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2017年10月 9日 (月)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第3話

 

 私は、シベリア強制抑留について数多くの体験記を読み、人間は、極限の状況で、あそこまで耐えることができるのかと驚かされた。そして、抑留者は、年々、少なくなっているとはいえ、まだ多くの生存者がいることを考えると、人類が長い歴史の中で繰り返してきた、異民族に対する残酷な扱いが、私たちの生きている現代とつながるすぐそこにあったことが不思議に思えるのであった。そして同時に、いくら手記をよんで凄いと思っても、それだけでは本質を理解したことにはならないと思った。

 

 二十一世紀の現在、私たちは人類の歴史の中で、豊かさとか便利さという点では、一つの頂点に立っている。シベリアの抑留生活は、この頂点から見下ろすと、はるか下の黒い闇の底にある。そこに何があるのか、そこから何を学ぶべきかを、私たちが掴むことは難しい。豊かさに埋没し、今立っているところが薄氷の上にあり、あるいは、今見えているものが蜃気楼かもしれないのに危機意識もなく、惰性に流されているのが、私たちの姿ではないか。私たちの目を覚ます何かがシベリアにあるかもしれない。強制抑留の実態に少しでも近づくことによって、そのことが可能なのではないか。私はこれまで、シベリアへ行くことなど思ってもみなかったことを反省しつつ、何かを求めてシベリアへの旅を決意したのだった。二時間のフライトは、半世紀の時をさかのぼるタイムマシンの旅でもあった。そこで、私たちを待つものは何か。

 

 思いに耽っているとなにやら機内の放送があったらしく、やがて周りにざわめきが広がり、機は降下を始めたらしい。彼方に白くくねる大きな水面が見える。あれがアムールか、そして眼下に緑の平原が広がる。まだシベリアという実感はない。やがて、ズンと鈍い衝撃音とともに機は大地に着いた。ハバロフスク空港である。

 

「シベリアですね」

 

初めて笑顔をつくってこう言いながら私の手を握る塩原老人の手に力がこもっていた。入国手続きを済ませて出てゆくと、

 

「ナカムラさんですか」

 

 長身のハンサムな外国人青年が声をかけて近づいてきた。この青年が通訳兼ガイドのロシア人、カムリア・ドミトリーだった。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。

 

 

 

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