« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第49回 | トップページ | 人生意気に感ず「都民ファーストの大勝。ISの崩壊は。小説の舞台を。連勝ストップ」 »

2017年7月 2日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第50回

 

「さらばラバウルよ」といって、日本へ帰れた兵士は幸せであった。水木しげるのラバウル戦記には、爆弾で足音を失った若い兵士が淋しそうに俯いている絵が描かれている。おとなしい兵長で新婚2・3か月で兵隊にとられたせいか、花嫁の話ばかりしており、毎日実に細かいところまで、驚くほどリアルに聞かされたという。地の果てにいて生きて帰れないと思うとき兵士の恋人や肉親に対する情は抑えがたいものであったに違いない。

 

 トーマは展望台のある美しい所である。あの緑の中に水木が親しくつきあった部落があるのだろうかと私は回りの景色を眺めながら彼の戦記を思い出していた。水木のように、現地の人と親しく交われた人は少ないのかも知れないが、その様は、血生臭い戦争の話の中で私達をほっとさせるものがある。戦記の中からいくつかのことを紹介したい。

 

 水木は、現地の人を土人と表現するがそれは軽蔑でなく、自然の中で土に生きる人という意味である。土人は文明人と違って時間をたくさんもっている。それは、一日、2~3時間畑に行くだけで、そのほかはいつも話したり踊ったりしているからだ。月夜には月を眺めながら話している。実に優雅な生活で自然のままの生活だ。こういう土人の生活が人間本来の生活だと彼は語る。私達もバスで移動中、真昼間木陰で多くの人が腰を下ろして話している光景をあちこちで見た。 

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

|

« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第49回 | トップページ | 人生意気に感ず「都民ファーストの大勝。ISの崩壊は。小説の舞台を。連勝ストップ」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第50回:

« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第49回 | トップページ | 人生意気に感ず「都民ファーストの大勝。ISの崩壊は。小説の舞台を。連勝ストップ」 »