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2017年7月 8日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第51回

 

土人部落では、犬、ニワトリ、豚が同居しており、柵もないのに動物たちは逃げない。時々、ニワトリや豚がジャングルに入っていっても、また家に帰ってくるから不思議だという。自然と家畜と人間が真に共生している姿であろう。

 

 土人部落では赤ん坊が裸で土の上を這っていて、土がついた手をなめても親は気にしない。赤ん坊がペケペケ(糞)をした。そしたらどこからともなく豚が出てきてペケペケを綺麗に食べた上、赤ん坊の尻までなめてくれる。現在は、現地人の住まいに便所があるが、当時は小さな穴を掘って埋めていたという。なんでもない平地にペケペケ地帯があり、うっかり踏み入れると大変だったという。またプスプス(性交)は家の中で行われずすべてジャングルで行われたが、これを目撃した日本兵は皆無だったとか。

 

 土人はガーデン(畑)の所在を日本兵に決して教えないが、水木は教えてもらって芋などをよく分けてもらったという。

 

 このような土人部落が水木は好きだった。日本に帰りたくないと思ったこともあるという。土人のイカリアンや少年トペトロと親しくなった。日本に帰国することになった時、部落の人は彼に帰るなといった。十年したらここに来ると言うと、それでは皆死んでしまうから3年にしろという。それでは7年したら必ず来る。こんな約束がなされた。年月はあっという間に過ぎ、23年ぶりに感動の再会を果たした。トペトロ少年はすっかりおっさんになっていたという。その後「トペトロが亡くなったからすぐ来い」という手紙が来た。水木が着く2、3日前にトペトロの息子は夢を見た。夢の中にポコポコをもったトペトロが現れて、近くパウロが来るから充分にもてなすようにと言ったという。ポコポコとは踊りに使う人形のことで、パウロとはもちろん聖書の中の聖人の名であるが、水木が何かの折、聖書を説明したことがあり、それから土人は彼のことをパウロと呼ぶようになったという。

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

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