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2017年8月11日 (金)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第61回

 

 

 

 星を見つけているうちに、マイクロバスが着く。乗り込んでさあ出発となったら、エンジンがかからない。降りて皆で押す。ブー、ブー、ガー、ガーと何回かやっていたが、やっと快適なエンジンの音が響き出して、車はスタートした。空には降るような星。まわりは深いジャングル。近代文明の波は急激でない方がいい。そう思うと日本製のエンジン押しがけはほっとする光景でもあった。タブルブル火山よ、さらば。私は闇の中で噴煙を上げている姿を想像しながら思った。

 

 5時10分、まだ夜明け前の薄い闇が漂うニューラバウル空港に到着。6時PX203便で来たときのコースを逆に飛ぶ。ニューブリテン島を朝日が包み始めていた。眼下に青い海が広がっている。あれがダンピール海峡につながる海か、海面は陽光の中で静かに光っていた。機はニューギニア島にかかり、白い雲が流れる高い密林を越えて再び首都ポートモレス ビーのジャクソン空港に到着。8時5分であった。

 

 国際線のダイアの都合で、次の離陸までかなりの時間がある。国際線乗り継ぎの手続きを済ませ、市内で買い物をし、ホテルで食事をし休憩する。

 

 10月22日()朝、ポートモレスビーに着いてからもう一週間が過ぎていた。私はダイトウエイホテルで昼食を取りながら、ニューギニアの旅を振り返っていた。 日本から数千キロ離れた別の世界にやってきて、そこからタイムマシンに乗って、50数年前に戻ったような一週間であった。新聞もテレビも見ない生活は日本では考えられない。近代的なホテルの中で、この間も世界は激しく動いていたのだなと感じた。  

 

 ニューギニアとは、そしてニューギニア戦とは、日本にとって私達にとって一体なんだったのだ。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。   

 

 

 

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