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2017年8月20日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第65回

 

夕闇が迫りジャングルの中は既に暗かった。病院に近づいたとき、岩田さんは前方に異様な気配を感じた。何かがざわめいて草の中を動いている。ズズー、ズズーと重い物をずるように。それも一つや二つではない。そして時々、ウーとかクーという低い呻きのようなものが、地の割れ目から漏れてくるように闇に響く。岩田さんは背筋がぞっとなった。はっと頭に浮かぶものがあって、近づくと野戦病院の重傷病兵であった。彼らは地面を掻きむしるように、木の根や草をつかんでいざりながら進んでいた。岩田さんは這ってでも海岸に行くようにと彼らに指示しておいたのだ。

 

「海岸は近いか」

 

 包帯だらけの一人の男が絞り出すような声で言った。

 

「海岸は近い。すぐそこだ。今夜は救助艇が来る。頑張ってくれ」

 

 岩田さんは、それだけ言うのがやっとで、どうすることも出来ない。祈る思いでその場を離れた。

 

 撤退の兵士達は夜のジャングルを黙々と歩いた。ジャングルの中はじめじめした湿地帯で、膝まで浸かる所もあり、時にはずぶずぶと腰まで沈み込む深みもある。見えない泥水の奥は不気味であった。墨を流したような暗闇の中にも上空が開いて微かに星が見える所もある。見上げると巨木に太い蔓が巻き付く黒い影が大蛇のようであった。

 

 夜のジャングルはあらゆる音を呑み込んだように静かである。出発して二日程過ぎた頃、この深い静寂を揺り動かすようにジャングルの奥からゴーゴーと響く音が伝わってきた。近くを流れるブス川の音であった。兵士達は、ブス川の流れを聞きながら進んだ。流れの音は大きくなったり小さくなったり、時には絶えたりした。それは、巨大なジャングルの主の不気味な唸り声のようだ。しかし、米軍の爆撃の音と比べたら優しい、心をいやす音にさえ聞こえる。

 

 岩田さんたちは、やがてブス川の急流に直面する。ジャングルで聞いた声の主は、ジャングルを押し分けて吼えてのたうつ巨大な生き物のように流れていた。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。 

 

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