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2017年10月10日 (火)

小説「死の川を越えて」  第17話

 

「イギリスの上流階級の婦人と分かった。名前は、ええ、舌を噛むような、何と申したか」

 

「コンウォール・リー様ですわ」

 

「そうそう、リーと呼んでくれと申しておった。この人はキリスト教徒でな。ハンセンの患者の悲惨さを見てその救済事業に一身を捧げる決意を固めたという。神への無償の奉仕とはのう。神も仏もあるものかと思っている人々には信じ難いことだ」

 

 万場軍兵衛がここまで話すと、3人の若者はしきりに頷いた。そればかりでない。こずえまでがひざに手を置き、小首をかしげるように聞き入っている。老人はこの姿を見て、我が意を得たりという思いに駆られて話を続けた。

 

「りーさんに、初めて日本に来たのはいつかと尋ねたら、明治41年ということだ。そこでわしは、はっと思ったことがある。明治41年といえば、日露戦争が終って間もないころ。日露戦の勝利を支えたのは日英同盟じゃ。お前らよく聞くがよい。日英同盟はな、7つの海を支配するといわれる大国イギリスがアジアの果ての遅れた島国日本と対等に結んだ条約なのじゃ。この条約のことと、日露戦の勝利に有頂天になったら、日本は大きな過ちを犯すことになる。はっと思ったのはこれじゃ。日本の過ちは我らの運命に大きく関わる。わしは、このことに気づき、本気で心配しておる。日本が過信して、とんでもない冒険に出ることを恐れるのだ」

 

「だって、日本海海戦の見事な大勝利は日本の実力に間違いないし、世界の大国ロシアは負けを認めたではありませんか」

 

正助が色をなして言った。

 

「勝つには勝ったがな、内実はぎりぎりだった。日本の国力は限界であれ以上戦えないところに来ていた。国民は知らぬから戦勝国の取り分が少ないことに大いに怒ったが政府は苦しかったのだ」

 

「へぇー、知らなかった。初めて知った」

 

権太が驚いた声で言った。

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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