反発が強まっている。イスラム原理主義の勢力とイスラエルとの紛争が激化した。せっかく壊滅したかに見えたイスラム国(IS)が息を吹き返しかねない。世界にテロを呼びかける口実を与えている。

 

 トランプは世界にまた新たな火種を作り出した。これは何を意味するか。世界に呼びかけ一致協力して北朝鮮に当たることが困難になったということだ。金正恩の高笑いが聞こえるようだ。アメリカの混乱は北朝鮮ばかりでなく中国やロシアを利している。その中で世界戦争の危機が高まっている。(読者に感謝)

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月17日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第24話

 

ハバロフスクの収容所に長くいた塩原さんは。ハバロフスクの収容所から強制労働の現場へ駆り立てられる道中の出来事を、以前次のように語ったことがある。

 

「珍しそうに私たちを見ている子どもたちがいると、私たちは皆、食べ物を下さい、と手を伸ばすのです。すると面白がって鳩に豆をやるように子どもたちはわずかな食べ物を投げるのです。私たちは、争ってそれを拾いました。まさに、餓鬼ですよ」

 

食べ物をねだるにも、ロシア語を使うと効果が大きく違うことに気づき、塩原さんはロシア語を必死で勉強したという。塩原さんの頭には、死線をさまよった時の様々な光景が甦っているのであろう。

 

「ロシアの人々は、昔の強制抑留のことを知っているのですか」

 

私は、傍らに立つドミトリーにたずねた。

 

「多くの人が知らないと思います。特に、若い人はほとんど知らないでしょう」

 

楠本総領事は、この点について多くを語らなかったが、ドミトリーの答えるところが、恐らく真実なのだろうと思った。21世紀が急速に進む中に、20世紀の強制抑留という出来事が遠い彼方に消え去ろうとしているのだ。

 

日ロの新しい関係がこれから進む中で、何とか、日本人の苦闘の跡が形として残る工夫ができないものかと思う。

 

私は、第21収容所の跡地に立って、ハバロフスク事件のことを思い浮かべていた。それは、奴隷のように従順で何でも命令されるままになっていると、軽蔑の対象にさえなっていた日本人抑留者が、最後に日本人としての意地を示した出来事であり、また、ソ連の権力に対して命がけで抵抗した事件のことである。最近、ロシアの学者が新しい資料に基づいて、「シベリアのサムライたち」という論文を発表したのは、この事件に関することである。後に項を改めて紹介するつもりである。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月16日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第23話

 

一枚一枚は、収容所の生活を巧みな筆致で描いたもので。細かな説明文が描き込まれている。画集には目次がつけられ、「作成理由」と題するものから始まり、最後は「決意表明」で終わる。収容所生活が素晴らしかったことを絵で説明し、スターリン大元帥への感謝とソ同盟に対する忠誠を誓うもので、「感謝文」の絵画版である。

 

 私が、感謝文の説明を受けている間、後ろでドミトリーたちがカチャカチャと写真に収めていたが、館側は黙認してくれているようであった。作業がかなり進んだところで、ストップがかけられ、お互いににこりと笑顔が交わされた。これがグラスノチ(情報公開)の実態なのだなと思った。かつてのソ連では考えられないことなのであろう。館の中は極めて友好的で、恐いソ連の官憲というイメージはまったくなかった。これらのこともロシアの変化の現われとして紹介しようと思いながら、ハバロフスク国立古文書館を後にした。(スターリン大元帥への感謝文は、項を改めて紹介する。)

 

 

 

六、収容所跡、抑留者がつくった建造物を見る

 

 

 

 7月21日の午後はパタポア女史、ドミトリーの案内で、ハバロフスク市内の多くの場所を回った。

 

 主な調査先は、第16収容所本部跡、第21収容所跡、第45特別収容所跡(現診療所)、元共産党大学(現極東公務員アカデミー)、プラチナアリーナ、TV塔下の建物、ジアモ公園の正門、ライオン像、日本人建設の住宅群、平和慰霊公苑、コンサートホール、アムールホテル等々である。

 

 第16、第21収容所跡地等は草が茂り、建物はなく、ここに収容所がありました、という説明を受けた。現在は何の変哲もない荒地であるが、かつては多くの日本人抑留者がここから強制労働に追い立てられていったのであろう。零下30度、40度という酷寒の下で、ろくな食べ物もなく、栄養失調でバタバタと倒れた人々のことを想像すると胸が痛む。20世紀の「奴隷」が、半世紀前ここに現実に存在したのだ。そう思いながら振り返ると塩原さんと青柳さんは、かつての自分たちの姿を思い出しているのか、夏草のあたりをじっと見詰めて立ち尽くしていた。

