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2017年10月28日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』第8話

 

一歩足を踏み入れたプラットホームは殺風景だ。ハバロフスク市内の華やかさとは対照的に地味で荒々しく感じられる。しかし、むしろこの方が、ここが広大で厳しいシベリアの大地の一部であることを感じさせる。また、半世紀前の日本人抑留者を連想させる光景でもある。私は追い立てられる抑留者の姿を想像して、しばし立ち止まっていたが、ロシア語のアナウンスの声で我に返り、ところどころコンクリートの剥げたホームを、前方の列車を目指して進んだ。

 

その時、ゴーゴーと音を立てて長い貨車が過ぎて行った。あのような貨車に、日本人抑留者は家畜のように押し込められて、シベリアの各地へ送られたのだ。

 

ある抑留者の手記によれば、一つの貨車に七十二人が入れられた。零下30度のシベリアの真っただ中で、火の気はまったくない。熱源は人間の体温と吐く息だけ。身体をぴったりと寄せ合って、間に冷たい空気を入れないように必死で耐えた。むしろ、すし詰めだから凍死を免れたという。

 

ベリア鉄道はウラジオストクからモスクワまで、およそ9,440キロメートルという世界最長の鉄道である。これがロシアという途方もない巨体に血液を通わせる動脈なのだ。私は、今それに足をかけようとしている。未知の世界の入り口に立つような緊張感があった。

 

列車の前に立つとプラットホームが非常に近いと感じられる。大きく足を上げて乗り込むと車内は木製のイスが並んだまことに粗末なものである。後ほどトイレを使ったが、下が見える垂れ流しで、かつての日本の鉄道を思い出させた。

 

ビロビジャンまでは、予定では2時間くらい。列車は走り出した。両側に白樺の林が続き、その向こうに青い草原が地平線まで広がっている。

 

先ほどからじっと外の景色を見詰めている塩原さんが言った。

 

「抑留されて行くときは、牛馬の糞のいっぱいついた汚い貨車でねー、窓などないから外は見えないんですよ。上の方に明かり取りのガラス窓があって、誰かに抱えられて、外を少し見ましたよ。こんなによく景色を見ながらシベリア鉄道に乗っているなんて、本当に夢のようですよ。」

 

シベリアには、白樺が多いらしい。抑留者の手記には、「死んで白樺の肥やしになる」という言葉がよく出てくるのを思い出す。

 

 青柳由造さんは窓外に飛び去る白樺の樹林を感慨深そうに眺めている。抑留者は極限の飢えに迫られて口に入れられるものは、馬糞の中の豆まで見逃さなかったというが、知恵と工夫で新しい食べ物の発見にも必死だった。その一つが白樺の樹液だった。傷をつけて、そこに器をあてがっておくとわずかに半透明の液体が得られた。

 

※土日祝日は、中村紀雄著「シベリア強制抑留『望郷の叫び』」を連載します。 

 

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