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2017年10月29日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第9話

 

「それが本当にうまいんですよ」

 

青柳さんは、かつて、目を細めて語ったことがあった。

 

私は、車内を歩いてみた。さまざまな人々がいる。太った中年の女性、ひげをはやした労働者風の男、談笑しているグループ、子どもを抱いてもの思いに沈んだような若い女性など。人々の姿は、ハバロフスク市の華やかな光景とは違って、ロシアの大地に生きる人々の実態を語っているように見える。ときどき視線が合って、<こんにちは、初めまして、私は日本人ですよ>と思いを送ると、にこっと笑顔が返ってくる。ロシア人は人なつっこいと聞いたことがあるが、なるほどと思う。こういう人たちが、日本人を地獄の強制抑留に駆り立てたとは思えない。戦争と政治体制のいかんが人間を狂気に駆り立てるのだ。

 

 にこにこ、わいわいと楽しそうな少年たちのグループが陣取っている。私は狭いスペースを見つけて、その中に割り込んだ。英語で話しかけると、

 

「イエス、イエス」とか、

 

「ウィ、プレイ、テニス」とか返ってくる。

 

 英語が通じるのだ。彼らはビロビジャンまでテニスの試合に行くのだという。持っていたボールペンやお菓子を差し出すと、皆、キャッ、キャッと言って喜んでいる。子どもの姿は、どこの国も同じである。二十一世紀の日ロの関係は、この世代が担ってゆくことになる。

 

 やがて、ビロビジャンの駅に着いた。駅前の広場には、ユダヤのシンボルといわれる、燭台の塔が立っている。上部には、左右に三本ずつのロウソクを形どったものがついている。

 

 なぜ、ユダヤ人の自治州ができたのか。私たちの目的は、かつての抑留者のことを調べることにあるので、このことについては簡単に触れることにする。

 

 ユダヤ人については帝政ロシアの時代から大きな社会問題であり、ユダヤ人排斥の動きは強かった。革命後のロシアでも、反ユダヤの国民感情は根強かったが、人種の平等を建前とする社会主義政権としては、ユダヤ人を虐待することはできない。さまざまな背景があって、ユダヤ人をシベリアの一画に移住させる計画を立てた。世界に対する名目としては、流浪の民に国を与えるということであった。また、日本が満州国をつくるなど日本の力が脅威に感じられる中で、中国国境に近いこの地域にユダヤ人を住まわせて、防波堤にする狙いもあったという。しかし、この計画は成功したとはいえず、ユダヤ人自治州というのは名前だけで、現実にこの地に移り住むユダヤ人は少なかった。当初ユダヤ人入植者を15万人と予定したが実際に入植したのは3万人で、現在は9,000人ほど。全体の4.2%に過ぎない。

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。 

 

 

 

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