 

 

 

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載いたします。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月15日 (金)

人生意気に感ず「原発と破局的噴火。サイクス・ピコとテロ。心の長寿こそ」

 

◇原発運転の差し止めが命じられた。愛媛県の伊方原発。阿蘇山の破局的噴火の危険性を理由としたもの。東日本大震災の影響は途方もなく巨大であると改めて思う。一つは原発被害。7年近くなるのに未だ終息しない。もう一つはこの巨大地震を機に列島全体の火山が活動を活発化させたらしいことだ。鳴りを潜めていた各地のマグマが目を覚まし始めた。九州全体が動き出した感がする。熊本大地震がそうだし、絶えず噴煙を吹き上げている桜島は更なる大爆発が迫っていると言われる。そんな中で阿蘇のカルデラの下が無気味である。今回の広島高裁の運転差し止め命令は、この「不気味」に応えたものだ。

 

カルデラ火山の破局的噴火は1万年に1回程度と言われる。9万年前の破局的噴火では日本列島のほぼ全体が吹き上げられた砂で覆われた。今回の広島高裁の決定には十分な理由があると思われる。およそ230年前の天明の浅間山の大噴火は「私たち」の巨大災害である。災害は忘れた頃にやってくる。しかも、必ずやってくる。東日本大震災も遠ざかろうとしているが、今改めて見詰める時である。伊方原発の差し止めはその警鐘である。

 

◇中東各国が直線の国境で出来ていることに、私は子どもの頃不思議な思いを抱いた。第一次大戦中、英のサイクスと仏のピコ、この2人の政治家が密約によって国境線を決めたことが現在の国境線に繋がっている。この世界の人々にとって国境線は欧米列強に押し付けられたもの、植民地の象徴、異教徒支配の遺産等と映るのは当然だ。

 

 この列強の勢力圏分割の歴史が現在の過激派の若者を誘う手段になっている。国際テロの時代に於けるテロの根深さを改めて考えさせる。「欧米が引いた国境を消せ」、これはイスラム国(IS)が若者をテロに誘う常套句だった。全世界に広がるイスラム教徒の中には、今日でもこの定規で引いたような国境線を帝国主義の象徴と見る若者が増えていると言われる。トランプ大統領の出現は西欧の威信と信用を低下させる材料になっているに違いない。

 

◇平均寿命の状況が報じられた。群馬の男性が初めて80を超えた。信長は人間50年と謳ったが現代でも戦争の時代は長く生きられなかった。人生100年の時代が近づく。意味があるのは健康寿命。歳と共に心が枯れていく。心の寿命こそ大切。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月14日 (木)

小説「死の川を越えて」 第34話

 

 女医は笑顔でさやを迎えた。背後の子どもを抱いた白いマリア像が目についた。正助さんも、ここであのマリア像を見たのかしら。さやは、その小さな赤子の姿が気になった。

 

「生まれはどちら。差支えなければ」

 

 ハンセンの患者は出生地を隠すのが常であったのだ。

 

「福島です」

 

「まあ、私は郡山です」

 

「え、では隣り村です」

 

さやは驚いた。懐かしい故郷の山河が浮かび女医に親しみを感じた。岡本トヨも、嬉しそうな笑みを浮かべている。さやは、話すべきか迷っていたが、女医が同郷の人と知り、気持ちが軽くなって、お腹の子のこと、そして現在の悩みを話した。

 

女医は大変驚いた表情をしたが感情を抑えるようにして言った。

 

「正助さんはお腹の子のことは知らないのですね。あなたもさぞ辛かったことでしょう」

 

さやは黙って下を向いた。

 

「正助さんが前にここへ見えた時、この病は遺伝病でないこと、感染する力が弱いことを話しましたが、正助さんは、この話をお腹の子の運命と結びつけて聞くことはなかったことになります。感染力が弱いということは、草津の人が知っていたことではないかしら。共同浴場で皆一緒に入っていたことがそれを示すでしょう。しかし、世の中には多くの患者がいます。生まれてくる子が感染しないとは限りません。私は医師として悩んでいるのです。恐いのは、世の偏見と差別です。そういう中で、子を産むことを覚悟せねばなりません」

 

さやは女医の口元を見詰め、何を言おうとしているのかを知ろうとして真剣に耳を傾けた。

 

