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2017年7月17日 (月)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第55回

 

 マッカーサーは、回想記の中で次のように述べている。「ポートモレスビーを確保できれば、敵を私の選ぶ場所、つまりオーエンスタンレー山脈の障害をはさんで戦わせることができる。標高4200メートル、深い密林に覆われたこの山系はニューギニア東部是に気を貫く自然の障害物になっていた。山系を越えるには曲がりくねった道しかなく、ポートモレスビーはそびえたつ絶壁で十分に守られていた」

 

 ラバウルを占領した日本軍は、ポートモレスビーの飛行場を爆撃するが、飛行場はいくら破壊されてもすぐに元通りになってしまうので不思議であったという。日本は飛行場を作るのに、スコップとツルハシでやったが、アメリカ軍は日本軍には未知なブルドーザーを大量に駆使してあっという間に復旧させてしまうのであった。

 

 ガダルカナルそしてミッドウェーの敗戦など南太平洋における戦局が非常に深刻となってゆき、ニューギニア本島に戦力を集中してマッカーサーの反抗をどうしても阻止しなければならない状況になった。ポートモレスビーは、ニューギニア島の南側にあり、ラエ、サラモアは高い山脈オーエンスタンレーをはさんで反対側の日本に面した側に位置した日本軍の拠点である。従って、ここを奪われれば、マッカーサーの北上を許すことになる。マッカーサーもここをどうしてもとりたいと考えていた。だから、私達が訪ねたラエのあたりは両軍の決戦場であった。そこで、ここを守るためにラバウルから大軍をラエに輸送することになった。ラバウルからラエに至る間にダンピール海峡があって、あの悲劇が起きたのである。

 

 なお、後に戦局がさらに悪化する中、日本軍は徒歩でこのオーエンスタンレー山脈を越えてポートモレスビーを攻略しようとし、多数の戦死者と飢餓者を出した。マッカーサーが予想した通り、日本兵は厳しい自然をも相手に戦わねばならなかったのである。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。 

  

 

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