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2017年8月12日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第62回

 

 

 

 ニューギニアから、遠く離れた日本を想像すると、華やかな文明の姿が砂上の楼閣のように思えてくる。ニューヨークのツインビルはテロの攻撃によって驚く程脆い崩されかたをした。日本の繁栄も、何かの力が作用してあっけなく崩壊するような危うさを臓している。人々は金や欲望に血道を上げている。金のためなら人の命も屁の河童。前代未聞の物の豊かさの中で人の心は根なし草のようである。日本の繁栄を本物にするには、この根なし草の心に、大地にゆっくりと広がる根をつけることである。そのためには、戦後のスタートの原点に目をやって、あの悲惨な戦争をもう一度見つめることではないか。そしてニューギニア戦の真実をもう一度皆で考えることではないか。ニューギニア戦で死んだ多くの兵士も、そうすることによって、真に日本の繁栄の礎とすることが出来るのだ。

 

 団員はこの後、オーストラリアのブリスベンに飛び、翌日無事日本に帰国した。

 

 

 

(6)ニューギニア巡拝記余録

 

 

 

 ニューギニア巡拝記では、9日間の見聞を中心にニューギニア戦の極く一部を書いた。その中で、岩田亀作さんの体験に基づく「ダンピール海峡の悲劇」にも触れたが、その目的は、ことの性質上どうしても表面的になってしまう巡拝記に少しでも「事実」による重みをつけ、ニューギニア戦を紹介するという巡拝記の目的に一歩でも近づけたいという点にあった。同じ考えから、巡拝記に一応区切りをつけた上で、いくつかの「事実」を取り上げたい。

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

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