「偏見とは間違った考えのことですか」

 

「そうです。無知や誤解が偏見を生むのです」

 

 さやは、この時大きく頷いて息を呑む仕草をした。

 

「・・・」

 

 女医は、さやを目で促した。さやはぽつりぽつりと話しだした。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月13日 (水)

人生意気に感ず「ノーベル平和賞とノーベル文学賞と平和。日馬富士の処分」

 

◇ノーベル平和賞に注目が集まっている。非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーンに記念メダルが贈られた。この組織は広島、長崎の被爆者らと連携して核兵器禁止条約の採択に尽力した。

 

 サーロー節子さんが被爆者として初めて受賞式で演説した。この人は13歳で広島で被爆した。カナダ人と結婚したこの人は英語での被爆証言を続け、核兵器被害の悲惨さを世界に訴えてきた。

 

 サーローさんは、核兵器は必要悪ではなく絶対悪だ、核兵器禁止条約を核兵器の終わりの始まりにしようと訴えた。広島、長崎という惨禍をもつ唯一の被爆国日本の役割は極めて重要かつ困難である。核廃絶を訴えると同時に身近な核の脅威から国民を守らねばならないからだ。

 

◇長崎出身の英国人作家カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を授与された。長崎生まれということで、平和への思いがバックボーンの一つになっていると思われる。最初の長編小説「遠い山なみの光」は原爆投下からの復興を遂げる長崎が舞台である。

 

 イシグロさんは式典後のスピーチで、母親からノーベル賞は「ヘイワを促す賞」と教わったことを語った。また、取材に応じて「素晴らしい栄誉だ。日本の人々、特に私にとってかけがえのない思い出がある長崎の人々と賞を分かち合いたい」と喜びを語った。いずれもノーベル賞の理念を考えさせられる言葉である。日本出身の作家の受賞は川端康成、大江健三郎に次ぐ三人目。日本人として誇らしく思う。

 

◇11日、日馬富士は書類送検された。鳥取県警は「厳重処分」の意見を付けたと言われる。これは起訴を求めることを意味するらしい。

 

 実際にどういう処分になるか気になるが、報道によれば略式起訴による罰金刑になりそうだ。罰金刑も有罪には違いない。これを軽いとみるか重いと見るか様々な判断が可能だ。

 

 とにかく、連日朝から晩までこのニュースだった。日馬富士は横綱を引退したことで社会的制裁を受けたことが上げられている。被害者貴ノ岩の処罰感情、これから進むと思われる示談の行方なども最終の処分に影響を与えるらしい。背景には相撲界のドロドロした事情があるに違いない。最も古い伝統文化は国技としての品格を守りつつ脱皮することができるか。モンゴル勢が余りに強いことも日本の相撲文化に影響を与えている。角界の責任は重い。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月12日 (火)

小説「死の川を越えて」 第33話

 

徴兵検査合格には正助を担当したある医官の思惑も働いたに違いないと言われた。この医官は、ハンセン病の患者はハンセン病で死ぬならお国の為に死ねという考えをもっていたので、積極的に合格させたというのだ。しかし、正助にとって合格は大きな生きる励ましであった。更に天皇陛下から召集令状をもらうとは、差別と偏見の暗雲を吹き飛ばすような出来事であった。草津を発つ前夜、さやは正助の胸で激しく泣いた。

 

「正さん、必ず、必ず生きて帰ってね」

 

「さやちゃん、お国のために命を捧げられることを喜ばなければならない。さやちゃんのことは生きる支えだ。どんな世界が待っているのか俺には分からないが、力いっぱい戦うんだ。勝って帰ることを祈っておくれ」

 

 

 

七、小さな命

 

 

 

 正助は草津を去って行った。取り残されたさやは、言い知れぬ孤独と不安に襲われ、正助の後を追いたい気持ちに駆られた。正助が草津を立ってしばらくした時、さやは体の異変に気付いた。それが小さな命だと知った時、さやの衝撃は大きかった。それは大きな喜びであると同時に新たな不安と悩みの始まりだった。小さな命が愛おしい。この小さな命は正助との絆の証。神様が与えて下さった何よりも大切なもの。しかし、そう考える胸のうちに、暗雲のように湧いてくるものがある。生まれてくる子が恐ろしい病を継いでいたら。正助によれば聖ルカ病院の女医さんは遺伝しないと言ったというが本当だろうか。信じ難いが信じたい思いが湧いてくる。

