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2017年8月15日 (火)

小説「死の川を越えて」 1

 

第1話

 

 

 

第一章 ハンセン病の光

 

 

 

一、 万場軍兵衛

 

 

 

湯の川地区は、草津の温泉街の外れにあった。湯畑から発する湯川は、この集落の中を走り、その先は深い谷を刻んで松やもみの茂る暗い森の中を流れ下っている。

 

人々はかつて、この流れを死の川と呼んだ。小指程の太さの鉄を数日で細い針金と化す強酸性が、一切の生命の存在を許さないからである。

 

死の川の名の由来はそれだけではない。この川の辺には、長いこと深刻な病に直面して生きる人々が住んでいた。

 

ハンセン病の人々である。峻厳な流れは人々の運命を語るようにごおごおと音を立て、下流に広がる村に向けて勢いを増していた。

 

時は明治が終わり、大正に入っていた。この湯の川地区の一角に、不思議な男がかやぶきの小さな家を建てて住んでいた。

 

がっしりとした体躯で、老けて見えるが年は初老の域と思われる。その黒い容貌は異様に見えるが、鋭い眼光と調和して、一種の犯し難い威風を放っていた。

 

初めて訪れた人はまず、この男が背にしたうずたかい書物に驚いた。この男の家を時々、1人の若く美しい女性が人目を盗むように訪れることも、集落ではひそかな話題になっていた。うわさでは、この男はふもとの里のある大家の縁者ではないかとのことであった。

 

男の名は、万場軍兵衛といった。ある秋の日の午後、正助という集落の若者が万場老人の家を訪ねた。

 

「俺は下村正助と申します。この湯の川地区の歴史を知りたいのですが、多くの人が、あなたなら何でも知っていると申しています」

 

「ほほう。この集落の者だな。わしは万場と申す。して、なぜ集落の歴史を知りたいのじゃ」

 

万場老人はいろりの火をかき立てながら、若者の顔に鋭い視線を投げた。

 

「はい、この病を持って将来が不安です。できることなら人間として生きたいのです。俺たちに未来はあるのでしょうか。ずっと悩んで考えてきました。そして、思い至ったことは、この集落のこと、そして、ハンセン病のことを正しく知ることが第一だということです。同じ思いの仲間が何人かおります。まずお前が行って、話を聞けるか様子を見てこいというので参りました」

 

「うむ。お前は賢い若者らしい。お前のような若者が、わしの前に現れたことは時代の変化だ。ハンセン病にも希望の芽が出てきたように思える。わしにできることなら力になろう」

 

万場老人の乾いた岩のような表情を押し分けるように、ほほ笑みが現れた。

 

 

 

※毎週火・水は、私の小説「死の川を越えて」を連載します。

 

 

 

しばらくの間、通常のブログは月・水・金の更新となります。連載中の小説の執筆に時間を使わなければという危機感に迫られて決断しました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 

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