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2017年8月 6日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第60回

 

 

 

(4)さらばラバウルよ

 

  この日の夕食はラバウル最後の夜ということで、ホテルの庭でバーベキューを味わった。厚い牛肉が沢山出される。皆、久しぶりの牛肉の味を堪能しているが、やはり牛肉というと誰の頭にもよぎるものがあるらしい。狂牛病という言葉が出た。ここは日本から五千キロも離れているところだ、関係ないよ、そんな声も聞こえる。実はニューギニアには最近まで人肉を食う習慣があって、それが原因で人の狂牛病(クロイツフェルトヤコブ病)が蔓延していた。ニューギニア高地のフォア族のことで、その習慣は1950年代の後半まであったという。このフォア族の病気の研究で狂牛病の原因はウィルスではなく異常蛋白質(プリオン)だということが突き止められたのである。人類の歴史では人肉食はかなり広く行われていたらしい。1950年代といえば、ソ連の人口衛星が打ち上げられた頃。歴史の流れの中で、本当に手の届くようなところまで、このような人類の習慣があったことに驚く。私の頭の中にはこんなことが浮かんだが、せっかくの牛肉の気分を損なうもの、私は黙って堅い牛肉を味わっていた。

 

 28日、ニューギニア最後の日である。午前3時に起床。荷造りをして外に出る。満天の星空。迎えのバスを待つ間、皆で空を見上げて南十字星を捜す。それらしい星の並びは見つかるが自信はない。日本では見られない、大きな美しい星が沢山輝いている。大のおっさん達が皆で星空を見上げて星を捜す光景はこれが最初で最後であろうか。この美しい星空もニューギニアの一部である。そして、失われてゆく地球の星空の中で貴重な人類の財産としての星空でもある。ニューギニア全体で12万人の将兵が命を落とした。そのうち9,230人が群馬の人。この数字に改めて驚愕する。彼らにとって、せめてもの救いは、この美しい星空の下で眠れることであろうか。だから、この星空をいつまでも守ってやることも、私達のつとめである。「さらばラバウルよ、また来る日まで」そして、その時までこの美しい星空が、そのままであるように私は祈った。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。   

 

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