 

 正助が知ったら何というだろうか。一番聞きたい正助はいない。さやは大いに悩んだ。聖ルカ病院の岡本トヨのことは正助から聞いていた。女医に相談したいが、よく分からない異国の神の言葉を語られたらどうしよう。しかし、誰かに相談したい。迷った末に岡本女医に聞くより外はないと決心した。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月11日 (月)

人生意気に感ず「エルサレムをめぐる世界の波紋。トランプの暴挙。障害者差別理解の条例は」

 

◇トランプのやることは全く分からない。エルサレムをイスラエルの首都と認定したことだ。イスラエルは北朝鮮以上に根の深い地球規模の火薬庫だ。2千年も前の神の約束だということで強引に国を建てた。その地域に長く続いた秩序は破壊された。追い出された住民は難民となり、果てしない宗教戦争の原因となった。

 

 エルサレムにはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教という3つの聖地が存在する。トランプの「認定」は超大国が紛争の一方を支持することに外ならない。誰が見てもイスラエルを一方的に支持する「不公平」な態度である。世界中がアメリカに反発を始めた。

 

 ほとんどの問題でアメリカに同調するイギリスも反対し、アラブ世界最大の同盟国サウジも重大な懸念を表明している。イスラム諸国での反米感情が高まるのは必至である。過激派のイスラム国(IS)がほぼ壊滅したといわれるが新たなテロのメンバーを募り聖戦を呼びかける格好のチャンスとなる。

 

◇オリンピックが近づく日本にとって最大の課題はテロ対策である。テロ分子にとって日本は無防備で狙い易い国である。世界の人々が集まるオリンピックは絶好の機会に違いない。国はオリンピックのテロ対策として空前の計画を進めようとしているが、トランプの今回の決定により新たに大きな課題を抱えることになった。超大国アメリカに反発する世界の若者に聖戦(ジハード)の大義を呼びかけるテロ組織の声が聞こえるようだ。

 

◇アメリカが世界の指導力を失いつつある。アメリカは単に力だけでなく民主主義という普遍的価値を掲げて世界をリードした国だけにその力の衰退は深刻である。世界の世論をまとめて北朝鮮や国際テロに立ち向かうことが難しくなる。金正恩がICBMに成功して高笑いする姿が目に浮かぶようだ。このことが直ちに日本の安全保障にも関わることになるのだから困ったものだ。

 

◇県は障害者差別の解消を確実にするために条例を制定することになった。傷害を理由とした差別や偏見はなくならない。県は検討会議を立ち上げて条例の内容を議論することになる。重要な視点は基本的人権の尊重である。障害者を人間として理解し支える社会環境を作らねばならない。現在の社会で欠けている点は福祉を支える人権への理解だ。教育の役割は起きい。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月10日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第22話

 

「ソヴィート諸民族の偉大なる指導者、

 

 全世界勤労者の師父にして日本人民の最良の友、

 

 スターリン大元帥」

 

となっている。

 

 コピーしたものを細い紐でとじ、その紐の上に証明書が貼られ、その上から丸い公印が押され、更にその上にロシア語で署名がなされている。

 

 また、別に一通の許可証がついていた。それには次のように記されていた。

 

 

 

 古文書(複写)のロシア連邦からの持ち出しに関する許可証

 

 日本人の中村紀雄氏にハバロフスク地方国立古文書館の文書の複写を交付した。それは、国立文書館の学術図書館の刊行物から複写したものであり、日本人の捕虜からスターリン大元帥に宛てた感謝の手紙、1949年の日本新聞の1ページから34ページである。

 

 公布理由、原本はハバロフスク地方国立文書館に保管されている。文書は秘密のものではなく、ロシア人や外国人の研究者のために公開されているものである。複写の持ち出しは、ロシアの利益に損害を与えるものではない。

 

 館長 H・φ・エドフスキーモヴァ

 

                     (原本はロシア語)

 

 実は館長が用意した資料の中にもうひとつ興味あるものがあった。それは、「感謝アルバム」と題した61枚から成る画集である。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 9日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第21話

 

 

34頁に及ぶこの小冊子は、隠して持ち帰るには大変なものであるし、実は危険を冒して抑留者が持ち帰る性質のものではない。なぜなら、自分たちを奴隷のように苦しめたスターリンに、考え得る最大限の賛辞と感謝を表明し、ソ同盟への忠誠を誓ったこのような文章を抑留中に作ったことを恐らくすべての日本人は恥ずかしいと思ったに違いないからである。

