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2017年9月12日 (火)

小説「死の川を越えて」  第9話

 

 中林仁九郎は、倒れているお貞、頭をかち割られて血の海で息絶えている男の姿を見て我に返った。じっと惨状を見詰めていたが、やがて、血刀を引っ下げて何かを求めて走った。

 

走り込んだのは、湯之沢のもう一人の親分椚田太平の所であった。

 

「おう、何でえ、その格好は。何をしでかした」

 

「人を殺っちまった。俺も生きちゃいられねえ。お縄についてくくられるのは嫌だ。潔く自分でけりをつけるつもりだ。ついては兄弟、俺の最期の頼みを聞いてくれ」

 

「まあ、落ち着いて訳を聞こうじゃねえか」

 

「俺は憎い野郎の頭を叩き割って、血がどっとあふれ出るのを見て目が醒めた。人を殺してから醒めても遅いんだが、俺のドジだからしようがねえ。のたうちまわるのを見てな、ハンセン病患者を蛇や毛虫のように毛嫌いする世間と同じことを俺がやっちまったということに気付いたんだ。こん畜生と尻をまくって粋がってた自分が嫌になった」

 

「うーむ。どえれえことをやらかしたもんだが早まっちゃなんねえ。ところで俺に頼みとは何でえ」

 

「俺たちは侠客のはしくれのつもりで粋がってきたじゃねえか。おとこ気とは何だ。それは虫けらのように嫌われる俺たちも人間なんだと世間に見せつけてやりたい意地だと思う。それは俺たちハンセン病患者じゃなくちゃ分からねえ。糞坊さんどもがよう、ナンマイダー抜かしやがって、おためごかしに説教するなんざあ、我慢できなかった。そんなきれいごとで片付けられる問題かよ、馬鹿にしやがって。俺たちにゃ、神も仏もねえと思ってきた。しかしよう兄弟、今、人を殺してみて思うんだ。俺の中には、神様だか仏様だか知らねえが、そういうものが奥の方にあるような気がするんだ。そういうものと鬼だか蛇だかが一緒に棲んでいるに違いねえ。この鬼か蛇が殺っちまったんだ。俺も焼きが回ったか。抹香臭えことを言っちまった。まあ許してくれ、腹の中をきれえにしてえんだ。頼みてえのはよ、粋だけでは、この湯の川地区をよく出来ねえ、神でも仏でも、本物なら引き入れて生かしてもらいてえということだ。この集落には、頼朝を祭った白旗神社がある。今まで気にも止めなかったが、今あの白旗神社がやけに気になるんだ。集落の守り神だったんだなあ。俺の最期の気持ちはお前に頼んだ。この集落を良くしてもらいてえ。よろしく頼む。じゃあ、達者でな。あばよ」

 

 

 

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

 

 

 

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