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2017年7月 9日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第52回

 

 

 

 私は水木のラバウル戦記を読んで、こんなのどかな世界が地球にいつまでも存続して欲しいと思った。ラバウルも近代化の波に呑み込まれてしまうとしたら残念である。グローバル化の波は世界の果てまで押し寄せている。エネルギーを多量に消費して生活をますます近代化させているのが実態である。その行きつく先は日本兵が味わったよりも悲惨な地獄であるかも知れない。

 

 グローバル化は、世界を一つの文明の尺度によって秩序をつけるものであってはならない。異文化、異文明の存在を認めて対等に付き合うことの重要性を私達は学ばなければならない。

 

 50数年前のニューギニアの戦いと21世紀の初めに行われたアフガニスタンへの攻撃を比べながら、私はこの感を強くした。

 

 

 

(3)連合艦隊司令長官 山本五十六元師の死

 

 

 

 この日の戦跡巡りで特に印象に残ったのは、旧海軍司令部跡である。ハママスホテルの近くの半ば灰に埋もれた厚いコンクリートの残骸がそれであった。そして、その先には旧日本軍のラバウル飛行場跡が荒涼とした見渡す限りの灰の中に広がっている。司令部と飛行場を結ぶ線の一方はラバウル湾で他の一方にはタブルブル火山が見える。記録によれば、当時もこの火山はしきりに噴煙を上げていた。人界の熱い戦いに火山がしきりに何か訴えているような光景である。

 

 司令部の残骸に立って飛行場を眺めると、轟音をあげて絶えず離着陸する戦闘機や引きつった表情で慌ただしく走り回る将兵の姿が目に浮かぶようである。

 

 

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

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