 

 私は、自分の研究テーマにとって重要なこの書類を、ぜひ持ち帰りたいと思った。そこで、さりげなく聞いてみた。

 

「これは昔、日本人がロシアの皆さんに大変お世話になったことが書かれている大切な書類です。私はこれからの日ロの友好、発展のために役立てたいのでコピーを頂きたいのですが」

 

 ドミトリーが丁寧に通訳する。バタポア女史もそばでお願いしますという素振りを笑顔で示してくれた。

 

 女性部長は、広報部長のサレーエフさんとちょっと相談している風であったが、にっこりして言った。

 

「私の独断ではできません。上の方に相談してみます。許可が出たら連絡します」

 

 ドミトリーとバタポアさんが同時に私を見た。その視線は、よかったね、大丈夫ですよと言っているようであった。

 

 翌日、ドミトリーが連絡して、首尾よく許可されたことが分かり、コピーを手に入れることができた。

 

 エフドキーモヴァ館長はコピーの冊子を差し出しながらこう言った。

 

「日本の方にこれを渡すのは初めてですよ」

 

 私は、ワクワクする気持ちを抑えて書類を受け取った。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 8日 (金)

人生意気に感ず「ロシアのドーピング。出場禁止は当然。白鷗の角界の闇」

 

◇ロシアとはそういう国なのだと思った。国主導による組織的ドーピング問題があったとされて来年2月の平昌五輪への出場が出来なくなった。秘密情報機関の関与も報じられ、そこまでやるのかと驚くばかりだ。国威発揚が目的なのだろうが国家目的のためには手段を選ばない恐ろしい国だということを改めて見せつけられた感じだ。ソルジェニツインの「収容所群島」を思い出す。ソルジェニツインは同書の中で、この国は国民がまちを歩いていて、ふいっとどこかの壁に吸い込まれて消え、収容所送りになる、そんなことが日常茶飯事だと書いている。裁判を受ける権利、人権などは全くないのかと思った。

 

 オリンピックはフランスの教育学者クーベルタンの提案で始まった。その目的はスポーツの基調となる身体的、道徳的資質の向上、そして平和な世界の建設であるから、公平さやフェアプレイが最も求められる。それが勝つことが最大の目的となっている感がある。ロシアの出場が禁止されるのは当然のことだ。

 

 東京五輪が近づくが、今オリンピックの原点にかえることが強く求められている。オリンピックの勝利至上主義がスポーツの本来の姿を歪めている。スポーツは誰もが楽しめるものでなければならないのに、この勝利主義の影響から学校でスポーツ嫌いを生んでいるといわれる。部活の体罰にもつながっていることを否定できない。

 

◇白鵬が横綱の品格とは「勝つことだ」という趣旨のことを言っている。おかしいのではないか。勝つにも勝ち方があるし、勝つことを支える人格的なものが重要である。モンゴル全盛で享楽の世相がそれに喝采を送っている。この享楽の世相の中で、国技という伝統文化を維持するのは容易ではない。日馬富士の傷害事件はこういう状況で起き、その根は深い。相撲協会全体の品格が問われている。相撲は神話の世界まで遡るものだから相撲協会はいわば極めて古い器である。この器に新しい水を入れなければ生き残れない。貴乃花親方を目の敵にして「懲らしめねば」などと理事が言っているらしいが因襲の闇を感じざるを得ない。貴乃花は現役の時からガチンコで知られる。かつて相撲界は八百長問題で揺れに揺れた。それも因襲の闇に繋がっているらしい。今回の問題もそれに関連があると文春と新潮の2週刊誌が同時に特集を出した。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 7日 (木)

小説「死の川を越えて」 第32話

 

「そんな、私は嫌」

 

「何だいさやちゃん。泣くなよ。俺まで弱気になるじゃないか」

 

「ええ、分かっているの。でも、でも」

 

さやは激しく首を振って正助の膝に顔を埋めた。

 

「俺たちは、普通の人と違って大変な問題を抱えている。先日話したバルナバ病院の女の先生の言葉を信じようじゃないか。先生が言うには、人間の体には病気と闘う力があるそうだ。その力を強めるのは心の持ち方だと言うんだ。明るい気持ちで病気と闘うことが大切なんだって。だからさやちゃん。絶望しないで頑張ろうじゃないか」

 

さやは顔を上げて頷いた。2人はしっかりと抱き合った。更けていく夜の闇の中で湯川の流れが響いていた。

 

