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2017年7月 1日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第49回

 

 洞窟の近くには何軒かの粗末な民家があった。その中の一つの小屋の前に女性が立っている。承諾を得て中に入れてもらった。昼だというのに中は暗い。土間の片隅に一段と高い所がある。本当に2坪もない狭い一角であるが、そこで食べたり寝たりするのであろう。回りのすき間から外の光が差し込んでいる。鼻を突く臭気が立ち込めていた。

 

 文化や習慣は比較の問題ではない。だから日本の住居と比べてとやかく言うのは間違いだと思う。彼らにとっては、まわりの緑や青い空そして目の前の海も住居なのだ。

 

 日本軍がいたころの現地人の生活はもっと素朴であったろう。そして、そこに自然に近づくことが出来たのは白人ではなく日本人であったと思う。当時の日本兵は、現代の私達よりは格段に彼らを理解する心をもっていたに違いない。水木しげるが親しくつきあった部落は、午後訪れるトーマという所であった。

 

 午後は、ココポにある戦争博物館。ヴナカナウ飛行場跡、ラバウル湾が一望できるトンネル山展望所、トーマ展望台、旧日本軍のラバウル飛行場跡、そして軍司令部跡などを見た。トンネル山から見下ろす光景は絵のようである。湾を囲む岬の上では、この日もタブルブルが青い空に煙をゆっくりと上げていた。この景色を見ていると「さらばラバウルよ、またくる日まで」というラバウル小唄も納得出来る思いがする。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

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