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2017年10月 1日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第77回

 

 疲憊の極にある将兵に、更に人として堪える限度を遥かに超えた困難を求め、十万の将兵は黙々とこれを遂行し力尽きて散っていった。これら将兵を動かしたものは、安達との間の「信」と「愛」である。十万の将兵は、純粋にこの「信」と「愛」に殉じた。だから、自分もこれら将兵に対する「信」と「愛」に殉ずるのだといっている。殉ずるとは、ある事のために命を投げ出すことである。

 

 司令官としての責任のとり方としては、生きて祖国の復興のために命をかけるという途もある。彼が自決した昭和22年9月といえば、その前年に日本国憲法が公布され、日本は復興に向けて、全く新しい道を逞しく歩み始めた頃である。恐らくニューギニアで俘虜として暮らす彼の耳にも新しい日本の情報が少しは伝わっていたと思われる。

 

しかし、安達は祖国の復興に命をかけるという途を選ばなかった。それは、亡くなった将兵の苦しみがいかに大きかったか、又、彼らとの心の絆がいかに強いものであったかを物語るものである。安達二十三の自決は、武士道を、身を犠牲にして貫いた一つの例ともいえよう。

 

私は、この年昭和22年4月、小学校に入学した。日本国憲法の下で教育も一変し、この年から民主主義の精神に基づく新しい教科書が編集された。

 

次の詩は、一年生となった私が最初に出会った国語の教科書の冒頭に出て来る一遍である。

 

おはなをかざる、

 

みんないいこ。

 

きれいなことば、

 

みんないいこ。

 

なかよしこよし、

 

みんないいこ。

 

 

 

今、改めて口ずさんでみると、ほのぼのとした明るい社会の息吹が感じられる。ノートも十分なものはなく石板を使った。貧しかったけれど、子どもたちは元気で逞しかった。大人は必至で働き家族の団結は堅く、地域社会の絆は強かった。日本再建のエネルギーが人々の中にも社会にも漲っていたのである。

 

振り返って考えてみれば、あのエネルギーを生み出したものは、日本人の心であった。そして、日本人の心には、戦地で亡くなった肉親や同胞の悲惨な姿があった。あの死を無駄にさせないために日本を再建させようという意思が人々を支え、社会を支えていた。安達二十三以下12万人の将兵の死はこのような意味で、新生日本の礎となったのである。

 

21世紀の日本は、さまざまな面で危機に直面しているが、最大の危機は日本人の心の問題である。悲惨なニューギニア戦の事実を歴史の彼方に葬ってはならない。安達二十三の死を含めて12万人の将兵の死を、身近な同胞の死として受け止めるとき、真の勇気と力が湧いてくる。戦後の瓦礫の中からの復興はそのようにして達成されてきた。物の豊かさを達成した今日、もう一度原点に戻って、現代日本の危機を乗り越えねばならない。かくして初めて犠牲となった英霊に報いることが出来るのではないか。(完)

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています

 

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