 

 

 2人は翌日、万場軍兵衛を訪ねた。

 

「ほう、お前のところにとうとう来たか」

 

老人はそう言って、2人の顔をじっと見つめた。

 

「おめでとうとは言わぬ。困ったことだともわしは言わぬぞ。若い2人は十分に話し合ったことだろう。わしの出来ることは、側面からお前らの運命を助けることじゃ。正助よ、さやさんのことは心配するな。こずえに、助けになるようよく話す。バルナバのリー女史にも話してやろう」

 

老人はそう言って、傍らの書類の山から何やら取り出して目を走らせている。

 

「世の中、これからどうなるのでしょうか」

 

正助の声は不安そうである。

 

「誰にも分からん。だがな、わしは、日本が中国を侮って、敵にしようとしていることが心配じゃ。日清戦争、日露戦争に勝って、日本は神の国になった。神の国は正義の国でなければならぬ。ところがどうじゃ。この世界戦争に乗じて中国に二十一カ条の要求を突きつけた。中国人の誇りを踏みにじる侵略だと叫んで、中国の若者が立ち上がっている。わしは、正助がこのような流れに巻き込まれていくことが心配なのじゃ。だが正助よ。先のことを心配しても始まらぬ。勇気をもって運命に立ち向かうのだ。さやさん、泣いてはいかん。さやさんの明るい笑顔だけが正助の助けに違いない」

 

「はい、私はもう泣きません」

 

さやはきっぱりと言った。正助の顔も吹っ切れたように明るかった。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 6日 (水)

人生意気に感ず「技術立国の信頼。ICBMの下で窃盗」

 

◇技術の国日本の信頼を覆す事件が連続していることが信じられない。自動車業界の品質検査の不正が相次いだが、素材業界でも品質をめぐる不正が相次いで発覚。遂に経団会長は経団連加盟企業に製品の品質確認を求めることになった。

 

 品質不正の影響は産業界に大きく広がっている。神戸製鋼所の不正は原発問題に及んでいる。神戸製鋼所が不正をした製品が原発に使われているため再稼働を延期することになった。

 

 世界の信頼を集めていたはずの日本企業に何が起きていて、その原因は何なのか知りたい。日本は科学の基礎理論に関しノーベル賞を多く受賞していることも技術立国日本の信頼を高めていた。おごりがあったのではないか。良い状態が長く続くと習慣が出来て、それに流されてしまう。大企業ほど大きな流れが出来て細部が分からなくなる。原点に立ち返って欲しい。堅実で素晴らしい中小企業が日本には多く存在することが救いである。

 

◇今、人類は宇宙時代に突入している。この中で日本が本格的に宇宙産業に参入する方向である。月面に日本人が立つ日が遠くないと思われる。宇宙の問題こそ、最先端の技術が問われる。絶対に一分のミスもごまかしも許されない世界である。そういう意味で宇宙進出は絶対の信頼が支える世界である。

 

 科学はもろ刃の剣に成り得る。一方で戦争の超兵器を生み出し、他方で人類の未来と夢を拓こうとしている。北朝鮮はICBMを開発し金正恩の高笑いが聞こえるようだが、この国には宇宙への夢など国民の間にもないのだろう。哀れな国、気の毒な国民である。

 

◇冬の荒れる日本海で北朝鮮の漁師の遭難が相次いでいる。食糧不足を漁で補おうとしていると言われる。小型漁船で日本の無人島に上陸して、日本の漁業の小屋から家電製品を盗み出していたことが報じられている。ICBMを宇宙目指して打ち上げ、その足下の日本海でみじめな空巣狙いとは何とも情けない。このアンバランスこそ、北朝鮮の実態を雄弁に物語る。今、一触即発の危機に臨んで、米韓230機の空軍機が演習を実施した。空を覆う空前の圧力を北の国民はどう受け止めているのか。平和で豊かな国民はその変化を恐れるがギリギリの最低辺で暮らす人々は戦争を恐れないのかも知れない。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 4日 (月)

人生意気に感ず「退位と象徴性と憲法。相撲界の脱皮」

 

◇2019年4月30日が退位の日と決まった。私は昭和、平成と生き、第三の御世を迎える。新天皇の即位は翌5月1日に。ゴールデンウィークは新元号で湧くだろう。

 

 退位、つまり生前に位を譲るのは江戸時代の光格天皇以来。大変な時代で浅間の大爆発、天明の大飢饉があり、天皇は人民救済のため幕府を動かす異例行為に出た。

 

 退位すると現天皇は「上皇」に、皇后は「上皇后」になる。上皇が置かれるため上皇も「象徴」の役割を果たすのかが一部で議論されているようだがそれは憲法上有り得ない。事実上の問題のことだが難しい点もあるだろう。

 

◇私たちはこの際、憲法と天皇を学ぶべきだ。天皇は象徴であり、その地位は日本国民の総意に基づく(1条)、天皇は憲法が定める国事行為のみを行い国政に関する権能を有しない(4条)。

 

 平成天皇はミッチ―の美智子さんと共に国民に親しまれてきた。平和を愛する天皇であった。即位後の記者会見では「国民と共に憲法を守ることに努めたい」と述べた。歴代天皇で初めて沖縄を訪問された。また、記者会見で日本にとって重要な日を4つあげ、それは終戦記念日、広島と長崎の原爆投下の日、沖縄戦が終結した日を挙げたことからも強い平和への思いが窺われる。次の天皇に就かれる現皇太子からも同じような雰囲気が伝わってくる。

 

◇現在、日本は国難の時にある。その中で平和を守らねばならない。憲法改正が重要な課題となっているが、平和主義、象徴天皇制は堅持しなければならない。

 

 日本の危機を示すものとして日本人の心の問題がある。物質的に豊かになったのと逆に精神は貧しくなった。刹那的、享楽的となり、拠り所を失って漂流している感がある。憲法が「天皇は日本国民統合の象徴」と定める意味は重要だ。国民統合の柱は平和と文化である。

 

◇日馬富士問題は図らずも国技である相撲という伝統文化を巡って大揺れである。貴の岩に礼節を欠く行為があったのかどうかは分からない。仮にあったとしても「教育」として十数発もなぐり傷害を負わせる理由にはなり得ない。天皇は眉をひそめているだろう。貴の花の頑固な姿勢に私は武士道に通じるものを感じる。相撲界は因襲にひたっている。自浄して脱皮しなければ神代からの伝統文化を守れない。(読者に感謝)

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 3日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第20話

 

 

 

 ハバロフスク国立古文書館は、外見は普通のビルの一画という感じであるが、中は警備が厳重で、重要書類を政府が守っているという印象をうける。館長はエフドキーモヴァさんという中年の女性であった。女性の広報部長サレーエフさんが同席して迎えてくれた。二人の女性は大変好意的であったが、それはパタポア女史のお陰であった。女史は、ハバロフスクでは名士であり、特に日本との関係で知られているが、ここでは女性同士ということで、一層良い雰囲気をつくりだしていた。このことが、ここでの良い収穫に結びつくことになったことは否定できない。私は用意したプレゼントを女性館長に渡した。一つは絹製のテーブルセンターで、平安時代の宮廷の貴族の様を鮮やかに刺繍したもの。他は私の著書二冊である。館長はテーブルセンターが気に入ったようであった。

 

 私はここで、私の研究テーマに関する貴重な資料を入手したのである。

 

 女性館長は、古文書館のことを簡単に説明した。

 

「当館には、70万以上の書類があります。しかし、当館の宝物は書類ではなくスタッフです」

 

 女性館長はそう言って誇らしげに職員の方を振り返って笑った。

 

「日本人抑留者の資料は、政府からもらっていないのですが、これだけがあります」

 

 館長はそう言っていくつかの資料を私の前に出した。

 

 私は、一冊の薄い冊子を見て驚いた。その表紙には日本語で、「スターリン大元帥へ送る感謝文」とある。

 

 感謝は、その冊子を取り上げて言った。

 

「このスターリン宛の手紙は、百冊しか発行していません」

 

 私はこの文章のことをある文献を読んで知っていた。それには、「日本人としてこれを持ち帰った者は誰もいないので、内容の正確なことは分からない」とされていた。当時、抑留者が帰国を許されたとき、文書や資料¥の持ち出しは厳禁され、厳しくチェックされた。特に、ナホトカで乗船するときは、厳重な身体検査を受けた。見つかると帰国を取り消されたり、再びシベリア奥地へ戻されたりといった大変なことになったという。それでも、戦友の遺言を細かく分けて下着に縫い込んだり、亡くなった友の住所や伝言をメモした紙を糸巻きの芯にしたり、必死の思いで大切な書類を持ち出した手記が残されている。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 2日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第19話

 

「60万人の日本人を抑留して酷いところで労働させたということは紛れもない国際法違反です。そして、いろいろ大変なことがありましたが、それをもう一度じっくり考えてみることも必要ではないでしょうか。

 

 例えば、収容所において、衣料や食料が極端に不足していましが、それもナチスとの戦いの後で、ロシア全体がすっかり疲弊し、物資が極端に不足していたという事情がありました。また、強制抑留を指令したスターリンが死んで、ソ連の体制が大きく変化を始め、遂にソ連が崩壊し、今日違う方向へ歩み出していることは、大きな観点からみれば、ロシア国民が強制抑留を生んだ体制を反省している証拠と考えることができるかもしれません。

 

 今回、ハバロフスクに来てみて、ロシアの人々は、みなよい人々だという印象を受けました。もちろん私が会ったのは、ごく一部のロシア人に過ぎまんが、ロシア人の全体像が分かる気がします。

 

 かつてのソ連ですが、その政治体制は冷厳なものであっても、個々のロシア人は、今と同様良い人たちであったと思います。日ロの明るい未来を見つめる方向の中で、シベリアの強制抑留を考える必要性というものを、私は今回のハバロフスクの訪問で強く感じております」

 

 楠木総領事は大きく頷いていた。

 

 

 

5 古文書館で「スターリン大元帥への感謝文」

 

 

 

 日本総領事館を出て、ハバロフスク国立古文書館を訪ねた。私は、外務省を通してあらかじめ次のような依頼書を提出していた。

 

 

 

 最近アレクセイ・キリチェンコ(ロシア科学アカデミー東洋学研究所国際学術交流部長)の「シベリアの侍たち」という論文を読みました。それは、グラスノスチ(情報公開)の中で、知り得た資料に基づいたものです。このように、シベリア抑留の新事実がロシア側から公開されつつあることは大変意義のあることです。ハバロフスクの古文書館で入手できる新事実があれば是非お願いしたいと存じます。21世紀の日ロの良い関係を築くために使用したいと考えています。

 

 

 

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 1日 (金)

人生意気に感ず「米まで届くICBM。第三次大戦は。日馬富士の会見。梅毒の蔓延」

 

◇大変なことになったと思った。巨大なロケットが赤い火炎を吐いて暗い夜空に突き進んでいった。北朝鮮のICBM大陸間弾道ミサイルである。高度4,400キロ超に達した「火星15」は青森県西方わずか250キロの日本の排他的経済水域に落下した。その地点にたまたま船舶がいなかったということで、日本人が危険に曝され、日本が攻撃を受けたことは間違いない。金正恩が側近と抱き合って喜ぶ姿が報じられた。傍若無人とは正にこのこと。日本は何も出来ないのだ。

 

 4,400キロを超える高度を水平に伸ばせばワシントンやニューヨークも射程内に入るという。アメリカにとっての最大の脅威が現実化した。トランプ大統領の「小さなロケットマン」、「病める子犬」というつぶやきが、今度ばかりはロケットの噴煙に吹き飛ばされた感じだ。

 

 注目すべきは、トランプのつぶやきではなくアメリカの普通の世論と冷静な指導者たちの対応ぶりである。戦争をすべきだという声がこれらの中で高まっているらしい。これに呼応するように日本国内の米軍基地の動きも急である。戦略爆撃機を北朝鮮に近い岩国基地に移していると報じられた。歴史を振り返れば大きな戦争も予想外の事態から発展した例が多い。「戦争にならない」とたかをくくっている人は多いが、第三次世界戦争の足音は近づいている。

 

◇日馬富士の会見をみた。市民の反応は色々だが、「惜しいが、殴って傷害を与えたらおしまいだ」、これが正解だろう。日馬富士の言葉には「衣の下の鎧」の感が見られた。相撲の世界には、「穏便に」「まるく納める」ことが「礼節」と捉えているふしがある。因襲に支配された世界なのだ。脱皮しなければ国技を守り伝統文化を育てることはできない。日馬富士の母国モンゴルでも複雑な反応があるらしい。日本は先進文化国なのだ。人間尊重の文化国家の中で神話の時代から続く伝統文化が生き残り、発展するために何が必要か。これが日馬富士問題の本質である。

 

◇若者の梅毒感染がこのところ急増しているという。本県でも日本全体でも。かつてエイズでパニックになったことがあった。いずれも性道徳の乱れである。かつてコロンブスの新大陸発見により瞬く間に日本に伝わった。一時の刹那的快楽が一生を無にする。教育の場で強調すべきだ。(読者に感謝)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »